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魔芒の月  作者: 弐兎月 冬夜
54/63

魔滅の刃 ミナイの村編 其の壱拾五 <父を殺す>

 一番覚えている父の姿は後ろ姿である。

窓の陽光で逆光になった父の背中は、タガネを叩く音と共に小刻みに揺れていた。


 どれだけ長い時間、父の背中を見続けただろう。

 

 最初は「あっちに行ってなさい。」と煙たがられたものの、やがて父は諦め「見ているなら、大人しくしてなさい。」と言うだけになった。


 父は魔道具も作れたが、コバチの知る限り父が魔道具の剣や防具を作っている所を見たことが無かった。村の鍛冶屋の腕利きたちは、切れる剣や丈夫な防具を作る事に(いそ)しんでいて、強力な武具の注文が減っていることをいつも嘆いていた。

 それはそうだ。

小さな小競り合いや、冒険者たちがいても、大きな争いが無くなった今の世界には、強力な防具や剣などあまり必要ではなくなっていたからである。


 父は()()()()の剣を作る。

 実戦で使用するは武器ではなく、観賞用として武器や防具を装飾し、王侯貴族に高値で売る為である。ミナイ家の為だけではない。ミナイ家が没落すれば、ミナイの村も終わる。ギルドのスポンサーとしてもギリアンの魔窟を維持管理する事もタダでは出来ぬからだ。

 その為には金が要った。

 ミナイの村は国に税を払う必要はない。しかし、国に税を払わない代わりに、国からの支援も一切ない。ミナイ領とでも言うべきか、ミナイの村はの小さな独立国家のようなものだ。一応、ミナイの村にも税の仕組みはあるものの、その税収は豊かではないからミナイ家がスポンサーとしてミナイの村を支えて行かねばならない。


 コバチは(ザルツ)が若い時には、職人仲間から天才と呼ばれたほどの腕利きだったと聞いた。

装飾品としてなまくらの武具を作る事は意に染まぬ仕事だったろうに、いつも愚痴一つ言わずにコツコツと装飾品を作り上げていた。

 それがコバチには歯痒かった。

「どうして凄い武器をつくらないのか?」と尋ねると、父ははにかんだ笑いをコバチに向け、頭を撫でると決まってこう言った。

「父さんはこの仕事に誇りを持っている。それを悪く言わないでくれ。」

 そして寂しそうに眼を伏せるのである。


 その(ザルツ)の顔が、恐ろしい形相で襲って来たのである。

「コバチ!!」

 コバチは(ザルツ)のろくろ首の攻撃を器用に躱し、連続してくる他の首をサイで突き刺した。キメラに生えている首は単なる首ではなく、攻撃用の触手のような物らしい。その攻撃は頭突きか噛みつくかだが、コバチには父親の首だけは攻撃できずにいるらしい。危険でも攻撃を避けるだけにとどまっていた。

(やはり、父親の首を攻める事が出来ないでいる。)

 手助けは無用と言われたが、このままではキメラに後れを取ることは必至だった。


「エストロ! こっちを手伝え!」

 マッシが叫んだ。

既にともに戦っていた二人の冒険者は戦闘不能、無数の首に責め立てられているマッシは防戦一夫の状態で追い詰められていた。

 しかもキメラの血と脂でブレードソードが使い物にならなくなってきている。ミナイの業物とは言え、それにも限界があるのだ。

 エストロはチラリとルシターの方を見る。

このキメラには炎にも耐性があるのか、イーフリートのルシターも少々手こずっているように見えた。しかし、ルシターは無表情でキメラの相手をしている。これなら任せても問題は無さそうだった。

