こんな世界に居られるか!俺は転生させてもらう!
0.
自分が生まれた時のことは覚えていない。
しかし、死ぬときはどうだろうか。
私は今死にかけている。
車に跳ねられたようだ。
一瞬で意識が刈り取られた様で、肉体の痛みも全く感じない。
町中に木霊する喧噪が遠くに聞こえる。
特筆すべきことがなにもない人生と言える。
神など信じてはいないが、来世があるなら記憶を保持したまま生まれ変わりたいものだ。
創作などでよくあるが、子供のころからのアドバンテージは重要だ。
来世の世界での東大みたいな難関にも、入学可能だろう。
チートまがいの力もあるといい。
そうすれば、きっと、イイ、人生が。
意識を保つのが難しい。
僅かに開いていた瞼を閉じる。
そうして、私は亡くなった。
しかし、死は思ったより恐怖を感じなかった。
何処かでパキパキと音が鳴った気がした。
1.
「おい、てめぇ人の女エロい目で見てんじゃねえぞ」
「い、いえ、そんな、ことは」
「あ?聞こえねえよ!ちゃんと喋れ」
ギャハハハと人を馬鹿にした笑いが木霊する。
私はメンチを切ってきた相手の仲間に、肩を組まれて逃げられない。
一目見るだけでわかるであろうが、絡まれている真っ最中だ。
私は転生者だ。
21世紀の日本に生き、そして若くして死んだ。
死んで転生したのだ。この、まるで中世ヨーロッパの様な世界に。
魔法こそなかったが、ここなら自分でも活躍出来る。
そう思っていた。
私はとある農村に生まれ落ちた。
私は村で誰よりも聡明な子だった。
子供たちは私に逆らわなかったし、教会の神父の覚えも素晴らしかった。
これから可愛くなりそうな女の子には、小さい頃から粉をかけたりもして、順風満帆だった。
ケチが付き始めたのは、都市に行って進学すると言った時だ。
私が今いる国にも高等教育の場はあり、しかし狭き門として有名であった。
大抵の生徒は貴族であり、まれに大商人の子が入学する程度。
碌な教育を受けることのない農民生まれが試験をパスするなど、前代未聞だった。
私は、親が進学を喜ぶと思った。
だが実際はその逆だった。
やれ金がない、なぜそんなことをする必要があるなど。
私は神父の伝手で領主に会い、帳簿の手伝いをすることで、融資して貰うことに成功したのだ。
卒業後は領主の元で働けば、搾取される側から抜け出せる。
そう主張したのだが、理解されなかった。
「おら!!」
回帰していた意識を、無理やり戻される腹パン。
「ゲホッゲホ」
むせる私を見て更に楽しそうな男たち。
彼らの名前は何だったか。
ともかく、彼らは落ちこぼれだった。
親の地位と金で入学したは良いが、全く授業について来れていない。
鬱憤は溜まるばかり。
そこで目をつけられたのが、私だ。
農民の癖に自分より成績が上。
そんなものを許せる度量は彼らにはない。
更に殴られていく。
また意識を失いそうだ。
ガン!と後頭部から鈍い音がした。
なんだか熱い。
遠くから「やばい」だとか、「逃げろ」なんて言っている声が聞こえる。
後頭部を触ってみると、にちゃっとする液体が付着していた。
手を目の前に動かす。
赤黒い。
血だろう。
それを認識した瞬間、私はまた死んだ。
2.
窓の外に広がるのは、広大な宇宙。
それを見ながら、まずそうなペースト状の合成食品を食べる。
私は今、宇宙船に居る。
それも今さっき穴が開いたようだが。
デブリシールドが壊れて、そこに狙ったようにデブリが激突したようだ。
船内は大慌て。
脱出ポットは混乱した乗客たちによって、壊れてしまった。
この世界では星間航行が日常になっている。
だからと言って事故がないわけじゃない。
私も仕事の都合上、星間航行便を多用している。
事故に合う確率は上がる。
しかし、私には次がある。
二回あったんだ。残機性なのか無限なのか不明だが、次もあると信じるのが精神衛生上よろしいだろう。
他の人にはないのだろうか。
それとも初めて死ぬのだろうか。
前回、前々回と20代10代と若いうちに亡くなったので、今回は30代と比較的長生き出来た方である。
しかしこの世界はハズレだ。
光を捻じ曲げる法則を義務教育で教えている。
意味が分からない。理解出来ない。
私の頭が古くなっていて、新しいことを覚えられないのか?
