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星空色の魔法使い  作者: たいさ
19/20

再会

「流石に歩きすぎたかな…」


薄く(とも)った街灯が点々と置いてある暗い夜道。

虫の声だけが響くその場所を、屋土坂一樹が歩いていた。

腕に填めていた時計を見てみると、針はちょうど深夜0時を指していた。


あまり寝つけなくて、気晴らしに外へ出て散歩するのは以前もあった。

だから今日もいつものように、一樹は自分の行きたい所に足を運んでいた。

ただ今夜は、綺麗な月が浮かんでいたから。

もしかしたら、あの人に会えるんじゃないかと、淡い希望を抱いていたのも確かだった。

今にして思えばきっと、あれが初恋というものだったのだろう。

姉の友人という事だけしか知らなかったものの、静かでどこかミステリアスで、いつも悲しげに笑っていた彼女を、昔の彼は魅力的に思っていた。


……会いたい。もう一度会って、何故あの夜に自分のもとから居なくなってしまったのか。それを問いたい。

それだけがずっと、気がかりだった。


「レイナにバレたら心配するだろうし、そろそろ帰るか」


来た道を引き返そうと後ろを向くと、道の奥から、誰かが歩いているのが見えた。


こんな時間に…?いや、自分が言えたことでは無いか、なんて、楽観視していたのが仇となった。


「…………え?」


その姿は、いつの間にか一樹と街灯一本を挟んだ目の前にいた。

黒いローブを身に纏ったその男は一樹より頭一つ分大きく、自然と見上げる形となる。


男がフードを外す。

その顔には、まだ若い印象を受けた。

それに対して、


「イツキ……だな?」


その声はひどく(しわが)れていて、まるで老人のようだった。

それでも、言葉の一つ一つに潜む威圧感が、重さを持って一樹を押し潰そうとした。


「お前とは初めて会ったというのに、懐かしく感じるのは何故だろうな。こうも心が昂るのはいつぶりか」


「誰だ!」


ポケットに入れていたナイフを手に取り問いただすと、


「………………カランロクスト」


男は呟くように答えた。


「━━っ!」


「魔術師の祖。神殺しの魔術師カラン、と人々は私をそう呼ぶ」


━━━こいつが…ガーナさんの言っていた……!魔力の量が桁違いだ!勝ちの目が見えない。ここは逃げるか?どうする、どうすれば!?


頭の中ではぐるぐると策を思案する。

だが、一樹の胸にあった怒りが、勝手に身体を動かした。


「サクラから話は聞いている、星空色の眼を持つ魔術師。今宵は月が綺麗だ。このような夜に、お前と会う事ができた事を嬉しく思━━━」


話を遮るように、一気に距離を詰めてナイフを振るった。

カランは半歩下がり、最小限の動きでそれを避ける。

当たらないのならもう一度、と再度攻撃しようとした一樹の目前に、カランは手を(かざ)すと何かを掴む仕草をした。

瞬間、一樹の足下に魔方陣が浮かび上がる。


「なんっ……!」


陣から出た鎖が一樹の足を縛った。

いくらナイフで切っても、瞬時に再生して絡みつく。


「そう焦るな。私は、お前と話がしたいだけだというのに」


「話だって…?ふざけるな!あんたは、あんたの仲間達は、何人殺したんだ!人を殺す事に何の意味がある!何の為にこんな事をする!?」


胸の内の怒りを吐き出して、目の前の男を強く睨みつける。

カランは遠い昔に、この少年と同じ目付きで睨んできた誰かがいた事を思い出すが、直ぐにその記憶は朧げになって消えていこうとした。


「……逆に問おう。何故お前は私達の邪魔をしようとする?名前も知らなければ顔も知らない。そんな赤の他人が死ぬだけで、お前には何の関わりも無いはずだ」


「それは……」


蓋をしていた記憶が開いて、あの瞬間が蘇る。

笑顔で手を振る両親。

轟くブレーキ音。

焼き焦げたタイヤの跡。

恐怖で、混乱で、絶望で、泣き叫ぶ周りの人たちの声。

トラウマにまでなったあの光景が、忘れられる訳が無かった。


両親を失った彼は、今の自分と同じにならないように、ただ周りの人が不幸にならないようにと願うだけだった。

だが2年前の夜に、彼の運命が変わった。

歪みが、視えるようになったのだ。

突如として目覚めた不思議な眼は、ただ願うだけだった彼に、人を救える機会(チャンス)を与えた。


「あんた達が殺してきた人たちの中には、家族が居たはずだ。大事な人が一瞬で消える悲しみは……良く知ってる。もうあんな事を味わいたくない。もう誰にも、あんな目には遭わせたくないから……」


突然、一樹を押し潰そうとしていた威圧感が消えて、カランの目付きが変わった。


「あぁ……そうか。お前は……」


それは、幼い子供を憐れむ目だった。


「……何の為にこんな事をするのか、と聞いたな。ならば、答えよう。私は、己が欲望のままにただ殺しているのではない。記憶の中から消えかけている、とある人間の復讐と証明の為だ」


