無邪気がもたらす
「うう、この季節は一段と寒い」
「最近とみに寒くなってきたね」
「一昨年より去年、去年より今年寒くなってる気がするよ」
関所内部の寝床付近では、ちょろちょろと鼠の母達が行き来する。
「ほれ、今日の釣果さ」
「こっちは外で取ってきたもんさ」
「こちら自家製の漬物だよ」
「こっちのも見とくれ。缶詰があったんだ」
物々交換でお互いの食べ物を分け合う。
「そう言えば最近お宅の子はどうですか」
「ほんとうに大変ですよ。イタズラばっかり上手になっちゃって…」
「この寒さの中で騒がしくって…元気なのはいいのだけど」
交換が終わった後は井戸端会議に移る。目下話題の種は子供達のことだ。
「グレープももうそろそろ大人しくなって欲しいのだけど…」
「そういえばそろそろ成人でしたっけねぇ」
「全く。子供はあっという間に大きくなるんですから」
そんな話し合いの場に乱入者が。
「あ、かぁちゃーん!!」
入り込んできたのは話の渦中にいた紫の毛並みの小鼠。
「グレープ! どうしたの!?」
「わり、こんな部品を見たことない!?」
グレープが紙をかざしてみせる。
「なに?またイタズラの準備?」
「ちがう!今度は慈善作業だ慈善!」
「疑わしいわね…」
「頼むよ、絶対後悔させないからさ」
しばらく怪しそうに見ていた母だが、息を一つ吐き子供に告げる。
「しょうがないわね…」
「やった!ありがとかぁちゃん!」
「なんだかんだ子供に甘いんだから…」
「あの人だって母ですもの」
母は指で大方の方角を指す。
「今はもう寒くて使われてない四階の東突き当たりの部屋に、それ見たいな形のなにかが取り付けられてたのを見たわ」
それを聞いたグレープは手を叩き喜び、大声で叫ぶ。
「よっしゃビンゴ!!おーいニンゲン!!!聞いたか!?こっちだ!!」
「な、何!?ニンゲン!!?」
母が慌てて子供に問う。
「おう!!ちょっと頼みごとしてんだ!」
「大丈夫なの!?ニンゲンなんて…」
「そうよ! 信用していいの!?」
「んー、いい奴だと思うんだけどな…」
「そんな曖昧なの…」
話ているうちに、廊下の向こうから走ってくる一団。
「おーい!グレープさーん!!」
「お、きたきた!」
やってきたのは他の小鼠達を連れたアンディ。
「!あれがニンゲン…」
「思っていたより小さいわね」
「あんなに毛が無くて、寒くないのかしら」
アンディがグレープの前に着く。
「それで、どこにあるって?」
「四階東の突き当たりだってよ!」
「よーし、みんな行くよー!!」
「「おおーっ!!」」
「あ、そうだ」
走り出そうとしたアンディが、一旦立ち止まり振り返る。そして母親達の方を見回して、
「皆様情報提供ありがとうございました!!」
「ありがとな!!」「かぁちゃん!もうちっとで寒くな…」「まだ秘密だ!」「楽しみにしててなー!」
ペコりと会釈し、走り抜けて行った。
裸足で駆け抜けていった子供の一団の後ろ、取り残された母親達はポカンとしていた。
「…悪い人では、なさそうかな」
ややあって、ポツリと呟く母親は少しホッとした顔をした。
「あった!!あれで間違いないよ!!!」
「よっしゃ!間違いねぇな!!?」
「多分!!」
「それじゃダメだろ!?」
雪に半ば埋まっていた何かのボンベのような部品を掘り起こす子供達。
「で、結局それでなにすんだ?」
グレープがアンディに聞いた。正直見当もつかないが、迷いなく必要な部品を選び出したアンディの手腕で少し気になった。
「んー、簡単に言うと加速かな」
アンディが端的に返す。
「それじゃわかんねぇよ。具体的に具体的に!」
「えっとね、今あの炉の調子が悪いのは燃料が足りないからなんだ」
雪が吹き込む関所の上階で、アンディが腰を据えて説明を始める。
「わかった!そのタンクに燃料が入ってんだな!」
別の鼠が得意げに声を張り上げる。
「うーん、半分正解!」
「半分?」
グレープが顎に手を当て疑問を口に出す。
「そういやこれだけだと軽すぎるし小さすぎる。燃料にするには量がなさすぎるな」
「そう。このタンクで燃料を補給するっていうのはあってるんだけど、この中燃料があるわけじゃないんだ」
「じゃあこん中にあるのはなんなんだよ」
疑問を提した子にアンディは得意げに告げる。
「この中にあるのはね…加速器だよ」
「へぇ…」
近くの物陰で様子を伺っていたのは、少女アイツー。
「ま、あの子が楽しんでるならいいかな」
アイツーは止めない。それがもたらす結果を知っていても。
「その尻拭いをしてあげるのも、大人の役目ってやつよ」
「火がついた!」
「やったー!直ったぁー!!!」
「バンザァーイ!!」「わぁ!」
アイツーが嘯く後ろでは、半ば沈黙していた黒い球体が再び息を吹き返していた。