第1話 ジモン島奇譚 7
「何か変だと思わない?」
グラの疑問は、カイドーたちも感じていた。
地元では”剣の城”と呼んでいて、その外観からも要塞、もしくは城というイメージが強かったのだが、なんだかその作りがおかしいのだ。
城や要塞ならば、侵入者を排除するための、あるいは戦闘に必要な作りが欠けているのだ。カイドーたちがいる通路は4つ目の広間を通過したばかりなのだが、相変わらずの1本道である。通路を抜けると広間というパターンが繰り返されるにすぎない。
要塞や城であれば主要通路の他に、侵入者を挟撃するための隠し部屋や、連絡用の通路や伝声管などが存在しても不思議ではない。
戦うための広場に通じる通路としか言いようがないのだ。現に最初の広場では気が付かなかったが、よく見ると広場には観覧席があり、広場を抜けた通路の出口付近には、詰所・・・もしくは控室のようなものまである。
「いつからいる魔物なのか分からんが、酔狂で作ったとしか思えぬ。もしくはただ単に遺跡を利用して住み着いたのかもしれん。」
2つ目以降の広場から、魔物の襲撃も途絶えているので、カイドーたちの緊張も少しは緩くなっている。バトルロードと銘打っておきながら、襲撃があったのは1回目の広間だけであった。
「遺跡だとしたら、どれくらい前のものかな?」
「さあ、そこまではわしにも分からん。」
「それほど古くも感じないんだけど。」
「静かに!」
シュセが小声で皆を制した。
「奇襲って訳にはいきそうもないな。」
次の広間はあまりにも巨大だった。直径でいうと100mはあろうかとういう円形の広間である。両端の通路の出口は広がっていて、5m四方程度の小さな溜りになっている。壁には窪みがあり、座席まで作られていた。そして溜りと溜りを繋ぐ吊り橋があり、中央には直径10mほどの円形の闘技場が設置されている。ここで戦うとすれば、力業のガチンコ勝負しかできない。ここを回避して向こう側に渡ることは不可能である。なぜならその他は奈落。壁も磨かれた黒曜石、足場一つ無いのだ。ここだけは吹き抜けになっていて、空が見える。夕暮れが近いのだろう青い光線が、赤みを帯びてきていた。
中央の闘技場にはバスコがいた。
「遅かったじゃねえか、おめえら。」
胸元を血で真っ赤に染めたバスコが立ち上がった。足元には鎧を付けたオークが1匹横たわっていた。
「待ちきれねえから、喰っちまったじゃねえか。グフッ、本当はここで1対1で戦ってもらうつもりだったんだけどな。ペッ!」
血と一緒に吐き出した骨の欠片が、奈落の底に消えて行った。
「やっぱりこいつらは美味くねえ。」
バスコは不機嫌そうに言った。自らをギャルソンと自己紹介した時の、言葉の丁寧さはすでに失せていた。
「じゃあ、おめえが俺の相手をしてくれるって事か?」
マッシが吊り橋を渡りながら言った。
「待てよ。俺がおめえらをここで殺すことは禁じられてる。ここは不戦勝でおめえらの勝ちだ。」
グラは背後の通路を気にしている。バスコは囮かもしれないからだ。
マッシは慎重に近づいていく。バスコが飛び出して、吊り橋のロープを切れば、奈落に落ちてしまう。カイドーたちを無事に渡らせるためには、中央の闘技場に辿り着き、闘技場を確保しなければならない。
「まあ、ゆっくり渡ってきなよ。少しは腹も落ち着いたしな。この上はシュラミス様がお待ちになられている。お前たちはシュラミス様の食事になるんだ。今回は8人もいるから二人くらいはおこぼれに与れるだろう。楽しみだなあ。グフフフフ。出来れば女が喰いたいなあ。」
気味の悪い視線をグラに向けた。
「じゃあな。」と言って後ろを振り向き、歩き出したが、すぐに踵を返して振り向いた。
「そうそう、この吊り橋は、二人以上乗ると落ちるから。全員下に落ちられたら、大目玉を食らうトコだった。グフグフグフ。」
バスコは再び背を向けた。
「マッシ! 屈め!」
シュセが叫ぶと同時に屈んだマッシの頭上をボウガンの矢が駆け抜けていった!