カランはそう言って、悲しげな顔を浮かべ、遠くを見遣った。


「その為ならどんな方法も実行し、どれだけの犠牲が出ようとも(いと)わない。何百年間生きてきた己が、どれ程の死体の上に立っているのかは理解しているつもりだ。だが今夜、お前に会いに来たのはその為ではないのだ。それは今の私に残された数少ない人間性、ささやかな願いの為だ」


(なんだ…?この顔、どこかで………)


一樹は何故かその顔に、謎の既視感を抱いたが、その正体は分からなかった。


「知性あるものは皆なにかを知りたがるが、それは私にも当てはまる。どれほど信じていても、それが真実だとは限らない。だから私は、信じるものが本当なのかを知りたいだけだ。その真実を知る術が、お前の眼にある」


「俺の……眼…」


「星空色の瞳。私はそれと同じものを持った人間と会ったことがある。故に、その名前を知っている。それは異端の眼、与えられた名を『星官(せいかん)』、"星"と繋がる瞳だ」


「星と、繋がる?星って…空に浮かんでる、あの…?」


困惑する一樹に対し、カランは真上を見上げた。


「空に浮かぶ星ではない。この世界とは違う別の場所に、星と呼ばれる空間がある」


雲は未だに月を隠しているが、星だけは煌々と空に輝く。

一樹の瞳と良く似た色が、浮かんでいた。


「それは、人類・動物・植物、生きとし生ける者を産んだ母なる世界。有象無象、森羅万象を孕み落とした全ての元凶。そこに嘘など無く、因果と真実が赤裸々に存在する。その眼は星と繋がる扉だが、お前は出入りする事が出来ない。だがその扉を介して物事を視る事が出来る。お前が視ていた歪みは、物事の終わりの部分だ。お前はただ終わりが視えるのではなく、その眼と繋がる星が、始まりを知るからこそ終わりが視えるのだ」


一樹が異端の眼を目覚めさせると、名前を知ったからだろうか、いつもとは視え方が異なっていた。

以前は目の前が真っ白になり見えづらかったのが、道や壁、街灯に目の前の魔術師、これら全てが綺麗に視え、歪みさえもはっきりと視える。


「これが、本当の……眼の力…」


「それが星官の能力(ちから)だ。私はその瞳から星へと至り、真実を知る。だからイツキよ。その眼を私に渡せ」


カランが手を差し出す。

その手のひらには、丸い玉が2つ乗せられていた。


「代わりの目は既に用意した。お前はいずれ、その眼で全てを視る事が出来る。だが星に、人を騙す嘘も無ければ、正体を隠す秘密も無い。公の場から遠く離され、(ぼか)されていた真実ほど、それに内包された物事は(けが)れて醜いものだ。果たしてお前程の子供が、受け止めきれるだろうか。いや、できまい。あまりにも膨大な情報量に、脳は閲覧を拒み、狂い果てるだろう。()の道、お前にとって手に余る代物だ。そうなる前に、この目を付けてやる。さぁ、渡すと言いなさい」


言葉とは裏腹に、声色は酷く優しかった。

その口調に、自然と懐かしさを感じて口を開く。


「……俺は……」


不意に、一樹はこの頃見なくなった悪夢の内容を思い出した。

あれは、2年前のあの夜の記憶だ。

いつも途中で目を覚ましてしまうが、彼女の話には続きがある。


『この事を知ってしまった以上、あなたはもう普通に戻れない。それでも良いと言うのなら━』


確か、続きは……


『━これから先のあなたを嫌わないで。あなたの身体にどんな不思議な事が起こっても、それはあなたの力、あなたのモノ。約束です。怖がらないで。どうか、手放さないであげて』