高度に発達した科学を常識のように振りかざす人々。
そんな教育についていけず、私は落ちこぼれとなった。
なんとか営業として、宇宙を飛び回る仕事を手にできたが、いつまでもこんな仕事では家庭も持てない。
高速航行でも時間がかかりすぎるのだ。
福利厚生も最悪。
事故が頻発するような激安航空会社で飛び回る日々。
いつか辞めてやると、思っていた。
思っていただけだった。
行動には移せていなかった。
私は覚えている限り、3度目の死を経験した。
3.
4度目の人生は過去最低だった。
共産主義らしき国に生まれたのだが、ほとんど崩壊寸前だったのだ。
朝から晩まで働かされて、飯は毎日ジャガイモのような栄養価が隔たりそうな物のみ。
娯楽はTVで流れるビックブラザーを讃える放送。
その生活から抜け出せる機会もない。
反乱を起こして現状を打破しようと、それを友人に匂わせたら、チクられて反逆者として指名手配された。
捕まるのも時間の問題だろう。
私は今、廃屋に居る。
ここにいた住民がどうなったのか、なぜ村全体が放置されているのか。
考えたくもない。
幸い、椅子とロープはあったので、今準備している。
親衛隊の連中に捕まったら、どんな拷問が待っているか分からない。
そんなのはごめんだ。もう十分に我慢した。
私は誰も追ってこれない、別の世界へと逃亡することにする。
「よし」
誰に言うでもなく、小さくつぶやく。
私は椅子に乗り、梁から垂れて先端を丸く縛ったロープに首を通した。
覚悟の時間は要らなかった。
私は椅子を蹴った。
4.
前の世界とは打って変わって、この世界は最高である。
魔法という謎のエネルギーを個人が持っており、才能で容量の多可が決まる。
そして私は運のいいことに大量の容量を保持している。
炎や氷、風や雷などに変換可能な万能エネルギーである。
外部への変換には訓練がひつようだが、変換効率においても私以上に上手いものはいないだろう。
私はその魔法の力を使い、のし上がった。
宮廷魔術師の一員として、戦争では多数の兵を斃し、魔王と呼ばれた。
それだけでなく、魔法の体系化、効率化といった教育改革も断行。
私の富と名声は留まるところ知らなかった。
今晩は、女王陛下との会食である。
さて、そろそろ他国が降伏するころであろうから、その話だろうか。
「ご機嫌麗しゅう女王陛下、今宵もまた変わらぬ美しさで」
私は美時秀句を垂れ流す。
会食は問題なく進んだ。
女王が少し緊張している様子なのと、いつまでたっても世間話から本題に入ろうとしないことを除いて。
余程言いづらいことなのだろうか。
そんな風に悠長に構えていた。
「がはっ!」
私は吐いた。
貴賓の前だとか、そんなことを考える余裕はなかった。
胃がひっくり返るほどの、急激な吐き気。それに眩暈も。
私は堪らずテーブルに突っ伏した。
眼だけで相手を見やる。
そこには恐怖で歪んでいる女王の顔があった。
驚いている様子はない。むしろ少し安心したような表情だ。
急いで他の人間、立っている使用人にも目を向ける。
やはり同じような表情だ。
一向に介抱しようとしない。
嵌められた。毒を盛られたのだろう。
「ぐぅ、ぼえっ」
私はさらにえずく。白い泡を吹いている。
世間では魔王だなんだと言われている私の最後がこんなとは、さぞ滑稽であろう。
自国には利益を与えていたはずなのに。なぜ怖がられているんだ。
また死んだ。
5.
次に転生した世界は、私が最初にいた世界と酷似していた。
というかまんま過去の世界だった。
未来を知っていれば、成功するのは簡単だ。
私は未曽有の自然災害が起きる日に向けて、とある企業の株を出来る限り空売りで購入した。
その企業は災害で大事故を犯し、株価が大暴落した。
人が大量に死んでいるのに、動く取引所と相場はまさに人間の業の深さを示している。
私は大儲けした金を、まだ出たばかりの暗号資産につぎ込んだ。
暗号資産バブルではじける前に売り。
これだけで、私は一生豪遊できる大金持ちとなった。
豪邸を購入し、連日パーティ。女も選び放題だ。
プライベートビーチでクルーザーを乗り回し、自家用ジェットで世界中を旅した。
しかしすぐに飽きた。
寄ってくるのは、金を無心する馬鹿どもばかり。
結局私はそいつらと縁を切り、使用人も解雇した。
残ったのは趣味の悪い大豪邸と私だけ。
私はいつの間にか死んでいた。
餓死かなにかだと思う。
どうでもいいことだ。
6.
