視える者Y third
新学期が始まって数日が経った。
「はぁ…やっと着いた…」
『22H』と書かれたプレートを前にして、抑えていた愚痴が零れていく。2年生の教室が三階になってしまったせいで、階段を上りきった時には息は絶え絶え。授業を受ける気も無くなってしまう。
深呼吸を繰り返し息を整え、教室のドアを開けた。
教室には1人、例の転校生 角川 千歳が黙々と本を読んでいる。
挨拶は……した方が良いよな。学生鞄を自分の机に置き、彼女に話しかけた。
「おはよう、角川さん」
「屋土坂君…えっと…おはようございます…」
俺を見つめる眼には、自己紹介の時と変わらない怯えがあった。
話し終わると、彼女はすぐに本へと視線を戻す。
これ以上、会話は続く事は無かった。
……俺ってそんなに怖いのかな…?
しばらくすると、登校してきたクラスメイト達がぞろぞろと入ってきて、教室は賑やかになった。
少し騒がしいと感じながら、こういう事が平和である証拠なのだと思うとほんの少し嬉しくなった。
いつもと何ら変わらない、同じ日々。それがこれからも続いて欲しい。だからこそ、何も知らない無辜の人たちが犠牲になるのは嫌だった。
早く犯人を見つけて止めなければ。誰にも悟られないように、ひっそりと胸の内に決意した。
午前の授業が終わり、皆が待ちかねていた昼休み。
購買で買ったメロンパンを片手に、屋上に続く階段を上る。いつもなら教室で健斗たちと駄弁りながら食べているが、なんだか今日は1人で食べたい気分だった。
扉を開けると、心地良い風が身体を包んだ。
━━━━少しだけ、日差しが強いな。
日陰の方へと移動すると、誰かが転落防止用のフェンスにもたれ掛かっていた。俺に気づいて、こちらを振り返る。
「やぁ、一樹君。珍しいな、君がここに食べに来るなんて」
「そういう日もありますよ」
「そういう日もある…か。ねぇ、久しぶりに会ったんだし何か語ろうよ。 校庭でも眺めながらさ」
「別にいいです。俺はパン食べに来ただけなので」
「……相変わらずつれないなぁ」
彼女は苦笑いを浮かべながら、ポケットから取り出したスマホを弄りだした。
俺はそんな光景を横目に、メロンパンの袋を破いて食べ始めた。
彼女の名前は、砂倉 結香。この高校の3年生で、俺からすれば先輩とも呼べる人物。友達と呼べるほど仲が良いというわけではないが、1年前に今日のように屋上へ来た時、たまたま彼女の話し相手になってしまった。そのせいで、彼女の方から一方的に話し掛けられてしまっている。
正直に言って、俺は彼女の事が苦手だ。
理由は解らないが、そう感じてしまう。
「公園で起きた事件知ってる?首切りだってさ。怖いねぇ。どうやって殺したらそうなるんだろうね?」
「人がパン食ってる時にそんな話しないでください」
「良いじゃないかこのぐらい!なんか今日はいつにも増して冷たくないかい? つまんないなぁ。もういいや、教室帰ろ」
彼女はそう言うと、不服そうに扉の方へと歩いていく。
「あっそうだ」
「……なんですか」
「さっきの首切りの件なんだけどさ。最初が上沢町、次が坂之平町。どんどんこっちに近付いてると思わない?次は、この町かもね」
不吉な事を言い残して、彼女は階段を降りていく。
胸の中で、嫌な予感が渦巻いていた。
設定とかいつか書きます