夜の街
輝く看板に目を惹かれる、そんな夜の街。下野町。
きらびやかに彩られた大通りを歩くのは、赤色の魔女と悪魔。
「なんで私があんたと行かなきゃいけないのよ!」
西城茜は、そう言って隣の魔女を睨んだ。
「仕方ないだろう?レイナはまだ駆け出しの魔法使いだし、一樹君は左手が治ったといっても昨夜の戦いで疲労しているし……」
クリスティアル・ガーナは、煙草に火をつけながらそう答え、口に咥えて彼女に話す。
「一樹君はお留守番だよ、今はね。何より君は、他の2人より経験が豊富だ。こんなこと頼めるのは茜ちゃんぐらいなんだよ」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、茜は口を噤んだ。
何だか自分が、我が儘を言う子供のように思えてしまって決まりが悪くなる。
「はぁ、見るだけ見てさっさと帰るわよ」
ため息をつきながら、どんどん前へと歩いていく。
「そういえば、行く前に一樹に何か渡したけどあれは?」
「あぁ、あれはお守りだよ。君にも渡しておこう。ほれっ」
ガーナから小さな石を投げ渡される。幾何学模様と数学的な式が彫られていて、どこかで見たことがあると思ったが、その意味までは思い出せなかった。
「ふーん、まぁ一応貰っておくわ」
訝しく思いながら、ポケットの奥深くに押し込んだ。
「まだ着かないの?」
「もう少しの辛抱だ」
そこから数分歩いて、件のマンションへとたどり着いた。
「ここが例の現場ね……」
「さて、何か感じる事はあるかい?」
「……無さそうよ。部屋にはあるかもしれないけど」
「了解。じゃ、手筈通りに」
ガーナが茜の側へと寄る。
「不可視」
茜が言葉を呟くと、二人は白い光に包まれた。
「秘匿の魔術か……。久しぶりだな、この感覚は」
「どう?ちゃんと見えてない?」
ガーナは近くにあるカーブミラーを覗いてみる。
そこに、二人の姿は映っていない。
「良好だ。さぁ、行こうか」
姿を隠した二人はマンションの3階へと上り、ある部屋の中へと入り込んだ。
「もう一度、事件の概要を確認しよう」
昨日の夜、ちょうど一樹と着物の少女との交戦後にそれは起こった。
マンションの1つの部屋から、男性の遺体が見つかったのだ。
叫び声が響き渡って、それに気づいた住人達と管理人がドアを開けて見つけた時点で、他に誰もいない。
首が裂けた遺体だけが、右手に包丁を持った状態で死んでいた。
「亡くなった男性の名前は高野渡。少し調べてみたら、色んな犯罪に手を染めていたみたいだ」
「なるほどね。それで、警察の方はどう解釈してるのかしら?」
山のように積まれた雑誌を退かして、痕跡を探しながら茜は彼女に質問する。
「凶器は遺体自身が握っていて、包丁の柄には彼の指紋だけが付着していた。当初は自殺と見られていたけど、ちょっと事情が変わったみたいだ」
「……他殺ってこと?」
「その線が浮き出てきたってわけさ。その日の夜、被害者が制服を着た女の子と一緒に部屋に入るのを見たと住人の1人が証言したんだ」
「男が女子を部屋に連れてくなんて、その人は不思議に思わなかったのかしら」
「高野渡には高校生の妹がいるんだ。その事は住人達は知っていたみたいでね。妹が遊びに来たものだと思っていたらしい」
「仮にその女の子が妹として、遺体が発見された時にはもぬけの殻だった。だとしたらその子が殺して逃げたって考えは……安直ね」
彼女は肩をすくめて、ガーナを見やった。
「警察はとりあえずその妹に連絡を取ってみたんだが、家族はとうの昔に高野渡との縁を切っているらしいんだ。妹は事件当時、実家に居た。両親は側にいたからアリバイはある。というかこのマンションから実家までの距離が遠すぎて、殺してからあっちに戻るのなんて出来る訳が無いんだ」