今回はまた最悪となった。
原始時代だ。
あるのはせいぜい石器くらいの狩猟採集民族。
しかし私にできることはない。
青銅器の作り方など知らないし、狩猟採集生活から農耕生活への移行など、一朝一夕で出来ることではない。
狩猟採集民は何カ所かを季節ごとに回る生活だ。
その時に採取した植物の種が落ちて、たまたま芽が出たのを、戻ってきた人が発見したことが農耕の起源だと言われている。
その後、狩猟採集民は副業感覚で種まきをしたくらいであって、農耕に一気に180度変更、とは出来ないのである。
品種改良されていない植物では、育成しやすさや栄養価、味もなにもかも足りない。
と言う訳で、私は他の人間と同じように振る舞っていた。
栄養状態も問題ない。労働環境も短いくらいだ。
多少不潔だし、娯楽も少ないが、人々は純朴そのものだ。
だが、赤ん坊が驚くほど簡単に死ぬ。
これまでほとんど立ち会ってこなかったが、現代以外の医療技術では、赤ん坊は死んでも当たり前、くらいの感覚なのだ。
ある時、狩りの帰り。
雨が降り始めたので、集落に帰ることなった。
そこで私は足を滑らせた。
あっという間に私は死んだ。
まあいいか。
7.
今度の世界はどんな世界か分からなかった。
泣くことと、便を垂れ流すとこしかできない状態で、意識と呼べるのか怪しい私は、いつの間にか死んでいたのだ。
おそらく前世で見たように、医療技術の発達していない世界あるいは場所だったのだろう。
次だ。
8.
統一政府がすべてを管理する世界だ。
世界全体が平和で、差別も貧困もない。
ブラックジョークもなければ、カップラーメンもない。体に悪いからだ。
前の共産主義国家と比べると雲泥の差だ。
どうやらAIが管理しているらしい。
しかし真綿で首を絞められているかのような感覚がある。
このまま生きていくのも苦痛なので、犯罪をすることにした。
どう転んだところで次に転生すればいいだけだ。
AIに管理されているせいか、精神病患者は多いが、犯罪者は少ない。
だからだろう、民草に危機感がなさすぎるし、刺激を求めているのだろう。
ポンジ・スキームに面白いように騙された。
まあ簡単に捕まったのだが。
捕まった後は、更生プログラムと称して、色々やらされた。
この世界では死刑は廃止となっていて、どれだけ重たい罪人でも更生可能と信じられているようだ。残念だ、死刑、されてみたかった。
出所後は、自殺をさせていった。
病気がほとんど治る世の中で、一番多い死因が自殺となったのはごく自然なことだろう。
若者は死にたがる。平和であればあるほど。
だからその手伝いをして回った。社会貢献ってやつだ。
また捕まりそうになったので、私も自殺をした。
あの毒にも薬にもならない、つまらないだけの更生プログラムをやるくらいなら別の世界に転生する。
誰だってするだろう?
9.
この世界は国家ではなく、企業が支配している世界だ。
企業同士は永遠に紛争していて、さながらFPSゲームだ。
私も企業戦士として、10人程殺した。
そして私も流れ弾に当たって死んだ。
10.
友達を弾みで殺してしまった。
前世の感覚が抜けていなかったようだ。
私はその友人の親に対して、謝罪の意を示すため切腹した。
11.
