08「観察2日目2」鳥さん
転生者が回収作業を始めてから、そろそろ2時間になる。
氷柱のある場所から氷球のある場所へと何度も走って行ったため、地面が踏み固められて細い道が出来ていた。
回収を始めた頃から比べると転生者の移動速度は格段に早くなり、森の中をかなりの速度で走り回っている。
作業にも慣れたようで無駄に思える動作が減り、呪文を唱える以外ほぼ無言で作業をこなしている。その呪文も小声で唱えるため、周りの雑音に紛れてかなり聞き取りにくい。だが同じ動作と呪文の繰り返しであるし、これ以上映像から音を大きくしても雑音まで大きくなって余計聞き取りにくくなると思えたので、私は問題視せずそのままにした。
切り落とされた蔓や枝葉の残骸が地面のあちこちに散乱し、壁のようだった絡まりはかなり隙間ができていた。その先には、蔓の根元らしいものが姿を現しつつあった。
上空の枝葉にも隙間ができ、辺りは朝という明るさを取り戻しつつあった。
私は映像を注視するだけでなく、地図や数値の確認と検証も行っていた。
気候状況は平常通りで、陽が昇るにつれ気温が急速に上昇しているが問題は無い。
魔力数値は微量の増減を繰り返しており、大きな変化は無く安定している。
地図の可動生物の分布表示は相変わらず空白円の外周で点が増減しているが、内側への侵入は見られない。しかし表示の設定範囲は155cm以上なので、これよりも小さいものは内側へ侵入しているかもしれない。だが、それの確認も対応もできない状況なため、今は問題視しないと決定した。
歪みの状態はほんの僅かではあるが縮小傾向にあった。定着にはほど遠いが、増大するよりは良いだろう。
地図の分布表示を武具所持のみに変更するよう操作し、討伐隊の状況も確認した。村などから出立した様子はまったく無い。神託を下した街でも、まだ早朝という事もあってか特に目立った動きは無かった。
平面映像を注視すると、転生者は胸の前で両手の平を合わせ、目を閉じて立っていた。回収作業を始めてから時々このような状態に陥っている。そして3分ほど経つと目を開き、壷状のものはそのままに蔓だけを回収して立ち去るのだ。この行為に何の意図があるのか、転生者が呟かないので私は推察も推測もできずにいる。
転生者の発する私語が無くなると、私の得られる情報源はほぼ平面映像の状況のみ限定されてしまう。映像だけで全てを推測して把握するなど不可能だ。特に転生者に関する情報や元の世界の手掛かりは転生者の私語から得るしかない。あの転生者の間延びしたゆっくり口調は聞き取りやすかったという事に、今になって私は気付いた。もっと早く話せないのかと厭わしく思っていた私だったが、その考えをすぐに悔い改めた。
転生者の生存と定着はもちろん最優先事項だが、転生者は重要な情報源でもある。
もしもの場合に備えて、情報を少しでも多く集め精査しておくというこの心構えを忘れてはいけないと私は自身を律した。
内密案件の場合、元の世界の事情を探らせないよう移管対象の詳細を伏せるらしい。これほど怪しい内密案件なら、おそらく転生者についての情報開示ができないように元の世界で施されているはずだ。制約が解除されても転生者の情報は確認できない可能性が高いと私は推測している。
それにあのジュニアが転生者の情報の確認や設定変更を行っているはずが無い。それどころか他にも手抜きや誤魔化しがあるはずだ。本当に忌々しい。
私が沸き起こった腹立たしさを押さえながら平面映像を確認すると、転生者は氷柱のある場所に戻っていた。
回収した壷状のものと蔓を置き場に下ろして置いている。その近くから何かの鳴き声が響いた。
「ガアー、ガアー、ガアー!」
「敵対するなら容赦しませんよー。」
置き終えた転生者は後ろを振り向いて言った。
長方形の水溜めの枠の上に黒い生物が2体居た。その1体が翼を広げて鳴いていた。
身長は転生者より低いが翼を広げるとかなり大きい、鳥型生物だ。
「ガァー、ガァー!」
「敵対しないならー、飲んでいいわよー。」
転生者がそう言うと、黒い鳥は何度も首を傾げ、羽をたたんだ。そして黒い鳥達は転生者を見ながら、時々交互に水面を啄ばんだ。
転生者もその場から動かず黒い鳥達を見ていたが、おもむろに斜め上を見上げた。
黒い鳥達も急に慌てた様子で飛び去った。
転生者は飛んで行く黒い鳥達へと顔を向けたがすぐに元の方向に向き直し、両手を広げて左右それぞれ口の横に当てた。
「敵対するなら容赦しませーん。」
転生者がまた言った。先ほどより大声だ。
