視える者Y fourth 下
………それは、随分と突飛な話だった。
知らない人間が聞けば、ノートの隅に書かれた妄想だと笑い飛ばされそうな、現実味の無い話だった。
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1つの机を、ぐるりと4人で囲んで行う作戦会議。というよりかは、何も知らない一樹たちに向けてクリスティアル・ガーナからの説明が始まった。
「私がこっちの世界に来た理由は、ある人物を探す為だ。そうだな……分かりやすいように、私が元々いた世界をα世界、一樹君がいるこの世界をβ世界と呼ぶようにしようか。まずは、この写真を見てほしい」
ガーナは、バックの中から8枚の写真を取ると机に並べた。
どの写真も映りが悪く靄がかかっているが、なんとなく誰かが写っているのかは分かる。
だがその中の1枚が異常だった。この写真だけ所々が黒く塗り潰されていて何が写っているのか見当がつかない。
「これは『シリウスの眼』によって撮られたものだ。シリウスの眼は、5つの神器の内の一つであり、αとβの2つの世界を視る観測器なんだ。私は職業柄、そういったものに触れる機会があってね。シリウスの眼を管理している研究所を訪れた時にその写真を見せてもらったんだ。私は、β世界で撮られた8枚の写真の中でも異常な黒色の写真に興味が湧いた。それで、特別にシリウスの眼を使わせてもらってね。黒色の写真に写る人物を探ったんだ」
「使わせてもらったって……神器でしょ?アレって。いくらあんたでも扱えるの?」
「まぁそこは……天賦の才ってやつでなんとかしたさ」
(((自分で言うのか……)))
「……コホンっ ま、まぁ試行錯誤しながらあの写真を弄くってみてね。その成果がこれだ」
1枚の写真が机に置かれる。
お世辞にも綺麗になったとは言えないが、塗り潰された箇所は消え、先ほどの黒い写真と比べればずいぶんと見えやすくなった気がする。
黒い服だろうか。それを羽織っているかのような姿が写っていた。
「だが写真が綺麗になったからといってそれで終わりじゃない。むしろ、やっとスタートラインに立てたところなんだ。そこから先は、色んな研究所の資料を読ませてもらったり、図書館にも行って手掛かりを探したのさ。文献を読み漁り、この写真の人物の特徴に類似した誰かを探すというのは中々に大変だったけど同時に楽しくもあったよ。もともとこういう何かを探すという行為は昔から好きでね。それに本を読むのは実に良い。今は関係無くとも後の行動を左右するような知識というのは、身に付けていて損は無いからね」
「それで……手掛かりは見つかったの?」
「残念ながら見つからなかったよ…。この人物に関する資料が少ないのか、はたまた先手を打たれて消されたか。手掛かりの手の字さえ無かったよ。けれど、私は諦めなかった。答えは探した先に在るものだ。だが時には、1度立ち止まって振り返る事も大切なんだ」
写真に指を指し、彼女は話を続ける。
「私はもう一度、この写真を良く観察したんだ。この奥に写っているもの、見えるかい?」
指の指された箇所、腕のようなシルエットに赤いモノが付いている。
普通に見ていれば、永遠に気付きはしまい。
小さくて、だが確かにある違和感。
「これは鎖だ。α世界において鎖は、罪を犯した者の印であり枷なんだ。色には意味があってね。例えばこの赤色は、『裁く事さえ出来ない異常危険人物』に付けられる鎖だ。過去の犯罪者を調べた結果、赤の鎖に縛られるに値する人物はこの2つの世界で1人しかいない。その名前は━━カランロクスト」
「「っ!?」」
レイナと茜が息を呑む。信じられないといった表情でガーナを見つめた。
「一樹君は知らないだろうね。……カランロクスト。それは神から初めて、魔法、魔術という神秘を授かった魔術師の祖であり、不可能とされていた神を殺してみせた大罪人。神殺しの魔術師カランと言い伝えられているんだ」
「どうしてそんな危険な人物がこちらの世界にいるんでしょうか」
「理由は私には分からない。だけど、シリウスの眼がこの写真を映したということは、あの観測器が、少し先の未来で危険な事件が起きるのではないかと我々に警告しているのかもしれない。他7人も同様に、何を為出かすか分からない。だからこそ……一樹君、私の願いの為に協力してくれないだろうか」
「願い……ですか?」
「あぁ、私の願いはあの時から変わらない。明日を担い未来を進む、遍く人々に救いと安寧を。何も知らない無辜の民たちが彼らによって傷つけられるというのなら、私はそれを全力で止めたい。だが私には手掛かりが少ない。情報を集め、彼らの計画を知る必要がある。その為の調査を、君たちに手伝って貰いたいんだ。どうだろうか」
力強い瞳が、一樹を見つめる。
彼はその視線を真正面で受け止めて。
━━━この人は本気だ。
そう思った。
嘘やハッタリではない。正真正銘、彼女は自分の願いの為に動こうとしている。
そんな彼女から、協力を求められた。ならば、自分が為すべき事は何だ?
「俺は、誰かが傷つけられるのは、誰かが犠牲になるのは嫌です。俺も彼らの計画を知りたい。だから、協力させて下さい」
一樹の言葉を聞いて、彼女はニヤリと笑う。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
彼女が一樹の前へと手を出す。一樹もそれに応じて手を出し、2人は固い握手を交わした。
「よろしく頼むよ。一樹君」
心臓がドクンドクンと脈打つのを一樹は感じた。
お前がやるんだと、誰かに急かされるような気がして。
「はい、お願いします…!」
一樹は応えた。
心の奥底にある、鎌首をもたげ始めた不可解な感情に、必死に目を逸らしながら。