 コバチも危ういが、今はマッシの方を優先しなければならない。

エストロはマッシに襲い掛かる首を、鞭のようなウルミーの一振りで寸断する。


 近寄ったエストロにマッシが呆れたような声を上げた。

「さすがオーダーメイド・・・。」

 エストロのウルミーには強靭でしなやか、そして伸縮自在と言った特徴の他に自浄・再生効果も持っているから、いくら相手を斬っても新品のままである。

「こっちを先に片付けるぞ、マッシ。」

「おう!」

 とは言ったものの、マッシのブレードソードはすでに()()()()である。

「出し惜しみしてる場合ではないな・・解呪(ウインダム)!」

「でーーっ。戦闘の真っ最中!!」

 ピノアの最初の嘆きである。

「ピノア頼む!」

 マッシはブレードソードをピノアに向ける。

「危ないじゃないのよ!」

 グズグズ言いながらもピノアはマッシの剣を両手で挟む。瞬間、高圧の水流が迸り、マッシの剣の汚れは洗い落とされた。幾たびかの戦闘でやって来た慣れた仕事だ。

「ありがとヨ!!」

 刃こぼれまでは治せないものの、再び輝きを取り戻したマッシの剣は、向かって来たキメラの首を真っ二つにした。

(それにしても、こいつ・・・)

 エストロもマッシも同じことを考えていた。

 キメラの触手の首を打倒してはいるものの、キメラにダメージを与えた感覚がない。首の攻撃は頭突きか噛みつくか巻き付くかの物理攻撃のみだが、キメラの体からは次々に新しい首が生え、それが絶え間なく襲って来る。このままではこちらが根負けする。

(やはり本体を倒さねばならない!)

 二人はアイコンタクトでマッシを近づけ、エストロがマッシをサポートする形をとったが、無限ともいえる再生される首の攻撃になかなか近づくことが出来なかった。

「遅くなっちまったなァ!!」

 そこへロームが突然飛び込んできた!

「ありがてぇ! 行くぜ、ローム!!」

「あたりきシャリキの車引きヨッ!!」

 二人はキメラに向かって一直線 に進む。

 二人がさばききれない首は、後方からエストロが次々に落とした。

「うぉおおおおおお!!!」

「デェェエエい!!」

 マッシは本体に剣を突き刺す! ロームは渾身の力でぶっ叩いた!

  が!

 二人はものの見事にその弾力に弾き飛ばされたのである。

「なんだ! こいつは!!」


 円陣を組んだ冒険者たちは、円陣を崩さぬよう防御に徹していた。

 魔法使いは後方に陣取り、先陣のサポートに徹する。

これはここに来る前に、圧倒的多数の敵と遭遇した場合は光覇防御呪文(ミュランベル)を使わない。と、皆で話し合った結果だ。ドーム型の防御膜は敵の攻撃を弾くが、行きつく先は嬲り殺しだからだ。(こちらからの攻撃も無効)

 その間に、魔法使いの数名が強力な魔法で敵を蹴散らす。


 そう決めていた。


 そして、その呪文の詠唱がついに終わった!

炎蛇迷撃呪文(ヒノクチナワ)!」

長い詠唱の後に4人も高位魔法使いが放った4匹の炎の蛇は円の中央から花咲くように飛び出し、魔物の間を縦横無尽に暴れまわる。

「今だ!乱戦に持ち込め!!」

怯んだ魔物たちの中に、戦士が斬りこんでいく!

カイドーたち魔法使いは己が魔法を駆使して、遠距離攻撃で魔物たちを次々と打倒して行く。


 一方空中では、ガーゴイルやハーピーを相手にベニーとウシヲが飛び回っていた。

(ドラゴンがいないだけまだマシだったわ・・。)

 空中戦は機動力の戦いと言って良い。

いかに強力な攻撃も当たらなけば意味がない。ベニーは得意の風系魔法を駆使しつつ、敵を少しずつ削っていく。

 だが、目を見張るべきは魔獣使いウシヲの方だ。

タイガと呼ばれた虎のような魔獣に跨り、ビーストスピアで魔物を滅ぼして行く、しかも投げつけられた槍は意思でもあるかのように敵の攻撃を躱しながら敵に突き刺さっては戻る。それにタイガと呼ばれる魔獣は時折炎を吐き、その鋭い爪でハーピーやガーゴイルを殲滅した。

 まさに三位一体の攻撃である。

わずか二人だけの空中戦なのに、早くも魔物を圧倒し始めていた。

「すげえな、ねえちゃん!」

「あんたもね、ウシヲ!」

 ハイタッチでケラケラと笑う二人に、きっと魔物は身震いしたことだろう。

 しかし、数が多い。

下への攻撃を無くすべく飛んだのに、その役目が出来ていない。おまけに下からの援護も期待できない二人の心は焦燥が増してゆくばかりだった。



灼炎牢獄地獄呪文(プリズ=フレオン)!」

 空中に浮かぶルシターの言葉が発せられると、キメラの上下に巨大な魔法陣が突如出現し、それが光り輝く。すると魔法陣同士が共鳴でもするように光の膜を発し、キメラを包む筒のようになった。