「振り出しに戻ったわね……」
「いや、そうとも限らない」
ガーナは茜を手招きし、床を指差した。
ここの世界の言葉ではない、奇妙な文字の羅列が刻まれている。
「見てくれ。召喚魔術の刻印だ。しかも……」
「悪魔用の術式ね。てことは、高野渡は悪魔と契約してた可能性がある……」
「あぁ、その能力を使って犯罪を重ねていたのかもしれない。もし高野渡が契約を破ったのだとしたら、悪魔は彼を殺しにくるだろう」
「なら、女の子に扮した悪魔が彼を騙し家へと転がり込んで殺害した……って所かしら」
「そうだとしたら━━━━」
2人はその後も意見を出し合い、仮説を組み上げた。
だがどれも、核心に迫るものではなく、決め手に欠けるものだった。
導き出した仮説が、答えが必ずしも正解だとは限らない。
彼女らは一旦、犯人特定を保留する事にした。
「まだ調べたい事が沢山あるんだが……そろそろ秘匿の魔術の効果が切れる頃合いだろう。そうなる前に部屋から出ようか」
2人は部屋から抜け出し、家へと帰る事にした。
なるべく人目につかないように、少し暗い道を進んでいく。
「収穫は少なかったが、被害者が私たちのような特異な存在と関わっていた事が分かっただけでも良かったと思いたいよ……」
「地道に続けてくしかないのね……はぁ、疲れた」
「だがまぁ、少し疑問がある。もし犯人が悪魔、或いはそれに近しい者に殺されたのだとしたら、なぜわざわざ凶器を用いて自殺に見せ掛けたんだろうか」
「同じ事を思ってたわ。だって、そんな事する意味が無いもの。そもそも包丁なんて使わなくても、ここの人間にとって魔術は十分に凶器になり得る。」
「洗脳して彼にそうさせた可能性もあるが、その意図が見出だせない。何故なんだ……」
「あーもう、考え出したらキリがない!今はさっさと帰るわ……ッ!」
喋る茜を、ガーナが突き飛ばした。
何をするんだと叫ぼうとした口をとっさに塞ぐ。
さっきまで茜が立っていた場所に、2本の短刀が突き刺さっていた。
━━━どこから飛んできた?
辺りを見回すが何者かの影は無く。
突然、2人の足下が淡く光り出す。
短刀を中心として、魔方陣が展開されていく。
地面に浮かぶ術式には見覚えがあって、まずい、と頭が警鐘を鳴らした。
「くっ……!!」
光の輪から抜け出す!
だが、もう遅い。
あと一歩……という所で、2人の姿は消えた。
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「転移魔術か……。しかも、短刀に編み込むなんてとんだ悪知恵を働かす輩がいたものだ」
気付けば私は、広い空間にいた。
恐らくここは結界の中だろう。
こんなことを仕出かすやつは一体全体だれなんだ。
まぁ、多少の予想は出来ているけれど。
今この時も感じる、懐かしい気配。そして、火の匂い。
「そこにいるのは分かっているよ。出てきたらどうだい?」
物陰から、彼は出てくる。
全身を黒い衣装に身に纏っていて背丈は違うが、その顔だけは何年も前から変わらない。
恐れを知らず、大胆不敵に笑みを溢す人物を私は知っていた。
「再会なんていうのはもっと感動的なものだと思っていたよ」
「……お久しぶりですね」
彼は臆面もなくそう言って、微笑みかける。
「炎の魔導士クリスティアル・ガーナ、我が師よ」
秘匿の魔術(conceal)
自身、或いは周辺の物体の存在を一定時間隠す魔術。
人は皆それぞれ秘密を持っていて、それを隠したがるのが性だ。
故にこれは、多くの魔術師が会得する。