私は転生者が何を見ているのか確かめるべく、視点を変更するよう操作した。そして映像を注視すると突然暗くなり、木々が風に揺らされ音を立てた。
私は急いで地図を確認した。空白円の内部を移動する点がある。ちょうど空白円の中心付近を通過していた。
転生者は慌てる様子無く、暗く影を落とすモノを目で追いながらまた言った。
「敵対するなら容赦しませんよー。」
映像は明るさを取り戻したが、また暗くなり木々が大きく揺れてざわめいた。
地図の点は中心付近を通り過ぎると旋回し、また中心付近を通ってから外周の点に紛れ込んだ。
両手を下げて姿勢を戻した転生者が呟いた。
「この世界ってー、鳥さんも立派なのねー。」
転生者は黒い鳥が居なくなった長方形の水溜めに近付き、左手を伸ばし翳した。そして右手を氷柱に向けて伸ばした。
「溶けちゃったのでー、せーのっ、ウォーター《水》、アイス《氷》」
呪文が唱えられると長方形の水溜めから水が噴き上がり、氷柱へと降り注いだ。溶けて小さくなっていた氷柱に吸い寄せられるように水が集まっていき、氷柱が太く高く成っていった。
転生者は氷柱に向けていた右手を少し下げた。
「丸ーく、土は周りにー、せーのっ、ディーグ《掘る》、ハードゥ《硬い》」
呪文が唱えられると氷柱から1mほど離れた場所の地面が陥没し、丸い穴が現れた。そして、その周りを囲むように土が少し盛り上がった。
「えーと、入れる前にー、クリーア《奇麗》、クリーン《清潔》」
呪文が唱えられると空になっていた長方形の水溜めの中から風が舞い上がり、氷柱前の丸穴へと吸い込まれて消えた。
「新しいお水をー、ウォーター《水》」
また呪文が唱えられ、数秒して水が上空から降り注ぎ、長方形の水溜めは満杯になった。
「さてとー、おねえちゃん、がんばるわーっ。」
転生者は両手を上へと伸ばすと大声で呟き、姿勢を戻して走り出した。
小道を駆け抜け、氷球のある場所へと移動した。
氷球の前で立ち止まると魔法で水を降らせて凍らせ、溶けて小さくなっていた氷球を大きな卵状に作り変えた。
そして壁のようだったものに近付き、また壷状のものの回収作業を再開した。
私は飛行生物が飛来する可能性を見落としていたことに気付き、地図の範囲指定を変更するよう操作した。
表示されていた点がかなり減った。
空白円の外周の南方に数点存在していたが、内部には点は無かった。外周にある点もすぐに南方へ直線移動している。転生者のあの台詞の効果ではなく、単に木々が密集しているので離着陸しにくいからだろうと私は推測した。
東の村や街の周辺にも点は無かった。だが北や北西の街の周辺には点があちこちに存在し、密集している箇所もいくつかあった。密集箇所のものはほとんど移動しないので巣でもあるのだろうと私は推測した。
大きな飛行生物といえば私にはドラゴンくらいしか思いつかない。だがドラゴンではなく、別の飛行生物だろうと推定できた。ドラゴンが集団で暴れると歪みが発生する可能性があるので、監視まではしていないが生息場所は把握している。イビルの森にいない事は把握済みだ。ちなみにイビルフラワーについても歪みに関わる事例の一つとして認識している。
正直なところ、歪みに関連しない生態系には興味が無い。他の世界に悪影響を及ぼさないよう歪みを監視し、対策を含めた現状を記録に纏めて報告するのが私の業務である。
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語り手 私 この世界の一柱(観察記録実況中、歪みの報告纏めが業務)
壷状のもの ウツボカズラ型植物系生物(回収され中、根元が本体?)
転生者 連絡待ち、回収作業中(起床から2時間以上ほぼ休み無し)
黒い鳥型生物 身長155cm未満、ガアー、ガァー、羽を広げると大きい
巨大飛行物体 辺りを暗くするほどの影、確実に155cm以上(鳥さん?)
ドラゴン 語り手にとって巨大飛行物体といえば(どこかに居る?)
ウォーター《水》飛ばす、注ぐ、集めて落下、移し替えは思い通り
アイス 《氷》注いで固めれば増量自在、水は凍ると10%ほど体積増
ディーグ《掘る》地面を堀り堀り、堀り出た土は自動盛り、道具要らず
ハードゥ《硬い》硬く固めれば崩れない、手で押す程度ぜんぜん平気
クリーア《奇麗》磨きの風で、すっきりー、思い通り
クリーン《清潔》一掃の風で、さっぱりー、思い通り
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