この世界では精神が肉体の軛から解放されていた。
正確には、脳だけの存在となって永遠に夢を見ていられるというものだ。
ほぼすべてのことが機械により自動化されているからこそ可能な代物だ。
しかし私は夢の世界には入らなかった。
一旦夢の世界に入ってしまったら、簡単には死ねそうにない。
それに夢の中で夢の世界に入る必要を感じない。
私はその夢を見せる施設で働くことにした。
回りの同僚は機械ばかり。
気味悪がって人が来ないらしい。
業務は点検と掃除。
只々毎日稼働しているか確認して、その人のスペースを掃除する。
それだけの日々。
彼らは思い思いの夢を見ている。
もしかしたら、複数の世界を股にかけたような夢を見ている人も居るかもしれない。
彼らと私との違いはなんだろうか。
もしかしたら私も誰かに管理され、掃除されているんじゃないか。
そんな益体もない考えが、頭にこびりついて離れない。
そして私は老衰して死んだ。
12.
ゾンビが蔓延った世界だった。
ゾンビに噛まれたら、死んだ。
体はゾンビとなって彷徨うのだろう。
13-17.
特にいうことはない。
生まれて、死んだ。
18.
またファンタジーな世界へ転生した。
化け物と妖精、そして神がいる。
神はまだ見ていないが、他2つは存在することを確認した。
だから神に会いに行くことにした。
「ちょっと兄貴~待ってくださいよ~」
ハエのような生物が、私の回りを飛んでいる。
無視する。
「ちょっ!なんで無視するんすか!」
顔にべったりとくっついてくる。
「無視するなら俺っちはここを離れないっすよ!」
つまんで捨てる。
「私はついてこないでくれと言ったはずでは?」
「そんなことはどうでもいいっす!」
「あなたも私の話を無視しているじゃありませんか」
私はあきれた。この小さな羽の生えた生物が、妖精と呼ばれる不思議種族だ。
妖精は大抵が頭が悪く騙されやすい様だが、この妖精はその中でも特段頭が悪いようだ。
とりあえず居てもうるさいだけで無害なので、放置して歩く。
山を登る。登る。
この山の山頂に神と呼ばれる存在がいるらしい。
8000m級の山である。
ファンタジー特有の肉体強度を以ってしても簡単なことでない。
凍える。
ブリザードが吹いているが、そんなことは関係ない。
ただ登る。
妖精が高笑いしながら、飛び回っている。
低体温症なのか、吹雪にテンションが上がっているのか。
念のため、妖精を掴んで服の中に入れる。
登る。登る。
踏み込んだ足が、雪と共に落下した。
クレバスに嵌ったようだ。死にはしなかったが、元の場所まで高さが10m以上ある。
一人では登れないだろう。ここで凍死だ。
「はぁ」
溜息を吐く。
これまでの苦労が徒労に終わった。次に神と呼ばれる様な存在が居る世界に、転生出来るのはいつになるだろうか。
吹雪が止んで皮肉なほどの快晴となった。
もぞもぞと胸元で何かが動く。
そういえば妖精を鹵獲していた。
「ぷはっ!死ぬかと思ったっす!」
妖精が首元から出てくる。
妖精は回りを見渡し、最後にこちらを見た。
「なにやってんすか?おいらが寝てる間に神には会っちゃったんすか?」
「いえ、クレバスに落ちて、登れないので神には謁見できません」
「そうっすか。おいらは浮遊できるっすから帰れますけど、お兄さんは?」
「ここで死にます」
「そうっすか、死にますか。ってええ!?なんでそんな冷静なんすか!」
もう10回以上経験してるから、とは言わない。
余計に面倒になるだけである。
「じゃあおいらが掴んで上まで運んであげるっす!」
「不可能でしょう。あなたは私を運べるほど力がありません」
「うっうっ、じゃあ本当に死んじゃうんすか」
妖精が汚い顔で泣いている。
君とは麓の宿屋で会ったばかりでしょうに。
神に会いに行くと言ったら、面白そうだからとついてきた存在。
なにをそんなに泣いているのか。
これまでにも誰かが、私の死に泣いていたのだろうか。
あっ。
妖精がロープを持ってクレバスを抜け、近くの岩に先端を引っ掛けた。
2、3度引っ張り、問題ないことを確認する。
ロープを手繰り、クレバスを抜ける。
「やったっす!やったっす!」
妖精は大喜びだ。
「助かりました。感謝します」
妖精は得意そうに鼻の下をこすった。
そうして私たちは、山頂に到着した。
そこには神がいた。