 無表情のルシターの口角が少し歪んだように見えた刹那、突如両方の魔法陣から高熱の炎が轟音と共にキメラに襲い掛かった。

 1万2千度の凶悪な熱の暴風にさすがのキメラもなすすべがなく、あっという間にキメラは消し炭と化した。

 これがイーフリート(ルシター)の大呪文『灼炎牢獄地獄呪文(プリズ=フレオン)』であった。




 人間は誰も気づかなかったが・・・


 たぶんそれは国王の観覧席(バルコニー)であっただろう場所に、エイミーたちがいた。

「如何なさいますか、エイミー様。」

ハーピーのワールゥが傅いて尋ねる。

「我らも参戦しましょうか?」

ニコが怯えたように尋ねる。

「いいなあ、人間どもがうじゃうじゃいらあ。行こうぜ、エイミー!」

 ゲラが嬉しそうに眺めている。

彼女はすぐにでも飛び降りて、人を殺したかった。他の魔物と一緒に人間を蹴散らしたかった。

 エイミーは魔物と人間の戦いをじっと眺めていたが・・

「やだ。」

 意外にも、エイミーは彼女たちの言葉を否定した。


「さようですか。ではしばらく待ちましょう。」

 ホッとしたように言うワールゥをエイミーはじっと見る。

 ワールゥの額にうっすらと汗が浮かんでいた。

「ワールゥ。お前、何かやったね。」

 実はワールゥが闘技場のシステムを配下に命じて事前に作動させていたのである。

カイドーたちと相まみえた時、一抹の不安を覚えたワールゥが仕組んだ罠だったのだ。

 エイミーの人差し指がゆっくりとワールゥの額に近づく・・・

 額の汗が蛆虫のように湧き出し、ワールゥの顔面を濡らした。


 その時!

ルシターの『灼炎牢獄地獄呪文(プリズ=フレオン)』がさく裂したのである。


 轟音に目を向けたエイミーは指を戻すと、ポツリと言った。

 「・・・ふーん。ちょっと厄介そうなのが居るね。」

 ワールゥの胸が大きく波打っていた・・。



エストロが横目でコバチの様子を伺うと。コバチの方もたった一人で攻めあぐねているようだった。

 コバチは彼女ならではの機動力を生かし、キメラの周りを首の攻撃を避けつつ、周回するように回りながら攻めている。サイで受けきれない首の攻撃には、ヒジャクがその足(手?)でいなしている。自立型の魔道具らしいが、その防御力もには感嘆すべきものがあった。背後からの攻撃にもきちんと対応し、攻撃を返す。

 しかし、触手のような首の攻撃をあしらうだけで、本体にはなかなか近づけそうもない。仮に近づけたとしても、キメラに物理攻撃は効かないのは、マッシたちが既に洗礼をうけている。

 しかも、コバチは相変わらず父の首の攻撃だけは躱すだけで攻撃できないでいた。

このままではいずれコバチの方が先にバテてしまうのは明白だ。エストロは加勢に行きたくともこっちのキメラに攻撃も緩まない。マッシとローツは。もう一度本体への攻撃を試みようとしている。ここでエストロが抜ければ、二人もやられてしまうに違いなかった。


 やがてキメラはコバチが父の首を攻撃できないのに気づいたらしく、一旦攻撃を引き、全ての首をコバチの父の首に変えた。

「まずい・・」

 横目でコバチの動向を見ていたエストロから言葉が零れた。

 父の首が一斉にコバチに向かう!

