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魔芒の月  作者: 弐兎月 冬夜
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魔滅の刃 ミナイの村編 其の弐拾壱 < 氷 炎 >

何かおかしい。

 エイミーはカイドーの攻撃を受けながら、漠然とそう感じていた。

 魔法使いごときの動きが、自分の動きを勝るとも思えぬが、それでもカイドーには致命傷どころかかすり傷さえおわせられない。

 身体強化の呪文でもかけているのだろうが、それが間断しない。

 おそらくは切れる寸前に新しい呪文を唱えている筈なのだ。でもそれが聞こえる事は無い。

  やがてエイミーは彼の両腕の防具の留め金の唇が微かに動いているのに気が付いた。

(ふ~ん。そういう仕組みなのね。)

 エイミーは追うのを止め、すっくと立ち止まった。

「どうした。追ってはこんのか?」

 唇に笑いを浮かべたカイドーの顔に疲れた様子は無かった。

「それが十秘宝のナントカってやつ?」

「ばれたか。」

カイドーは悪びれなかった。

「面白いけど、クズ道具ね。」

「こいつの真価は魔物には分からんよ。」

「私にはどんな呪文も攻撃も無駄なの。それが分からないおじいちゃんはお馬鹿さんなの?」

 エイミーはもはや少女の姿ではない。

牛ほどもある巨体が、猫のように素早く動く。炎も氷もすべてその体で受け止め、ダメージを与える事が出来ない。戦闘の魔物としては究極の生き物だと言えよう。

「随分、自分自身に自信があるようだな。わしらはそれを慢心と言う。」

「冗談。じゃあ、私を殺せるのかなあ。うふふふ。楽しみねえ・・。」

 言葉が終わらぬうちに、地面を強く蹴ったエイミーの体当たりを受けてカイドーが吹っ飛んだ。

「ぐぅ・・。」

「ほらね。呪文じゃ間に合わなかったでしょ。」

 起き上がろうと手を突くと、その手から煙が上がった。

エイミーの酸が既に地面に撒かれていたのだ。

「くっ!」

 カイドーは撥ね跳んで、エイミーと距離を置く。

 が! 既にエイミーはカイドーの背後に立っていた。

「無駄だよ。ジジイ。」

 そう言った瞬間に足元から火柱が上がる。

愚弄王リーの魔導書(アレイスター)が放った呪文だった。

 しかし、エイミーはその火柱の中からゆっくりと歩いて来る。

「この程度の火じゃ、私は殺せないのよ、おじいちゃん。」

 カイドーはボロボロになりながら、ゆっくりと立ち上がり、エイミーをギロリと睨んだ。

「いい。いいわぁ! その絶望を乗り越えようとする目。ソソられるわぁ。・・・でもね、私が好きなのは、その目が絶望に変わる瞬間なのよ。そして決まって命乞いするの。うふふ。楽しみ、楽しみィ!」

 カイドーはまた体当たりを喰らって地べたに転がった。

氷柱手裏剣呪文(トゥラーラ)!」

 幾十もの氷の刃が空中に浮かぶと一斉にエイミーに向かって飛ぶ!

しかしエイミーには無駄だった。全てが突き刺さったが、エイミーには蚊が刺したほどにしか感じられぬらしい。大きなあくびをすると、一瞬で愚弄王リーの魔導書(アレイスター)の留め具を鋭利な爪で弾き飛ばした。

「うざったいったらありゃしない。」

 地上に落ちた唇たちは、もうもうとした煙に包まれ溶かされかけていた。

 しかし、カイドーはニヤリと笑った。

「何か可笑しい?」

「ああ、可笑しいとも。お前は結局、驕りで自滅するのじゃ。」

 そう言った途端、エイミーに突き刺さっていた氷柱から白い靄が立ち込め、エイミーの体全体を包む。

「な、なによ、これ!」

エイミーが気づいた時は既に遅かった。

 体が冷気に包まれ。急速に氷漬けになって行ったのだ。

霊紋凍閂獄呪文(ドルド・フロースト)と言う変わった呪文での。時間がかかるのが難点じゃが、これに囚われたら二度とは抜け出せぬわ。」

「キィ・・キィィイイ!!・・・・・」

 エイミーは氷に包まれた彫像のように憤怒の表情を残して凍り付いてしまった。


「やったぜ、カイドー!! 光覇防御壁呪文(ミュランベル)を解いてくれ!」

マッシは子供の用にはしゃいでいた。

「お前の主は凍り付いたようだな。」

 エストロの言葉にニコは「ククク」と笑った。

「エイミー様がこのくらいで動けなくなったと・・でも?」

 エストロは剣をニコに向けたまま、エイミーを見た。


  その時、

エイミーの瞳がギロリとカイドーに向いた。

 そして額の辺りからポロポロこ氷の欠片が崩れ落ちた。

「な、何じゃと!」

 驚くカイドーに、半面が自由になったエイミーがニコリと笑った。

「だーからクズだと言ったのよぉ。」

 カイドーがガクリと膝をついた。

 追い打ちをかけるようにエイミーの高笑いが闘技場に響き渡った。

「なぜじゃ・・なぜおまえはこれほど人間を憎む。」

「お前たちは私のママを殺したじゃない。命乞いするママを、嬲って嬲って殺して、見せしめに死体まで吊り下げたのよ。憎むなって言う方がおかしいわ。だから私も人間を殺して殺して殺して殺してやるの。分かった?」

