魔滅の刃 ミナイの村編 其の壱拾七 <思惑>
「光覇壁呪文!」
「なっ?」
「ああん!!」
カイドーの光覇壁呪文はマッシとローツを包んだ。
ドーム型の光の壁があらゆる攻撃を防ぐ。
「どういうつもりだ。カイドー!!」
振り返ってカイドーを見た二人の目に映ったのは、今まで見たことも無いような目をした悪魔だった。頬が少しだけ上気して赤みを帯びているが、眼は氷のように冷たく、左右の口角がわずかに上がっていた。
「どういうつもりなの? おじいちゃん?」
小首を可愛らしく傾げて、エイミーは微笑んだ。
「お前に、物理攻撃は効くようで効かぬ。じゃろ?」
「でも足止めくらいは出来るんじゃない?」
「わしが直々にお前を葬ってやるわい。」
「やめろ! ジジイ!!」
「死ぬぞ、カイドー!!」
光の壁の中から二人が必死で喚くが、カイドーは一向に意を解さぬ様子だった。
「ふーん。なら、サービスしちゃうかな。」
エイミーはそう言うと、全身に緊張を漲らせた。
「くぅひゅうるるぅぅ・・・」
激しいオーラがエイミーの全身から放たれ酸の蒸気が立ち込めた。
そしてその蒸気の中から姿を現したのは巨大な白銀の狼の姿だった。
「フェンリル・・か?」
「うふふ。こうなったら手加減できないわよ。」
言ったそばからエイミーが姿を消した。
恐ろしい程の衝撃がカイドーを襲った。
カイドーは弾かれ、後ろに大きく吹き飛ばされた。
否! 大きく跳んだ。
「危ない、危ない。呪文が間に合ったわい。」
(いつ呪文を・・・。)
エイミーはふと思ったが、体の動きの方が早かった。大きく後ろに飛んだカイドーとの間を一瞬で詰めると、前脚で大きく薙ぎ払う。
カイドーはその攻撃をスルリと躱し、滑るように脇へと回ると、エイミーを誘うように駆け出した。
(なんで? 年寄りのクセに・・・)
エイミーもそれを追う。 速さでは彼女に分がある。
あっという間にカイドーに追いつき、正面に立ちふさがった。
「死んじゃうわよ。オジジ。うふふふふ。」
「まだまだ大丈夫じゃわい。 火炎弾呪文!」
エイミーに向かっていくつもの火炎弾が放たれるが、エイミーは驚異の素早さでそれを躱す。
「これはどうじゃ! 氷手裏剣呪文!」
氷の刃がエイミーに放たれるが、エイミーはこれには無頓着に受けている。刃の命中したところは一瞬血が出るが、あっという間に突き抜けるか、彼女の体内で消滅する。
「ダメよ。ダメダメェ~ あーはははは!!!」
**********
エストロはカイドーから離れていく。
多分相手もそうする筈。
透明の状態とは言え、エイミーの攻撃の巻き添えを食わないようにそうする筈だと思ったのだ。
ニコは案の定、地上に降りない。低く旋回しつつ、時々は姿を現す。そしてすぐに消える。
(虫と人間のキマイラ・・いや虫人間か・・)
数舜だけ姿を見せるニコの姿は、トンボのような姿形をしている。ただし、6本ある脚の4本は人間の腕で、後の2本は人間の足だ。大きな複眼が顔の大半を占めているが、口は人間のモノである。鼻は無いが、それは触角が補っていると見える。背中の羽は4枚あり、透明に近いが銀色。尾の代わりに腹が尻尾のように細長く長い。トンボと人間の合成のような姿だ。
エストロに透明になったニコの姿は見えない。ただ背景が歪んで映るだけである。それでも、完全にニコの姿をとらえる事は出来ず、何度かニコの攻撃を喰らって体中に切り傷が出来ていた。
エストロは時折姿を見せるニコの軌道を読んで、ウルミーを繰り出すが、全てが空振りである。
両手のウルミーを細長くし、それを鞭のように繰り出す。しかし、それも外れ左の肩当てにニコの鋭い羽根の刃がキュルルルと音を立てて掠めて行った。
(なるほどな。そういう事か・・・)
透明な時はおそらくニコも目が見えない。姿を見せてはあたりを確認し、触角で大体の位置を把握して攻撃してくると踏んだ。
なぜなら、透明人間は盲目だからだ。
目の仕組みは網膜に当たった光を受けて認識する。その目さえも透明ならば光は素通りしてしまうので目で物体を見る事は出来ないからだ。
しかも致命傷を与えないように気を付けている。エイミーの言った事はきっと命令なのだろう。エストロを殺さないように注意を払っている。
もしその命令が無ければ、エストロとカイドーは最初の不意打ちで命を落としていただろう。
(羽が刃物のように出来ているらしいが、随分と面倒な事をしているな・・)
エストロはスカウタのツルをサッとなでる。
思った通り、目には映らなくともニコが視界に入るとスカウタが作動してニコの輪郭とステータスを表示する。
エストロは左手のウルミーを防御の為に短剣にし、右手のウルミーを極限まで伸ばしてニコの軌道上に乱撃を繰り出した。
しかし、それも空を切るだけに留まる。
「くくく・・」
ニコのひそみ笑いがかすかに聞こえる。
「ふん。私を舐めるのも大概にしろよ。お前は捉えて従魔にしてやるからな。」
「くくく・・やれる物ならやってみな・・・。」
