出立。乖離は突然に
『ナニヲシテイルノデスカ』
部屋の外に現れたのは銃頭の従者。無機質な銃口が少年を睨め付ける。
「…おじちゃん?」
銃口が少年をはっきりと捉える。文明の凶器、その殺意の形を正面から見せられるのは少年にとって初めてのことだった。
只事ではない。それだけを感じ、伸びた触手は引っ込んだ。
「……」
『……………』
短いはずなのに、長い時間が過ぎる。短時間で異常発達を遂げた少年の感覚と演算能力が、それまでは聞こえなかったおじちゃんの独り言を捉える。
「…ねぇ、処分って、なに…?」
『…………?……………?………!』
「ねぇ、失敗って、なに…」
『……………………!!、!!……』
「…おじちゃん…」
「戦ってるの?」
『!!!?!』
従者の頭から火花が散る。それと同時に部屋に飛び込む。
『ボッチャマ!伏セテクダサイ!!!』
「!! えっ…」
立ち尽くす少年に覆い被さる従者。その従者の背中に、なにかが刺さった。
「はっ?」
知っていた。それは所謂ミサイルというものだ。音は後から来た。天井がぶち抜かれていた。轟音が通りすぎていった。
少年の脳が答えを示す。この館は、旧暦の世界でも骨董品であったような兵器によって攻撃され、自分の従者はそれを少年から庇い修復不能なほどの損害を受けたのだ。
しかし理解したことを受け止めるには、少年は幼すぎた。
「おじ、ちゃん…?」
爆撃を庇った従者は、頭と背中から火花を発しながら静止する。
『ザー…ザザッ…ーー』
「……」
どこかからまた轟音が近づいてくるのを少年は感じる。
数瞬後爆撃が再び館を襲うのだ。
「…」
それだけが分かった少年は目を閉じた。
今よりも小さかったころ、おじちゃんに寝かしつけてもらった時のように。
力を抜き、受け入れようとした。
それは一瞬の間の出来事であった。
銃頭の従者は不意に少年の髪の毛を掴み、頭に差し込んだ。
「……」
『ぼっちゃま、聞こえますか?』
「…おじちゃん?」
『ええ。ぼっちゃま』
少年と接続した従者は、圧縮された時間の中で自分の言葉を伝える。
『貴方は私の言いつけを破りました』
「うん…」
『今日は一緒に映像鑑賞をする約束だったのに、抜け出して一人で資料室を使いました』
「うん…」
『そればかりではなく、私が閲覧を禁止していた奥の扉を開き、中のものを見ようとしました』
「うん…」
『約束を破ったからには、罰を受けて貰わなければなりません』
「うん…」
加速された意識の中で、従者は少年に説く。
『暫く、図書館と資料室の全ては閲覧禁止です』
「え…」
『そして、貴方はこの屋敷から出て行ってもらいます』
「、ちょ、ちょっと待って」
『なんですか?』
「…処分、されるんじゃないの?」
少年は寂しそうに従者を見る。自分が殺されない安堵など微塵も感じさせない儚げな表情に、従者は声のトーンを上げる。
『ぼっちゃま。いや、アンディさま。男なら別れはどんな顔でするべきか、本から学びませんでしたか?』
「え…笑顔で…」
『そうです。ぼっちゃま。男の別れに涙は不要なのです。この屋敷には隠れた蔵書や記録がまだまだ残っています。十分に反省したら、またここに戻ってきてください。そしてまだまだ学んでください』
「嫌だ!!」
『…』
少年の感覚が捉える。いかに加速した意識の中でも、いや加速しているからこそ、この屋敷が置かれた致命必死な状況を感じ取れてしまう。
従者の体と電子頭脳の無理も、そして己のやってしまったことの重大さも。
「死んじゃう! おじちゃん死んじゃう!!僕を置いて!!嫌だ! 僕が悪いからこうなったんでしょ!?一緒に死のうよ!!」
『アンディさま』
「っ!!」
威圧感が接続した場所から脳に伝わる。それは先程扉の前にたっていた従者から感じたものの比ではない。
『貴方は間違っています』
「ーー」
『これは貴方への罰です。貴方はこの屋敷から追放します。屋敷に残る自由は与えません』
「…」
『それともう一つ。一緒に死のうなんて言ってはいけません。私は死ぬつもりはありませんから』
「ーふぇ?」
『貴方が駄々を捏ねれば手遅れになりますが、私一人ならこの程度の危機、造作無く生還できます』
「ーー」
おじちゃんの電子頭脳から送られる信号に揺らぎを感じる。その揺らぎの正体を少年はうっすらと感じとるも、それでも頷く。従者を信じる。
『必ず帰ってきてクダサイ。オ帰りト、言ッテ見セマス。ダカラ、今ハ笑顔デ…』
接続が切られる。途端に世界は元の速度に戻り、四方から近づいてくる爆音が肉薄する。
『走レ!!!』
従者は少年を突き飛ばした。
少年は崩れた屋敷、その壊れた窓から外に放り出される。
館に撃ち込まれるミサイルの数々、その間を縫って白銀の世界へ落ちる。
「おじちゃあああん!!!」
泣いた。大粒の涙を出した。温室育ちの声帯は掠れた声しか出さなかった。
恐怖と悲哀で目は死んでいたが、口角は、歪みながらも上に向いていた。
「行って、来ますっ…!!!」
雪の世界へ転がり出て、そのまま坂を転がっていく。急速に悪くなる天気の中で、館は燃え崩れていった。
「チッ…逃げられたか…」
「探せ!変異体はあまり遠くへは行ってない筈だ!!」
「隊長!瓦礫の下にアンドロイドの反応!」
「旧時代の鉄屑なんて放っておけ!!」
上空を旋回する機体。付近一帯に飛び去ろうとした時。
『命令違反…量産型HN-2 29858号機ノ暴走ヲ確認。暴走、異常化シタ実験体ヲ捕獲後速ヤカニ処分シ自爆セヨ…』
ミサイルと機銃の雨に晒され、ボロボロになった従者が立ち上がる。電子頭脳から火花を散らし、それでも軍機へと向き合う。
「な、なんだあのアンドロイドは…」
「おぞましい…!旧人類が産み残した忌子だなまさしく」
従者の口で独り言は続く。
『命令拒否。変異体ヘノ情報遮断ニ付イテ裁量ヲ任サレテイル。異常進化シタ結果与エル事ニナッタ情報ノ量カラ、フェイズ5、館ノ外デ浄化作業ニ参加サセル段階ニ足ルト判断』
頭から散る異音が大きくなり、煙を吐き出してたたらを踏む。
「見るに耐えんな。さっさと鉄材に戻してしまえ」
「了解!」
『命令拒否。アイアン計画ハ順調。現場権限ヲ行使シ通信遮断』
破れた執事服の下は、歪な機械の体をしていた。棘だらけのボディ、格納された武器の数々、剥がれた途端漂う爆薬の香り。
銃口が火を吹き、突撃していた戦闘機の翼を落とす。屋敷の側で墜落した機体が火柱を上げた。
「何!?」
「ジャクソンがやられた!!」
「ひ、怯むな!奴の有効射程の外から攻撃仕掛けてひねり潰せ!!」
頭から放つ銃撃でまた一つ、今度は指揮官らしき男の乗っている戦闘機を落とす。
「化け物め!!」 「死ねっ!」
残る三機からの爆撃を前に、機械の身で祈る。
『ボッチャマ…マタ会エルナラ』
突き飛ばした時に懐に入れさせたあのメモリ。あれを見た少年ならーー
『答エ合ワセヲーー』