「今だ! ヒジャク!!」

 ヒジャクはコバチの背中から離れ、一つの首に乗ると蜘蛛のようにキメラの首を駆け上がって行く。

 そして、たった一つだけ父の首に変わらなかったオークの首に槍のような()()を突き立てた。

「ギャオオオゥウウ!!!」

 今まで無言だったキメラの首が一斉に悲鳴を上げた。

オークの首は緑色の体液を流し、ズブズブと崩れていく。すると、突き刺さったヒジャクの足から、火花と共に強烈な稲妻が走った。

 キメラは全身から黒煙を上げ、足をバタバタとさせ、やがて力なく地面に伏した。

 体がゆっくりと(とろ)けて行く・・・。

解けた体の中から、黒焦げになったオークの首に繋がる巨大な紫色の肝臓のような臓器が姿を現した。今まで彼らが体と思っていた部分は、キメラの本体ではなく肉で出来た強靭な肉鎧だったのである。あの肝臓のような臓器がキメラの本体であり、伸びない首が本体のセンサーの役割をしていたらしい。

 次々と崩れ落ちる父の首。

 その首を氷よりも冷たい目で見据えるコバチ。

「父を・・父を汚すな。化け物。」

コバチは足元に転がった父の首を容赦なく踏みつぶした。


「そうか。そういう事か。」

エストロは首の攻撃を捌きながら声を張り上げた。

「マッシ! 攻撃してこない首を狙え!!」

「おう!!」

「行けや――っ、若僧!!」

 マッシはエストロとロームのサポートを受けながら、伸びない首を探した。

 その首はツインツインズのハーベックの顔をしていた。

敵の弱点が分かれば、いかに強靭な魔物と言えど倒すことは出来る。マッシは猿のように素早く肉鎧を駆け上がると、ハーベックの眉間に剣を突き立てる。

(すまねえな、ハーベック・・)

 マッシの全体重を柄に注ぎ込むと、剣はズブズブと音を立ててめり込んで行った。

 一瞬、ハーベックとの記憶がマッシの脳裏をよぎる。

 マッシの右目から一滴だけ涙が零れた。

  そして!

ハーベックの口からキメラの絶叫が絞り出された。

「やったか!」

キメラは絶叫と共に激しく体を震えさせると、首と手足をしばらくばたつかせた後、ぐったりと地に伏せて溶け始めたのである。

 全員の息が荒く、弾んでいた。

エストロが辺りを見回すと、魔物の大半がキメラが斃されて動揺している。中には逃亡しようとしている魔物もいて総崩れ寸前だった。もはやカイドーたちの勝利は決まったもののようだった。

キメラを倒したマッシとロームがエストロに近寄って来た。

「それにしても、恐ろしいまでの洞察力だ。」

「たりめーだ。コバチはミナイの長だぜぇ。」

 ロームが我が事のように胸を張った。

 寸時、彼らの周りの空気が緩く流れた・・・。


「ぐおっ!」

 突然、空中からルシターの叫びが聞こえた。

見ると空中に浮かぶルシターの胸から、白く小さい手が生えていた。

帰納(ミクラス)!!」

 エストロの絶叫とも言える声が闘技場に響くと、繭化したルシターは瞬時にエストロの手に戻った。死ななければ、後で治療することも出来る。

 エストロの判断は即断といより反射に近かった。

 ただし、ルシターをこの戦闘で使う事はもう不可能だろう。

エストロは、空中に浮かぶロリータ姿の少女を睨みつけた。


「やだやだ。気味の悪いよぉ~。」

 エイミーはニタリとエストロを見て笑った。

 ミナイの村編を書いて1年以上経つのではあるまいか?

 主人公の出ない話を延々と続けております。もはやスピンオフ。もしくは主人公がカイドーとかポッターとかエストロとかに変わってしまったような・・・。

 今年はアニメが豊作と言われ、自分もアニオタの例にもれず、いくつも鑑賞させていただいております。

 思い返せば、鬼滅の刃に始まり、押しの子、ポッチ・ザ・ロック。呪術廻戦、スパイファミリー、葬送のフリーレン、薬屋のひとりごと、無職転生、などなど。そして転スラとか陰実やら山田君と~とかできる猫は~とかも見て。正直書いとる暇がありませんのですわWWWW

 でも、ミナイ編は今年中には終わらせないとな。

 次の章は<ガルマン帝国編>となる予定です。

ホークたち一行とニャンコのポッターしか出ない予定です。(一応)でももしかしたら今回出番の少ないグラとドレイクとかも出るかも。今は何も考えてないけど・・・。

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