「痛てえぇ!!」
シュセのボウガンの矢は、バスコの背中に突き立った。
「何しやがんだ、人間のクセに!」
バスコは少し戻りかけたが、シュラミスの言いつけを思い出したのか、背を向けて駆け出して行った。シュセは第2弾を装填していたが、吊り橋が思った以上に左右に揺れていて、狙いをつけられなかったようだ。バスコは出口の溜りの通路へと姿を消した。
いくつかのトラップのある通路を抜けた後、長い長い円形の通路へと出た。
緩やかなカーブを描いているこの通路は、磨かれた白い石で出来ていて、光を放っている。直径は5mほどもあろうか、天井も高く、今までの狭い通路が嘘のように広く感じられた。
「ここも何か仕掛けがあるんだろうなあ・・・。」
ドレイクがげんなりした調子で言う。
「きっと水攻めよね。」
壁から水が染み出していて、足元が濡れている。通路の先は明るいが、先が見えない。緩いカーブのせいもあろうが、出口まではかなりの距離があるのだろう。
「嬢ちゃん・・・。いや、サラはなんで姉さんを助けたいんだ。」
「誰だって、肉親が魔物に攫われたら助けたいって思うでしょ。」
「そりゃそうだが。ここはヤバすぎるぜ。それに・・・・」
『もう死んでいるかもしれないのに』と言いかけてドレイクは口を噤んだ。
「・・・・姉さんはきっと生きてる。」
「おいらもそう思うよ。」
前を行くホークが言った。
「どうしてだ? 連れ去られてから1週間もたってるんだぞ。」
「樹魔はオークなんかと違って、すぐに獲物を食ったりしないのさ。ゆっくりと精気を吸い取り、自分の養分に変える。それに毎日赤い月が出る訳じゃないだろうし、月が赤い晩に毎回攫いに来るわけでもないだろう。あまりやりすぎると、この小さい島では獲物が居なくなることをちゃんと知ってるんだ。おそらく年単位で獲物を捕らえて食う。まだ生きてる可能性は十分にあると思うけどな。」
「ありがとう。」
サラの目に涙が浮かんだが、彼女はそれを悟られないようにそっと拭いた。
「・・・・ホーク、おめえ、なんか隠してンだろ?」
ドレイクがいぶかしげにホークを見た。
「いや、何にも・・。」
ホークの額に汗が少しだけ浮かんだ。ドレイクに気取られぬよう、ターバンを直すふりをしてそっと拭いた。
「なんか、おかしいんだよな、ここはよう。」
ドレイクはあたりを見回しながら歩を進めていく。
「普通はよ。罠ってのは隠すもんだろ。『ここに罠がありますよっ!』てな場所にしか、今のところ罠は仕掛けられてねえし、ここも何かあるんだろうが、いまのとこ・・・」
丸い通路を500mくらい登って来たあたりだろうか、突然”ガコン”という大きな音がした。
足元を流れる水がさざ波を立て、通路全体が振動していた。通路の先が明滅し始め、振動とともに何かが転がってくる音がどんどんと大きくなっていった。
「ほんとかよ!」
「マジっ!」
ドレイクとサラは一目散に後ろに向かって駆け出した!
巨大な鉄球が、上下を点滅させながら転がってくるのが見えたからだ。
「氷手裏剣呪文。」
ホークの杖の先から氷の刃が数本飛んで行き、数メートル先に刺さる。
巨大な鉄球は、その刃をへし折って止まるかに見えたが、速度を落としただけで転がり続けていた。ただの時間稼ぎにしかならない。しかしホークにはそれで十分だった、ホークは氷結呪文を唱えた。
通路の中に冷気が張り詰め、鉄球は凍り付いてその動きをゆっくりと止めた。
鉄球の円周上には2mほどの抉られた穴があって、それがちょうど真横を向き、細い通路を形成していた。
「ここはタイミングが難しいんだよな。」
ホークの独り言は満足げである。後ろを振り向くと、サラとドレイクが一心に走っているのが見えた。
「おお~い。通れるよ~~!」
二人は立ち止まった。
「なんだよ、バカヤロー。」
「ほんとよね・・・。」
二人とも息が荒い。
「お~~~い。先に行くよ。」
ホークとユンは悠々とその穿かれた穴を通って鉄球の前に出た。
「疲れたあ、一歩も動きたくない。」
サラとドレイクは全力疾走していたのだ。100m以上走ったかな?