「━━嫌だ!」


「……ほう?」


「あの人と約束した。これは俺のモノだ!誰にも渡さない!お前にだって!」


一樹は地面にナイフを突き刺すと、勢い良く引き裂いた。


足元に浮かんでいた魔方陣は、切られたことによって形を維持できなくなり、両足を縛っていた鎖と共に消滅した。

自由を取り戻した足で思いっ切り地面を蹴って、カランに飛びかかる。

歪みに向かって、吸い寄せられるように近付いたナイフは、カランの体を切り裂く直前に、彼が瞬時に生成した杖によって防がれた。


「なるほど、魔術そのものを視て切ったか。素晴らしい!私はやはりその眼が欲しい!」


杖の先端に魔力が集まっていき、(かみなり)のように迸って黄色に輝く。


「元より、その眼以外に興味は無いのだ。お前を殺してでも奪ってやる……!」


掲げられた杖が、今まさに振り下ろされようとした、その時。


「……!なんだ!?」


地面が揺れていた。

地震の時のようではなく、まるで波のように揺れていた。


「これは……まさか」


向き合う二人の間を遮るように、地面から波紋が広がり、その中心から誰かが浮かび上がる。


それは、喪服を着た女性だった。

髪の毛は伸びていて格好も違うが、紛れもなく、一樹が良く知っている女性だった。


(くら)い、(くら)い瞳に海を映して。悪魔の名を冠しモノ、深き底より浮上する……」


呟いた彼女の背後から、何かが飛び出す。

街灯の光に照らされて、その正体の影がゆらゆらと揺れている。

確かにそこにあるはずなのに、一樹の瞳はそれを捉えられなかった。


「ルアル、お前が何故ここにいる?私の邪魔をするとは、一体何の真似だ?」


「…………貴方には、2つの選択があります」


心の無い、まるで機械のような冷たい声。

およそあの人が喋ったとは考えられないその声色に、背筋が凍る思いがした。


「1つ、私の目の前から去ること。これが良い選択だと言えるでしょう。お互い、無意味な傷つけ合いは避けるべきです。2つ、私を怒りのままに殺すこと。私は貴方の邪魔をして、なおかつ術まで展開している。これは貴方にとって許しがたい事です。ですが私が死んだ場合、貴方の計画が成就するより前に、私の同胞たちがこの世界を貪り尽くします。それでも良いと言うのなら、どうぞ、その(いかづち)(もっ)て私に裁きを与えなさい」


両者が互いに睨み合い、静かに時間が過ぎていく。

どちらがこの静寂を破るのか。

そんな緊張感が場を支配していた最中、今にも撃ち放たれそうだった魔力が消え、カランは杖を下ろした。


「はぁ……海の魔女よ、その名に免じて今夜は私が退こう」


カランの体が、どんどんと黒い(もや)に包まれていく。


「だが空を見ろ。太陽は未だ昇らず、夜はまだ続いている。私たちの夜はまだ終わらない。それを、忘れるな」


黒い靄がカランを完全に包み込んだ時、彼の姿は消えていた。


彼女がこちらを振り返る。

あの夜と変わらない、海のような蒼色の瞳が一樹を見つめていた。


「小雪…さん……?」


震える声で尋ねると、彼女の表情がふわりと柔らかくなった。


「えぇ、久しぶりです。一樹君」


目が熱くなる。

何故か勝手に瞳が目覚めて、彼女の歪みが視え始めた。

途端に、彼女の顔が悲しげな表情に変わった。


「あぁ……やっぱり。私のせいで、その瞳が……」


「やっぱり…?それってどういう…いや、それよりも……」


どうして彼女が、今になって目の前に現れたのか。

海の魔女とは?

あの視えない何かは?

色々と疑問は尽きないが、それよりもまず、一樹には聞くべき事があった。


「小雪さん!どうしてあの夜、家から出ていったんですか!姉さんにあなたの事を聞いても真面目に答えてくれないし、どこかに旅に出て1年は帰ってきてないんです。どうして、あの日から居なくなったんですか!」


「━━━あれは、貴方たちを守りたかったからです。あのまま家に居れば、貴方たちまで巻き込んでしまう。そんな危険な目には遭わせたくなかった」


「危険な…目……?」


「一樹くん、貴方には話さなくてはいけない事が沢山ある。けれどもう、迎えがきたようです」


「……!ガーナさん…」


懐かしい靴音が響いた。

2人のすぐ近くに、白衣姿の魔導士が現れる。


「礼を言うよ、海の魔女。ありがとう、一樹君を助けてくれて。この子は私が責任を持って家まで送る。君は早く逃げた方が良い。そろそろ追手が来るぞ」


「忠告、痛み入ります。それでは、よろしくお願いします」


「小雪さん!俺、まだ……!」


「……一樹くん、いつかちゃんとお話しします。その時まで待っていてください。また、会いましょう」


彼女はそう言って、地面の中へと沈んでいった。


暗い空気が流れていた。

こんな夜中に出歩いていたことを怒られるだろうか……と身構えてしまう。


「……取り敢えず、君が無事で良かったよ。何かあったら、レイナに泣き付かれる所だった」


「すみません、心配かけて……」


「まぁ良いさ。それよりも、君が彼女と知り合いだったのは意外だな。一体どんな関わりがあって……待った。━━来たか」


「え?来た?」


「シッ、静かに。……不可視(見えず)


ガーナは一樹の口を塞ぐと、秘匿の魔術を唱えた。

程なくして、大量の蝙蝠(こうもり)が道の先から飛んできて、2人の頭上を通り過ぎていった。


「ふぅ、何とかやり過ごした」


「ガーナさん、今のは?」


「あれは、使い魔だよ。世にも珍しい海の魔女なんだ。誰もが、彼女を監視下に置こうと躍起になってるのさ。まぁ、彼女を捕まえる事なんて出来る訳がないのにね。これこそ時間の無駄ってやつさ。それより……ほれ」


「え?」


彼女の指が、一樹の額に触れた。


「ガーナ……さん…なに…を」


瞼が重く感じる。

体の力が一気に抜けていく感覚。


「色々と聞きたい事が山ほどあるんだけどさ。君、今何時か分かってるかい?良い子はもう寝てる時間だよ」


一樹の意識が、深い微睡みの中へと沈んでいく。


「おやすみ、良い夢を」

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