 カイドーはがっくりと項垂れた。

 そして体が揺れるほど震えていた。


「カイドー! 光覇防御壁呪文(ミュランベル)を解け!」

 剣で光覇防御壁呪文(ミュランベル)を叩き壊そうとするマッシの裾をローツが思いきり引っ張った。

 マッシはドスンと尻餅をつく。

「何しやがんだ、てめえ!!」

「もう終わりだ。」

 座り込んでるローツがボソリと呟いた。

「だからって・・・!」

「笑ってる。」

「なに?」

 ローツはじっとカイドーの方を見つめていた。

 マッシが振り返ってみると、フードの隙間からカイドーの白い髭・・そして光る歯が零れているのが見えた。


「違うな。」

 エイミーの目がスゥーっと細くなった。

「お前はただ殺戮が好きなだけだ。母親の事は言い訳にすぎん。自分の殺人を正当化するための手段でしかないのじゃ。」

「・・・だから、なに? おじいちゃん。これからゆっくりコロシテあげるから、悲鳴を上げる準備でもしてなさいよぉ。」

 動き出したエイミーの額が何かに阻まれた。

「え?」

 カイドーがエイミーの頭上を見て笑っていた。

「あれは!!」

 仄かに赤く輝く魔法陣がエイミーの頭上にあった。そして、足元にも。

 その魔法陣同士を繋ぐ見えない円柱(パイプ)の中にエイミーはいた。

 エイミーの形相が変わり、必死で液化し氷から抜け出そうとするが、体の大部分は冷やされて高粘度になり、自由が利かない。

 ゆっくりと顔を上げたカイドーの顔はなぜか寂しそうな顔をしていた。


「お主は最初にルシター(イーフリート)を倒したじゃろ。ルシターが使った灼炎牢獄地獄呪文(プリズ=フレオン)を恐れたんじゃな。」

「クソジジイイ!!!」

「知恵のある魔物と戦うのは骨が折れるわい。」

 カイドーは袖を捲って腕を見せた。

愚弄王リーの魔導書(アレイスター)の留め具は無くなっているのに、七色の組紐はそのまましっかりとカイドーの腕に巻き付いていた。しかも、それは小刻みに動き色の配色を目まぐるしく変えている。

「”色彩呪文法”と言ってな。色の組み合わせで呪文を唱える事も出来るんじゃよ。お主が飛ばした唇以外にも呪文を唱える術はあるのじゃ。」

 カイドーの言葉が終わらぬうちに、組紐の動きが止まった。

「おーのれぇ・・・・」

 魔法陣が赤色を放ち一気に両側から青白い閃光の炎が噴き出すと、エイミーは絶叫を上げた。


(エ・・イミ・・・)

 ゲラの瞳から大粒の涙が零れ落ち、ゲラの瞳は静かに閉じられた。

そして、ニコはエストロの申し出を受けて繭化され、愚者の小箱(フールボックス)に納められたのである。


「まったく、冷や冷やしたぜ。」

解かれた光覇防御壁呪文(ミュランベル)から出て来たマッシがカイドーに走り寄った。

「エストロとコバチは?」

「あっちだ。」

 ローツが面白くなさそうに指さした。

二人はヴィオロとヴィオーラに乗り、フースマの背に向かっていた。

「わしも行こう。」

カイドーは飛行呪文を唱え、飛び立っていった。

「まったく。わしらの出番を全部潰しやがって。」

「けどよ。またいつものカイドーに戻ったみてえだな。」

 マッシはローツをみてニコリとほほ笑んだ。


「ベニーはどうじゃ?」

「毒にやられてるようだが、幸い”対毒呪印”が効いているお陰でまだ死んでない。」

「けれど、このままでは死んでしまう。急いでポッター先生に診せないと。」

 コバチはポッターを先生と呼んでいた。

「ご苦労じゃが、コバチよ。ベニーを連れて外に出てくれんか。」

「承知した。」

 コバチは自分の愚者の小箱(フールボックス)から簡易瞬間魔法陣(インスタントゲート)を取り出すと、ベニーと共にその中に消えた。

「さて、降りるとするか。」


 フースマの背中から降りた二人は、マッシたちの方へと歩き出した。

ウシヲたちを追って行った魔物を殲滅する仕事がまだ残っていた。

「ようやく俺たちの出番だな。」

「ジジイお前らは座って見てろ。」

 その二人が出口に向かおうとすると異変が起きた。

四人の耳に、何かの歌声が届いた瞬間、四人は強烈な苦しみに襲われたのだった。

(なんだ! 何が起きた!!」

 四人は地面に倒れ、苦しみもだえながら歌声のする方向を見た。


 そこには王家のテラスで歌う歌姫(ビショウ)が歌っているのが見えたのだった。

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