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1話

 これは、わたしが出会った不思議な拳法の話だ。

 わたしの名前は青菜(チンツァイ)。この国じゃあマトモな生活を与えられている方だ。

 女なのに学校を出て研究員として遺跡の発掘をやっていたインテリだよ。


「今、その牌、捨てたよねぇ? はいいただきロン」


 今じゃ麻雀ばっかりやってるけどね。遺跡の発掘が嫌になったのはわたしのせいじゃないよ。この国は遺跡だらけで、掘れば掘れだけ出土品が増える。ゴミもあるし歴史的に価値のある国宝級やオーパーツも多く、国の発展のみならず人々の生活も良くなるはずだった。

 “温故知新”。わたしの扇にはこの文字が書いてある。

 でも出土品はこの国の為に使われなくなった。

 一応、インテリのわたしがこの国の大まかな歴史を説明するね。


 古くからこの国は美しかった。誰も自然を侵さず、人々は太極拳とともに目を覚まし、昼は働いて夜は酒と麻雀で仲良くやっていた。

 健全な肉体と精神を育むために国民全員がカンフーを習得していて、貧富や運動神経に関わらず一人一人にピッタリとフィットする拳法があった。いつしかこの国は“拳の国”と呼ばれるようになり、誰もがそれを誇りに思っていたし、永遠であるべきだった。

 拳の国はある日、崩壊した。異常気象と天変地異により国の大部分の農地が使い物にならなくなり、終わりの見えない飢饉に陥った。拳の国が死んでいくのなら、拳の誇りと共に清々しく死んでいったっていいと考える人も少なくなった。そこに救世主が現れる。

 突如として沖に現れた鋼鉄製の巨大な船から降りてきた、金髪に碧眼の異邦の島国の紳士たちは、祖国の島の田んぼで取れた食料を分け与え、最新鋭の道具や武器をもたらし、産業革命を起こして雇用を増やした。

 この出来事は“島の田んぼの食料を分けてくれた紳士の助け”、略して“島田紳助”と呼ばれ、紳士の国の人間たちそのものが島田紳助って言われるようになったんだよね。

 でも島田紳助たちはいいヤツではなかった。

 拳の国の国力が回復すると紅茶や危険な薬物を売りつけたり、女や奴隷や国宝級の美しい芸術品を売り飛ばすようになった。

 そして拳の国は島田紳助の領土となり、傀儡となった。でも時代遅れのカンフーじゃ島田紳助の使う武器には敵わない。助けてもらった恩もあるけど、誇りだった拳が役立たずなんて悲しいよね。恩があるからなんて理由でここまでされて歯向かえないなんて臆病だと思うよ。


「まさか青菜がこんなに堕落した生活を送るなんてな。お前の頭と家柄なら官吏にでもなれたんじゃないか?」


「知ぃらねっ。わたしは考古学者になりたかったのに、今じゃ出たもんは全部島田紳助が持ってちゃうもん。わたしはあちらさんの女王陛下のためじゃないのにやってらんねー」


「ハハハ、違いねぇ」


 そういう訳でこういうこと。出土品は精緻な細工の器から山ほど採れる太古のディスクに至るまで全部島田紳助が持っていく。ただの穴掘り職人じゃねぇっての。

 今じゃ館に昔馴染みの仲間を呼んで、アヘン交じりのタバコの煙で顔もロクに見えない相手と麻雀して遊ぶだけ。親は金持ちだし島田紳助に媚びてるから金には困らない。それにわたしだってプライド捨てて島田紳助用に遺跡の発掘をして出土品を売れば生活は楽ちんさぁ~。


蕃茄(ファンチィエ)のヤツ、遅いな」


「蕃茄は弱いんだからあんまり巻き上げてやんなよぉ」


「たまには試合でも観に行ってやれよ。蕃茄はお前に気があるぞ、青菜」


 そして今、ボロボロの絆創膏を張ってボロボロの服でやってきた精悍な青年、蕃茄がこの物語の主人公だ。


「悪い、遅くなったな」


「よう蕃茄。島田紳助の相手も楽じゃあないみたいだね? お疲れ」


 蕃茄。

 太古のディスクが記録媒体として現役だった頃から続く、由緒正しき“白蛇拳(ハクジャケン)”の正統伝承者。拳の国にある拳法の流派は国民の数を上回ると言い伝えられているが、この町で最も誇り高く美しいのは白蛇拳だ。拳がノリ切った時の白蛇拳は、見たものに幸福を与える吉兆の証とさえ言われる。


「また随分とデカい煙管を買ってきたな青菜。島田紳助から買ったのか?」


「正気を失わない程度に気持ちいいアヘンを売ってもらってねぇ。蕃茄もどう?」


「やなこった」


 蕃茄とわたしは幼馴染だ。官吏の娘と名門カンフー道場の跡取り。幼い頃から不真面目だったけど成績はバツグンでお望みの考古学者になれたわたしと、子供の頃からド真面目にカンフー漬けで白蛇拳を親から受け継いだ蕃茄、どっちが優秀かな? ずっと兄弟のように育って、麻雀では随分とカモにしてやった。

