嘘
「未央、俺と付き合ってくれる?」
慎司が照れたように軽く俯いて、でも上目使いで私を見つめながら言った。
「もちろん! 嬉しい」
私も照れながら答えた。
高校三年生の秋のこと。
部活を引退し、高校最後の体育祭・文化祭をクラスみんなで一致団結してやり遂げた。その準備の期間中に、私達は急速に仲良くなったのだ。
それから私達は、毎日一緒にいた。
二人とも地元の大学の指定校推薦を目指していたので、図書館で苦手な所を教え合いながら勉強した。
そして12月、それぞれの目指す大学から合格を貰い、さあこれから4月まで思いっきり遊べるぞと思っていた矢先だった。
「未央、ごめん、もう一緒にいられない」
突然だった。
「え、慎司どうして? 私、何かした?」
「未央は何も悪くないんだ。ただ、もう卒業までは一緒にいられないんだ」
「意味わかんない。他に好きな人が出来たとか?」
慎司は何も言わず首を横に振った。
「じゃあやっぱり私のこと嫌いになったんじゃないの?」
慎司は何故だかとても辛そうな顔をして、もう一度首を横に振った。
「わかんないよ。ずっと楽しく付き合ってきたのに」
「ごめん。本当にごめん」
俯いたまま、私を見ようとしない慎司に、私は急激に怒りが湧いてきた。
「わかった。じゃあもうさよならだね」
それでもまだ慎司は、顔を上げなかった。
本当に無理なんだ。もう戻らないんだ。
私はクルッと背中を向けると、すぐに走ってその場を離れた。
私と別れてすぐに、慎司は元カノのナギサと一緒に帰るようになった。
「慎司サイテー」
「やっぱ浮気だったんじゃん」
「しかも元カノとヨリ戻すとか信じらんない」
クラスの女子達は皆、私の味方だった。私も同じ気持ちだ。
他に好きな人はいないって、あの時言っていたのに。嘘をつかれた、それが腹立たしかった。
付き合っていた頃、慎司に聞いたことがあった。
「ナギサとはなんで別れたの?」
元カノのことが気になるのは、女の子なら誰でもそうだと思う。
「俺、部活で忙しかったんだ。だから、ずっとデートもしないで放ったらかしにしてたら、振られちゃった」
そう笑って、だから未央のことはちゃんと大事にしようと思ってるんだ、と言ってくれた。毎日一緒にいて、放っておいたりしない、って。
慎司の嘘つき。
街は、すっかりクリスマスの装いだ。
今年のクリスマスは初めて好きな人と二人で過ごせると楽しみにしていたのに、一人ぼっちで迎えるなんて。
友達が、元気出せって背中を叩いて、カラオケに誘ってくれた。思いっきり歌って、ケーキ食べて、笑って泣いて。
そしてみんなと別れて一人で駅に着いた時、慎司とナギサが歩いているのを見かけた。
私の足は一瞬、止まった。その時、ナギサが偶然振り向いて私に気付いた。
ナギサはにやっと笑って、慎司の腕に絡みついた。
わざとだ。あの子は、私に見せつけようとしている。
私は思いっきりナギサにあかんべえをすると、急ぎ足で二人を追い抜き、改札をくぐって電車に飛び乗った。
その日の夜、慎司から電話がかかってきた。
「未央、ごめん」
「何よいまさら」
「俺、ナギサのことを好きなんじゃないんだ……。理由は言えないけど、卒業までナギサと一緒にいてやらないといけないんだ」
「どういうこと?卒業までって」
「ごめん、理由は言えない。だけど、俺が好きなのは未央だ。それだけ、信じて欲しい」
この人は何を言っているんだろう。あんなものを見せられて、何を信じろって言うの。しかも理由は言えないって。
「悪いけど、もう関係ないわ。さよなら」
私は電話を切った。
慎司は、優しい人だ。好きではないのなら、何かしらの理由があって、ナギサと一緒にいるんだろうとは思う。
だけど、だからって私を傷つけていい理由にはならない。
「もう本当にさよならだわ」
私は呟いた。
三月、私達は卒業を迎えた。
式が終わり、教室でクラスの友達と話していると、一人がこう言った。
「ねえ知ってる?ナギサって、東京の大学行くらしいよ」
「そうなの?てっきり、慎司と同じ地元の大学行くと思ってたわ」
「東京の大学決まってからすっごい浮かれてるってさ。東京でいい男見つけるんだって」
え、どういうこと⁈ 慎司はどうなるの。
「未央、ちょっといいかな」
その時、慎司が私達のところへやってきて言った。
「ちょっと慎司、今頃謝ったって遅いわよ。ナギサに振られたからまた未央に戻ろうって虫が良すぎない⁈」
「わかってる。話がしたいだけなんだ」
慎司の真剣な様子に、皆は黙り込んだ。
「わかったわ、ちょっとあっちに行きましょう」
私は慎司と階段の下の空きスペースに行った。ここなら周りからは死角になる。
「何? 話って」
「未央、ごめん」
「もうそれは聞き飽きた。理由を話して」
「ナギサに……嘘をつかれてたんだ」
「嘘?」
「病気で、余命が三か月しかないって。だから卒業まで、高校生らしいことをして過ごしたいって言われた」
「余命三か月⁉︎ それって大変じゃない⁉︎ ナギサ、大丈夫なの?」
「うん……だから、ナギサのやりたいことを叶えてあげてたんだ。放課後のデートやクリスマス、初詣にバレンタイン。付き合ってた頃は何もしてやれなかったから」
「だって、ナギサ、東京の大学決まったって……」
「俺もそれを聞いておかしいと思って昨日問い詰めたんだ。そしたら、余命三か月ってのは嘘だった」
私は頭が混乱した。そんなひどい嘘をつく人間がいるの?
「で、バレたからもう別れましょうって」
「な、なんで、ナギサはそんなことをしたの?」
「振った後も俺のことが好きだったんだって。なのに俺が未央と付き合い始めたから、悔しくて妬ましかったって」
「そんな理由で……」
「未央、ごめん。本当にごめん。騙された俺が悪かったんだ。虫がいいとは思うけど、もう一度俺と付き合ってくれないか」
「……無理よ。もう遅いわ。慎司はナギサに対して優しく振る舞って、私を傷つけたのよ。せめて、理由を話しておいてくれたら良かったのに」
「病気のことは誰にも言って欲しくないって言われてたから……」
「つまり、慎司は私を信用してなかったってことよ。私に言ってくれてたら、あのクリスマスの時のナギサを見ておかしいって気付けたのに。もういまさらだけど」
「やっぱりダメか」
「うん。無理よ。慎司、次に付き合う人にはもっと向き合ってあげて。誰に対して誠実でいるべきかをよく考えて」
そして私達はそれ以来会うことはなかった。
私は、その後付き合った人には必ずこの話をしている。
優しい彼が、元カノの嘘に振り回されないよう願いを込めて。