ニコはついに堂々とエストロの前に姿を現した。
「後悔させてやろう。」
エストロは自信に満ちた目でニコを睨んだ。
**********
「ムカデを何とかしろ!」
ベニーを攻めあぐねていたワールゥは配下のハーピーたちに叫んだ。
数では優位のはずだが、フースマの背を自在に走り回るベニーをとらえきれずにいる。しかもエストロの使い魔たちもベニーを援護する形でハーピーを攻撃してくる。さしものワールゥの軍団もその勢いに翻弄される形になっていた。
「真空斬呪文!」
ベニーの呪文の乱撃で数羽のハーピーの羽が切られ、地上に落下した。空中戦を得意とする魔物は、飛べなくなれば機動力を失う。
ベニーは致命傷を与えられずとも、ハーピーどもを空から排除できればそれでいいのだ。
間違いなく親玉のワールゥさえ倒せば、他のハーピーたちは雲散霧消する。
とはいえ、形勢が逆転したかと言えばそうではない。
ヴィオロとヴィオーラはドラゴンとは言え、戦闘向きではない。襲い来るハーピーの群れを回避しながらチャンスを選んで火球で攻撃する程度。ティンパニーニとカッシシも無敵のように思えるが、決定的な欠陥がある。
確かに速度は音速を越える。
現存する武器でその速度に達するのは達人の鞭の先端だけだ。およそ人間の反射神経では回避するのは不可能。しかも光牙龍の硬度は魔鋼鉄に匹敵する。回避不能の生きたナイフが襲って来るような物だ。
しかし、残念ながらそのあまりの速さに追尾する事は不可能だなのだった。静止した瞬間に目標を定め、そこから攻撃目標に向かって放たれれば回避不能なのだが、動き回っている物を仕留めるにはその速さが邪魔をした。ワールゥはその事を熟知していて、蝙蝠のような能力を持つワールゥは随時2匹の光牙龍を補足していて、静止するとすぐに動いて位置を変える。かと言ってベニーの動きもおざなりにしてはいない。
「ムカデだ! ムカデを落とせ!!」
ワールゥは部下に再三指示を出すが、フースマの体は異常なほど硬く、ハーピーの攻撃では傷もつかなかった。
(ありがとうよ。ウシヲ!)
攻撃目標を自分に向ける為、そして出来るだけ全員の脅威を取り除くために、ベニーはワールゥを無視した。フースマを守る態をしてフースマに襲い掛かって来るハーピーを撃退していく。
徐々にではあるが、ハーピーたちはその数を減らして行った。
**********
「おーら! オラオラオララァ!! ヒャーハハハハ!!」
派手に叫びながら攻撃してくるゲラとは対照的に、無言のまま幾重もの攻撃を躱し、サイではじき返すコバチはあくまで冷静に見えた。
「オラオラオラァ! いつまでたっても攻撃してこないんじゃ、飽きちゃうじゃない! がんばれーっ、クソ女。」
コバチは闘技場の壁面にまで追い詰められていた。
「ほらほらほらほらあ。逃げ場はないよお。きゃはははは!!」
それでもゲラは攻撃の手を緩めず、巨大な鋏を突いてくる。
ガツン!!
ゲラの鋏が壁に突き刺さる。
見ると、背中のヒジャクの足が蜘蛛のように動いて、壁面を垂直に登って行くではないか。
刺したと思ったゲラの一瞬のスキをついて、コバチが頭上からサイをゲラに突き立てようとした刹那、ゲラの鋏は二つに分かれ、片刃剣となってサイを弾く。
空中で1回転してゲラの背後に立ったコバチは、急に走り出した。エストロとも、カイドーとも距離を置く方向に。
「ふふ~ん。逃げるつもりか、クソ女。」
だが、ゲラには分かっていない。
エストロもコバチも、マッシとローツにカイドーが光覇壁呪文をかけた瞬間、カイドーの思惑を察した。
カイドーは何かやるつもりなのだと。
おそらくは強大な呪文を放つのだろう。
二人に光覇壁呪文をかけたのは、エイミーの攻撃から守る為でなく、自分の攻撃から守る為だろうと。
だから離れた。
自分たちが、カイドーの邪魔になりかねないからだ。
それに。
エストロとコバチにとってもお互いに連携を取るつもりも無く、お互いが邪魔だったからだ。
二人から距離を取ってコバチは止まった。
ゲラも止まって二つの刃をカチンカチンと打ち鳴らす。
「どうしたのぉ~。鬼ごっこはもう終わりぃ~? きゃははは!!!」
ゲラは狂ったように笑いだす。
「なぜ・・。お前は人を殺す。」
「楽しいからさ。ママの仇なんだ、お前ら人間はァ!」
ゲラが吐き捨てるように言った。
「優しいママを返せ! クソ女! そしたら命は助けてやる。」
「私も・・・父をお前たちに殺された。そして化け物にされた。」
「うるさい! 人間はいいんだ! 人間なんて皆死んでしまえばいいんだ!!
ママは・・ママはお前ら人間に嬲り殺しにされたんだぞ! しかも死体を吊るされ、見せしめにされた! あの時の悔しさは忘れない。人間を・・・人間を全部殺してやるんだ!」
ゲラの目にうっすらと涙が溜まっていた。
コバチは少しだけ沈思した。
「・・・いいだろう。お前の業は私が断ち切ろう。」
コバチは少し腰を落とし、サイを逆手に構えた。