人間となにが違うのか説明できないが、神であると一目で理解できた。
異常な美しさで、男か女か不明な中性的な神であった。
「よくぞここまで来た。貴様は我に何を求む」
私は跪く。
妖精はぽけー、とよく分かっていなさそうにフワフワ浮いている。
「は、私は現在、死んでも別の世界に記憶を保持したまま転生します。原因をご存じでしょうか」
「ほう、面白い存在だなそなた。ちこうよれ」
私は言われた通りに、神に近寄った。
神は私の何かを見通すように、私の体をジロジロと見た。
「原因は分かったぞ。魂に洗浄からの保護膜が掛けられておる」
「それは一体」
「そうさの、まずは世界の理から説明するかの」
曰く、私の言う世界は無数にある。
曰く、その世界同士で魂の流転をおこなっている。
曰く、死んだ魂は綺麗に洗われ記憶が消えて次の世界で生まれ落ちる。
曰く、私の魂はその洗浄から逃れられる力を有している。
故に、私は世界を跨いでも記憶を保持し続けられている、と言う訳だ。
「よい力ではないか。人間より神に近しいぞお主は」
「は、しかし私はこの力が好ましくありません。あなた様のお力で、保護膜とやらを消してはいただけませんか」
「ダメだ。お願い事は一人一回」
隣で浮いている妖精を見る。
「他のものに願いを代行して貰うのもダメだぞ。そのものが心から望んでいるなら別だがな」
妖精の頭には大量のはてなマーク。ダメそうである。
「お主が転生を繰り返し、もう一度我と相まみえたとし、その時願いが変わっておらぬならば、その願いも叶えよう」
独自ルールばかりだ。いったいどれほど繰り返せば、たどり着けると云うのだろう。
「他の神に頼んでみるのも手さな。我の様な酔狂が居れば、だが」
「畏まりました。数々の英知に感謝致します」
「うむ」
そう言うと、神は眠った。
死んだように静かだが、死ぬとも思えないし寝ているのだろう。
「今の話、どう思った?」
妖精に聞いてみる。
「さっぱり分からなかったす。けどお兄さんが話してるのは凄いと思ったっす!」
なんだか尊敬の念を抱いたようだ。
凄い人と話してるから凄い人、アホは世界が簡単でいいな。
「下山しよう」
「そうっすね」
私たちは無事下山した。
そして私は老衰で死んだ。
その隣には妖精がいた。
272.
どれだけの世界を巡っただろうか。
記憶が曖昧になるほどの永い永い時間。
神にはあれから会えていない。
だから私は自分で魂の研究をすることにした。
何度も心が折れたが、その度に悠久の時間を過ごす。
そうして少しずつ研究が進んでいった。
いくつか分かったことがある。
魂は一つ上の次元に存在している。
そして肉体と交信している。
魂だけの状態ではなんの情報も得られず、おそらく時間的制約がない。
しかし肉体では魂を操作どころか、観測もままならない。
だが、観測可能な時もある。
生まれるときと、死ぬときである。
交信の量が増えるためと推測している。
しかし観測だけでは、いつかの神が言っていたことの裏付けしか出来ない。
だが、私は上位次元にアクセスする力を知っていた。
魔法だ。
魔法だけが、他のエネルギーと違い、物質に基づく力ではないのだ。
魔法を使用できる世界は、そこそこの確率で転生出来る。
それぞれ多少の差異はあるが、根本は同じだ。
この今いる世界も魔法が使える世界である。
どうやら巷では、私のことを賢者などと呼ばれているようだ。
苦手な分野を手伝ってもらうために、弟子を取ったからだろうか。
どうでもいいことだ。
輪廻転生の術を研究していると思わせている。
実際、解除するために研究はしていた。
しかしそれを授けるつもりは毛頭ないのだ。
こんな力は人間の域を超えている。
「さて、準備はできた」
しわがれた声で、口にする。
「師よ、お達者で」
「うむ、お主もな」
最後に残った弟子が、私の最後を見届けてくれるようだ。
私は、慣れた手つきでナイフを自分の喉に突き刺す。
血が噴き出て、意識が朦朧とする。
肉体と魂との繋がりが強くなり、魂を認識した。
私は見えない手で、魂を囲っている膜を引き剝がす。
パキパキと音が鳴り、ボロボロに崩れていく。
これで、やっと。
まっさらな人生が。
こうして私の意識は途絶えた。
これから私は前世を知らず、来世も知らない存在となり、輪廻の輪を彷徨うのだ。
永遠に。
ぐるぐると。
そう、願った。