二人はそこに座り込んだ。
「あのさ~。」
「なんだ~!」
「氷はもう少しすると溶けるよ~。」
大声でホークが叫んだ。
「何ーーーっ!」
サラとドレイクは慌てて坂を駆けだした。
目の前に巨大な木が立っていた。
カイドーたちはそれを見ていた。
四角い大広間の正面に1本の巨大な木が立っている。枝は天井まで達し、大きく翼を広げているかのようであった。その枝にはいくつかの茄子のような白い房がぶら下がっている。
この広間には2階まであり、円形の柱が立ち並んでいて、観客席まで用意されていた。床は12の升目が施され、中には魔法陣の紋様が描かれている。シュラミスの鎮座する壁の反対側には、カイドーたちが入ってきた入口のほかに、もう一つ扉があった。トラップ通路の出口だろう。両方の扉の脇に剣を持ち、楯を構えた闘士の巨大な像がしつらえてある。扉と扉の壁には巨大な魔方陣のレリーフが施されていた。
「ようこそ。」
巨大な木の幹から上半身だけ突き出した美しい女がいた。
シュラミスである。この女は魔精の特化した部分的な形状化であり、本体は木そのものである。
「わらわの栄養になってくれるのはお前たちかえ?」
女は薄ら笑いをしていた。
笑っている口元からわずかに牙が見えている。
「豚はいねえようだな・・・。」
「どうする、カイドー。」
「無論、焼き払う。」
シュセの問いに、カイドーは眉一つ動かさない。
何をするべきか、各々の役割は言わなくても分かっていた。
「わしの極大呪文を使う。シュセ、マッシ。」
「時間稼ぎだろ。分かってるって。」
グラがシュセとマッシの肩に手を当て呪文を唱えた。一時的に運動能力を高める呪文である。
「魔法陣は踏んじゃだめよ。」
「承知!」
ポンとグラの手が二人の肩から離れた瞬間が戦闘の開始の合図となった。
二人が勢いよく飛び出す!
シュラミスの木から無数の枝が触手のように伸びて向かってきた!
同時にグラがカイドーの背後に回って光覇壁呪文を唱えると、ドーム型の光の壁が二人を覆った。木の触手は防御壁に侵入を阻まれ、カイドーたちに届かないが、執拗に攻撃を加えてきている。
「急いで、長くは持たない!」
グラの額に汗が浮いていた。
「分かっとる!・・・ズーローグ、ズーザード、ガルミィーゾングリーラ・・・・・・。」
カイドーの呪文の詠唱が始まった。
呪文には大別して三種類ある。
名称詠唱呪文、省略詠唱呪文、全詠唱呪文の三つである。
そもそも魔法は戦闘には向かない。いかに強力であろうとも、呪文の詠唱には時間がかかるからである。
かつて魔法は戦闘時における兵士の支援武器に過ぎなかった。戦っている兵士の後ろから、強力な魔法によって兵士たちを助ける補助的な役割だったのである。事実、カイドーたちの今までの戦いぶりを見ても、アタッカーはマッシであり、シュセとカイドーはマッシの援護に当たっている。
だが、およそ250年ほど前、魔法王と呼ばれたラグナロクが魔法使いの戦い方を一変させた。それば簡略化呪文と呼ばれる魔法を極端に簡略化した方式である。
そもそも魔法呪文とは、古代語でなされる語彙の集合体である。ピントのズレた写真を想像してほしい。名称詠唱とは大きくピントのズレた写真であり、魔法そのものの輪郭を写し出しているに過ぎない。省略詠唱とは重要なスペルを抜き出して組み上げる呪文であり、ぼやけた映像である。呪文による魔法の本当の姿は、完全詠唱でしか姿を見ることはできない。
つまり、スピードを優先すればするほど、その威力が落ちてゆくのである。
カイドーも通常の戦闘では省略詠唱呪文を使用する。ただの魔物戦闘員ならまだしも、強力な魔物相手に名称詠唱呪文では物足りないからだ。
カイドーが突き出した両手の先に真っ赤な炎の球が発現し、呪文の詠唱とともに成長していく。火球の熱でカイドーもグラも汗が浮かんできていた。呪文の最後のスペルの発声に合わせ、グラの光覇壁呪文が解かれた。
直径1mほどに成長したカイドーの火炎弾呪文はついに放たれた!
矢のようにシュラミスに飛んで行った火球は当たるかと思った直前、床から吹き上がって来た水の壁に弾かれ、四散した!
「何ぃ!」
目の前で起こった出来事に、4人は目を疑った。