4-スペック
目が覚めた。悪い夢を見た気がする。とても、嫌な。友人が死に、領民が死に、父が死んだ夢を。
「おはよう」
寝起きに現れたのは黒衣の少年だ。
「まだ、夢」
ナナリエーラは信じられずにまた、寝始める。
「君、昨日加護の義だったんでしょ。あの後ご飯食べた? お腹すいてるよね」
ぐぅ~。
お腹の虫が鳴る。確かに昨日の朝以降何も食べてない。でも、食欲は湧いてこない。
「夢から覚めたら」
「昨日の出来事は夢じゃないよ」
「夢だもん」
ナナリエーラは枕を少年に投げつける。
「お父さまは死んでない。ニノもジュンもショウも、みんな死んでない。私はあんなの出してない」
「君が出したんだよ」
「え?」
なぜ知っているの? と思った。クーリャイが現れたときナナリエーラとガブリエルしか部屋にはいなかった。
「あれを召喚したのは君だろう。無意識だろうけど。バロン・アルボンドゥルグが出していたらちゃんと制御していただろう。でも、君が出した。魔術すら習っていない、昨日属性を得た君が」
「違う。わたしじゃない。わたしはあんなの出してない」
「無意識下だろうからね。知らなくてもしょうがないよ。君はスペックを有している」
「すぺっく?」
「特殊体質みたいなものだ。君のスペックは召喚媒体があればどんなものでも召喚できる。すごいね。すべての召喚術士が欲しそうなスペックだ」
「召喚、できる」
「今回はそれが災いしたのだろう。スペックなんてなかなか気づかない。生まれつき持っていた才能で、自信にとっては当たり前なんだから」
「なんでわたしでも気づかなかったことをあなたは知ってるの」
「僕のスペック。相手の霊子を見れる能力」
「れいし?」
「まあ、相手のことがわかるとだけ思っとけばいいよ」
ぐぅ~。
「ごめんごめん。それよりご飯だね。持ってくるよ」
そう言って少年は出て行った。
「お父さま」
一人になった部屋でナナリエーラはつぶやく。そして、泣いた。いったい昨日からどれだけ泣いただろう。一生分泣いたんじゃないかと思うくらい泣いている。
しばらく経って少年が部屋に入ってきた。
「はい、食べな」
「いらない」
「食べないと生きていけないよ」
「いい」
「僕食べるよ。いい? あーん」
「ん」
少年はシチューをすくったスプーンを自信の口まで持っていくと急転換し、ナナリエーラの口に入れた。
「ぶっ」
「あ! もったいない」
ナナリエーラはすぐに吐き出す。
「あなた、魂喰なんでしょ。だったら私を喰べてよ」
「食べないよ。僕は雑食だが人間は食べないよ。シチューは食べるよ」
「だったら、ほっといて」
「死ぬ気?」
その言葉にナナリエーラは反応する。
・・・・・・そう、わたしは死ぬ気だ。死にたい。
ナナリエーラのせいで父が死んだ。友人が死んだ。みんなが死んだ。だから、自分も死にたかった。あの化け物を喚び出した悔いて死にたかった。
「死にたいとこ悪いけど、僕は君を殺させないよ。君のお父さんに言われたからね。娘だけでも助けてくれと」
「わたしはもう助かった。だからお父さまのお願いはもう終わったでしょ」
「ロードにも伝えろと、だから君をロード・ションディキュートのところまで連れて行くのが僕の仕事だ。そのためには君を殺させるわけにはいかない」
「なんで、そんな? お父さまとあなたは昨日初めて会ったのに、どうして?」
「対価をもらったから」
「いつ?」
この少年が現れてすぐにお父さまは死んだ。対価なんて渡す時間なんかなかった。
「死後」
少年は小袋を取り出す。うちの本の紋章が刺繍されたお父さまの財布だ。
死体を漁って奪ったのだろう。
「そんなもの、あげる。お父さまが死んだ今私が次のバロンよ。お父さまの命令は撤回する。お金を持って行っていい。だからもうどこかへ行って!」
・・・・・・もう1人になりたい。1人にさせて。
「残念だけど君の命令は聞けない。僕はバロンからの命令ではなく1人の父親からの命令を聞いたんだからね」
少年は出ていかずナナリエーラの顔に合わせてしゃがみこむ。
「君のお父さんがなんで君だけでもとこんなどこの誰かもわからないやつに頼んだと思う?」
「・・・・・・生きてほしかったから」
「そう」
少年はナナリエーラのことをスプーンを指す。
「君のお父さんは君を愛していた。だから、生きてほしかったんだ。そんな君が自分の命を捨てようとするのはお父さんへの裏切り行為だ。そんなの嫌だろう?」
少年の言う通りだ。これは裏切りだ。ナナリエーラはただ楽になりたいのだ。自分が起こしてしまったことを背負いたくなかった。逃げたかった。死にたかった。
でもそれは許されない。起こしてしまった張本人だからこそみんなの分まで、お父さまの分まで生きないといけない。一族の悲願である魔導書を研究し、クーリャイを討たねばならない。
「人のことを指してはいけないって習わなかったの?」
「おおっと、これは失礼」
「食べる」
「はい、どうぞ」
「自分で食べれる」
そう言ってナナリエーラは少年からスプーンを奪い取った。シチューは昨日の晩餐のために準備したものだろう。冷めていた。まずかった。自分がこれまで食べたご飯の中で一番まずかった。吐きそうになった。食べたくなかった。でも、生きるため、お父さんの願いを裏切らないため食べた。
「普通の人間は自分が敵わない存在を目にすれば逃げる。そんな中無謀と分かりきっていながら、娘を守るため戦った君のお父さんは立派な父親だよ」