 蕃茄が白蛇拳に恥じないように修行をしてきたのはわたしがよく知ってる。そうして身に着けた白蛇拳は……、使われることはなかった。

 “拳法”は“健康法”になり、“文化”は島田紳助の“手段”になっちゃったんだよね。


「俺はお前たちと違って働いてるいんだ。遊びが生業のお前たちとは違う!」


「ハイハイ、カッコイイカッコイイ。で、今日は勝ったの?」


「……負けた。だがな青菜。CACCというものは、初めから勝ち負けが決まっていて、その筋書きの中でいい勝負をすればそれは負けではない」


 島田紳助が拳の国の誇りと士気を奪うにはどうすれば簡単かな? 拳の国の優秀な人間を道化にすることだよ。

 優れているはずの人間を貶め、叩きのめすことで島田紳助には敵わないと印象操作を行う。拳の国の多くの拳法家は金か武器で脅されて島田紳助の国の格闘技、CACCキャッチ・アズ・キャッチ・キャンで噛ませ犬の悪役にされて、筋書き通りの試合内容とセリフで毎回ボコボコにされちゃうんだよ。


「アチョー。ホワチャー! オイラのおかゆを食べたアルな! 今日という今日は許さんアル! チョワー!」


「こらこら、小さい子もいるんだ。小さい子にもご飯を分けてあげなきゃいけないから、君は我慢しようね。立派な紳士になろう!」


「イヤアル! それはオイラが独り占めするはずのおかゆアル!」


「仕方ない。大人しくしてもらおうか! 成敗してやる! フンッ!」


 今日の試合は観てないけど今日もきっとこんな感じだ。CACCの試合じゃなきゃ病院送りってくらい過剰に愚かに脚色された蕃茄は立派な紳士にボコボコにされたんだろう。

 あの蕃茄が……。白蛇拳の伝承者であるはずの蕃茄が……。最初に観たときはショックだった。でも娯楽まで締め付けられた国民にはCACCと麻雀ぐらいしかないし、実際に子供たちはカンフーよりもCACCに憧れちゃうんだ。

 誰よりも頑張った蕃茄だから、誰よりも効果テキメンな道化ってこと。皮肉だね。出土品を横取りされるぐらいで考古学者を止めるやつもいるくらいなのに、誇り高きカンフーを悪用されても真面目にやってる蕃茄は立派だよ。せめて友達くらいは気楽に蕃茄と遊んでやらなきゃね。


「青菜、お前は最近、ずっとこれか?」


「どゆこと?」


「遺跡の発掘の方だよ。全然やってないのか?」


「わたしは全然だね。でも他の地域じゃ旧時代の記録媒体やなんかが見つかってるらしいよ。全部島田紳助が持っていくけどね。どうして?」


「最近、島田紳助に動きがあってな。古物商が紳士の国から多くやってきて今まで以上に文化財の売買が活発になってる。大きな遺跡でも見つかったのかと思ってな」


「関係ない話だね。今じゃ太古のディスクだって金属でもガラスでもない鏡としか思ってないよ」


「やってられない、なんて口を叩くなよ」


 そこからの蕃茄はメチャクチャだった。いつも以上に麻雀に弱くて、CACCの試合で掴まされた金をスってしまった。らしくなく酒を呷って、酔っぱらって、卓に肘をついて顔を真っ赤にし始めてしまう。よっぽど辛いことでもあったのだろうか。売国奴なんて呼ばれるのは今日が最初じゃないはずだけど? 牌を摘まむのもおぼつかなく、これ以上は限界だろうと、麻雀は早めに切り上げてわたしが蕃茄を家まで送ってあげることになった。そして酒の酔いで感情的になった蕃茄は、ポツポツと話し始めた。


「なぁ青菜」


「何?」


「やってられないお前の気持ちはわかる。やってられないんだよ」


 小石に躓いた蕃茄のこめかみが手に触れる。今日もCACCでぶちのめされた蕃茄の傷の熱は、包帯越しでも蕃茄の悔しさを饒舌すぎるくらいに伝えてくれた。


「島田紳助たちがまた文化財を売る。その用心棒につけって言われたんだ。今回は大きな取引になって、今までに出なかったくらい重要なものが売られる。こんな取引が表ざたになったら拳の国の国民たちは蜂起するって……。持ち駒の用心棒じゃ足りないから俺も島田紳助側で警備に就けって言われたんだ。青菜、お前から見れば俺は島田紳助に媚びへつらう臆病者の敗北者だろう。このままじゃ俺は拳の国の民の敵として白蛇拳を使うはめになってしまう……。畜生! 何が白蛇拳は吉兆の証だ!」


「蕃茄は今でも白蛇拳を誇りに思ってるんだね。羨ましいよ」


「俺が白蛇拳の伝承者でなければこんな思いはせずに済んだのかもな。白蛇拳は俺の代で終わりだ。白蛇拳は道化の拳! 島田紳助のCACCの噛ませ犬として終わるんだ」


「果たしてそうかな?」


 わたしは腰に提げていた酒の入ったひょうたんに煙管のヤニを溶かし、通りがかった大きいおじさんに投げつけてやったんだ。


「何だ小娘。ワシを超強豪の剛拳、雷真派(カミナリマッパ)が一つ、鞍蛙拳(クラーケン)のマスターと知っての狼藉か?」


「おじさん、白蛇拳をどう思う?」


「白蛇拳ンンン? ハッ……」


 ヤニ交じりの酒をヒゲから垂らしたおじさんは、暴挙に走ったわたしを守るべく白蛇拳の構えを取った蕃茄に憐れむような眼差しと笑い声を向け、お金を置いて去っていった。


「かわいそうにな。いつもありがとよ」


 嫌味だったのか、本心だったのか。強そうなおじさんと拳を交えれば蕃茄の気も少しは晴れるかと思ったのに。蕃茄は何もできずにギリギリと歯を食いしばって耐えているだけだった。


「酔いが醒めたよ。明日も試合あるからさ、ありがとう青菜」


「明日は試合を観に行くよ。頑張ってね」

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