魔滅の刃 ミナイの村編 其の弐拾 < 武 術 >
「オラオラ悪羅悪羅っ!」
ゲラのラッシュは息もつかせぬほどに素早く、予断を許さない。
鋏での攻撃は単調な突きだけになりがちだが、時には2枚に分かれ、攻撃に変化を付けている。
複雑で変化にとんだ攻撃に、コバチは防戦一方。身軽なステップと、ヒジャクの助けも借りてゲラの猛攻を躱していた。それでも躱しきれない攻撃で、コバチの体は血まみれになっている。何とか急所を外す事が精一杯の様子だ。
一方のゲラは息もつかせぬ攻撃の嵐を繰り出しながら、疲弊した様子はない。たまに来るコバチからの反撃もうまくいなし、かすり傷さえなかった。
それにしてもゲラのスタミナは驚異的だった。
やや息は荒くなりつつあるものの、単純な攻撃から時にはトリッキーな攻撃を織り交ぜ、多彩な動きをしている。普通の人間相手ならば、すで勝負はついていたはずだ。
コバチは体勢を立て直そうと思いきり遠くへも跳ぶ。しかし、ゲラの動きは素早く、それについて来のだ。
「ほらほらほらほらあ! いい加減に死ねえ、クソ女ぁ!!」
コバチのサイとゲラの鋏がぶつかり合って火花が散る。
キリリリィと金属同士がぶつかり合う音。
力比べになった所で、ヒジャクの動きに気づいたゲラが後方へ大きく跳んだ。
「ふん! クソ女。いい加減に死ねよ。」
呆れた様子でゲラが動きを止めた。
小休止のつもりだろうか・・それでもゲラの息は上がっていない。
コバチはというと、深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
頭に受けた傷から出た血が頬を伝って足元に落ちた。
それでもコバチ口元は笑っていた。
「どういうつもりだ。気に入らねえな。泣けよ! 泣いて命乞いしなっ!」
コバチがふっと笑う。
「まるで雑魚の口ぶりだな。」
「なんだと!」
「笑わなくなったね。」
「な・・!」
「焦ってるんだろう。」
「違う! 次は仕留めてやるヒャハ・・」
「まっすぐ飛び込んで突く。」
ゲラの笑いをコバチの言葉が止めた。
ゲラはごくりと唾を飲む。
「もうお前の攻撃を受ける事は無い。」
そう言うと、コバチは2本のサイを腰の鞘へと納め、棒立ちとなった。
「舐めてんのか、クソ女。じゃあ、今度はお前がかかってこい。」
「私の武術に”先”は無い。」
鋭い視線に、ゲラは気圧されていた。
コバチは母に武術を学んだ。
いつもは穏やかでやさしい母が、武術の教練の時だけは鬼に変わった。少しでも甘えるそぶりを見せると、容赦ない叱咤と平手打ちが来る。幼い時は恨みもした。
「いい。武術に”先”は無いのよ。武術とは身を守るためにあるの。他者を殺すためにあるのではないわ。」
それがトキワの口癖でもあった。
跡取りとして生まれたヒジャクが、若くして亡くなった後は、更に厳しくなった。
耐えかねたコバチが泣きながらトキワを責めた時、トキワは静かにこう言った。
「コバチ。お前にヒジャクの代わりに家を守れとは言っている訳ではないの。お前は人を守るために強くなりなさい。何より自分自身を守るために。」
そういうトキワの目は何とも言えない光が宿っていた。
「さあ・・。いつでもいいよ。」
(舐めてるのか・・・それともハッタリか・・)
ゲラはどちらとも判断がつかなかった。
今までどれだけ攻撃をしても、致命傷には至らなかった。けれど、自分のラッシュは相手を圧倒していて、コバチがそれに対処できるとは思えなかった。
それでも・・とゲラは考える。
踏み込む瞬間、自分の行動をズバリ言い当てたのはいったい何だったのかと。
ゲラは少しばかり用心深くなった。
(これもクソ女の策略か?)
ゆっくりと間合いを取りながら、コバチの左側面へと回る。コバチは体の向きを変えず、首だけをゲラに向けていた。
「きえええええぇぇぇ!」
ゲラの突然の奇声にコバチの肩がピクリと動いた。
(ケッ! やっぱりハッタリだ!)
数舜、ゲラは3歩のステップで、一気に飛び込んだ! 狙うはコバチの首!
(突き刺して! 切り落とすゥ!!)
切っ先が首に当たろうとした瞬間、ゲラはありえないものを見た。
人間の体が捻じれたように鋏を躱すと、クルクルと捻じれながら低く低くなって行く。足の裏が地面にくっついているかのように、重力を無視した姿勢のまま、ゲラの股を潜って背後に移動した。
と ん !
と・・
腰に何か柔らかい物が当たった感じがした。
と、同時に奇妙な音がした。
バキッ! ボリッ! ゴリッ!
そのものすごい音と強烈な痛みがゲラの腰を襲った。
「ぐぎゃあああぁああ!!!」
ゲラは痛みに耐えきれず絶叫を上げる。
その奇妙な音は、ゲラの腰椎が砕けた音だった。
ゲラは惰性で2~3歩歩いたが、足に力が入らず、崩れるように倒れ伏した。
そして痛みもだが、体中が熱く、呼吸が苦しい。心臓が早鐘のように鼓動するが息が出来なくなっていた。
「どうやら、あのスライム狼とは違うようだな。」
ゲラは悪態を突こうとしたが、呼吸も出来なければ激痛で叫ぶことも出来なかった。
「これがお前の業だ。お前の殺した人間たちにもお前のように母がいて、子供がいたかもしれない。その人たちの苦しみを少しは味わって死ぬがいい。」
コバチはそう言うとプイと横を向いた。
その先にはエイミーとカイドーの死闘が繰り広げられている。
コバチは表情を変えずに、下唇を軽く噛んだ。
コバチの技は魔勁という。
コバチの掌底から送られた魔力が、ゲラの魔力の流れを狂わせ、身体の制御を不能にしたのだ。体を動かすことはおろか、呼吸さえもままならなくなっていた。魔物とは言え、脊椎動物と体の作りは同じである。腰椎を砕かれては歩くことすらできないし、横隔膜が動きを止め、呼吸さえできなくなっている。こうなれば肺呼吸をする生物は死ぬしかない。
ゲラは苦しみと痛みにもだえ苦しみながら、うっすらと母の面影を見た。
その母は寂しそうにゲラを見ていた。
ゲラの瞳から流れる大粒の涙は、苦しみの為なのか、それとも・・・。




