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“2番”ともシューターとも呼ばれるシューティングガードの選手だった。ポジション柄、(スリー)ポイントシュートを狙って決めることが重要だったが、鷹宮は得点を入れるよりも1ON(オン)1でディフェンスを抜き去ることのほうが好きだった。少しでも長くボールに触れていたくて、個人プレーのきらいはあった。だが、すぐれたドリブルの技術を駆使して得点に結びつける鷹宮に不満をいだくメンバーはあまりいなかったように思う。いたかもしれない。しかし彼には関係のないことだった。不満なら、妬むなら、その選手の技術を磨くことに腐心すればいいのだ。そして幸か不幸か、鷹宮はあの世界から身を引いた。だれかが鷹宮()に悩まれることはもうないはずだ。

 写真に写った、はにかんだその男子高校生の初々しさ。その短髪の姿が、新島有紗に重なった。弟より幾分低い背丈は細身で、耳が出るほどの短い髪をしていた。二重瞼に色濃くにじむ疲労と、かさついた唇。全体的に暗い色調の服が、その女をよけいに脆くみせていた。

 鷹宮の記憶に、うっすらと新島泰暁が残っていた。地元の県立高校がバスケットボールのインターハイに出場し準優勝したのが10年前で、それは彼が警察学校に入学した年だったからだ。自分のものも含めて、大学生当時からバスケット選手に関する地方新聞の記事をとっていた。ただ、両親が亡くなりプロの道を断念してからは憶えがない。関連のニュースを目にするたび、苦く、忌々しいような思いだった。将来有望な選手というその位置が、近い未来に奇禍に遭おうとは想像すらしていなかった、純粋で世事に疎い自分自身をあらわしているようで、堪らなくなった。若木のような活力のある高校生選手の記事に、自分はなにを思ったのか。いま、このようなタイミングで彼に出会うとは。意志の強そうな眉と、はにかんだ笑顔が、どこかアンバランスに感じられた。新島有紗を抱きしめていた男――悲しみに暮れるでもなく――――。

 鷹宮のもとに新島有紗が訪れたのは、その翌日のことだった。

 




「……これで、いいです。相手のかたと、警察のかたのよいようにしてください」


 疲れきって投げやりに放たれた言葉は、鷹宮の苛立ちを助長した。せめて弁護士を連れてくるものと予想していたが、新島有紗はひとりで警察署を訪れた。耳が出るほどの短い髪と、伏し目がちな瞼、細い手首と、そして言ってはなんだがこのような状況にそぐわないラフな服装――というより、この間病院でみた同じ格好を彼女はしていた。濃緑のブルゾン、フードが付いた紺色のパーカーに深い青のジーパン、靴は黒のスニーカーを履いていた。


「失礼ですが、弟さんはお越しにならないんですか」


「おとうと…………?」


 新島有紗は一瞬、目の前の男はなにを聞いているのだろうという顔をした。怯え、懐疑、警戒といった感情が女の瞳に奔った。


「病院であなたがたの身元を訊いたのは私ですが、覚えていませんか」


 なんとも居心地が悪く、劣等感がこぼれ出たような質問だと思った。この卑屈な質問に、だが当の鷹宮がいちばん驚いていた。


「すみません、あの日はあまり記憶がなくて…………」


 新島有紗はゆるく目を閉じた。

 鷹宮は、さきほど新島有紗の瞳に奔った感情が、生身の彼女を発露させたものだと直感でとらえた。だが、その生身であると感じた彼女は、鷹宮の愚かな質問のために、憔悴した空気のなかに隠されてしまった。


「新島さん、お父さまを亡くされたことは本当にお気の毒です。ですが、お母さまもいらっしゃらないとなると、あなたと弟さんが当事者のようなものなんです。弟さんは今回のことををあなたに全部任されたということですか?」


 加害者の処分を決める必要のある聴取だとはいえ、鷹宮の発言が越権行為であるということは承知していた。だが事故当日、病院でみた姉弟の姿が異様に目に焼きついていた。生前の被害者の経歴を話し、加害者の証言にもとづいて作成した供述調書を確認する目の前の彼女の姿は、ここにいないその弟を如実に思い起こさせた。

 異様な熱が、目の底を炎で炙った。


「できれば裁判もしたくありません。弟もきっと……。でもそういうわけにはいかないじゃないですか。だから、サインします」


 新島有紗は、持ってきていたリュックサックから印鑑を取り出した。鷹宮は眉をひそめた。――――違和感。

 TPOにそぐわないといえばそうかもしれないが、どこか噛み合わない服装。彼女という人間を無理矢理型に嵌め込んだような。


「悲しくは――――、悔しくはないんですか、お父さんが亡くなったこと」


 ――――薄氷を踏む。踏んで、亀裂がたちまち広がっていくのを、鷹宮はなすすべもなく見つめている思いだった。

 新島有紗はゆっくりと鷹宮をみた。少し笑ったのだろうか。色濃くにじむ疲労。なにか、果てのないものを見透すような眼差しだった。


「わたしが失うものなんて、なにもありませんよ」





“あんたにやさしい雨が降りてくればいい――――――”





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