魔滅の刃 ミナイの村編 其の壱拾四 < 戦 端 >
「ここは・・・」
「凄い。こんな所は初めてだ・・。」
9層に到達した冒険者はほんの一握りである。それも絶えて久しい。
闘技場に降り立った冒険者の多くが、周りを物珍しそうに眺めていた。逆の立場なら、カイドーたちもそうしていたかもしれない。
しかし、カイドーたちは相手が恐ろしすぎる魔物であることを十分承知している。
僅かな油断が致命傷になるから、皆ピリピリしていた。
瞬間移動魔法陣で転移した直後から警戒を怠らず、闘技場全体を監視していた。
「まだ来てないようですね。」
「いや・・索敵できないだけかもしれん。」
エストロの問いに、カイドーは答えた。
あの時、気を抜いた瞬間だったとはいえ、エイミーの接近に気づいた者はいなかったのだ。
すると、遠くから地響きのような足音が聞こえて来た。
皆は一様に緊張する。
やがて・・
4つある一番巨大なゲートの奥から、その足音の主が姿を見せた。
「オーガだ!」
誰かが叫んだ。
「違う! あれは!!」
身の丈7~8mはあるだろう一人の巨人が現れた。しかも一つ目の鬼。禿げた頭のてっぺんに尖った角を持ち、ザンバラの髪は緑色をしていた。大きな口には牙が覗き、尖った耳まで裂けている。そして、鼻の上にある巨大な一つの目がギョロリとこちらを睨んでいた。
「サイクロプス・・・」
その場にいる誰もが凍り付く。
ダンジョンでもめったにお目にかかれないボス級の魔物である。
誰かが「逃げろ!」と叫んだ。
すると、皆は一斉に浮足立ち、臨戦態勢だった者もサイクロプスから逃げ出した。
突然の総崩れに、女の魔法使いが転倒した。
サイクロプスはそれを見逃さず、疾風のごとく走り寄り、女を鷲掴みにした!
「ぐわっ!!」と一声叫んだ女の口と鼻から、大量の血液が噴水のように迸る!
サイクロプスは間髪を入れず、バナナでも食うように女の頭を食いちぎった。
握られた女の手足が反射でカタカタと壊れた人形のように動いて、汚物の混じった大量の血液がサイクロプスの肘を濡らして滴り落ちていた。
「こいつ・・(人間を)喰いなれてやがる・・。」
誰かの呟きに皆が総毛立った。
その時・・
「オラオラオラァ! どけえ! テメエらぁ!!!」
人垣を乗り越え!
冒険者たちの頭上を駆けて行く猛者がいた。
「うぉおおおおおお!!!1」
ローツは手に持った金砕棒をバットでも降るように、サイクロプスの向う脛に叩き込んだ!
「ギャアアアアオオオォオオ!!」
さすがのサイクロプスもこの攻撃にはたまらず、ガクリと膝をついて女を投げたした。
「止めだアアァ!」
ローツは低くなったサイクロプスの頭を目がけて、金砕棒を思いきり振り下ろす。
そのままローツはサイクロプスの体を駆け上がって肩に乗ると、何度も頭に金砕棒を打ちおろした。ローツの金砕棒は魔鋼で出来た特別製である。太さが10cm、長さが2mほどある長大な物で、先端50cmくらいの部分にはスパイクがあり、鍔元にはL字型のソードブレーカーが付いていた。日本の十手に形状が似ているが、スケールは超特大である。怪力のドワーフでなければ扱えない代物だった。
血みどろのローツが地上に降りた時、横たわったサイクロプスの角は折れ、頭蓋骨が変形し、一つ目が半分飛び出していた。
もちろん、既に死んでいる。
「なに、もたもたしてんだ、テメエらぁ!! 観光にでも来たつもりかっ!」
ローツの一喝に、冒険者たちはようやく自分を取り戻した。
すると、今度は先ほどのゲートから3体の清掃人が現れた。
(なんだ・・清掃人か・・・)
清掃人を知る冒険者たちは、誰もが安堵した。攻撃は出来ないものの、清掃人自身が襲って来ることは無いからだ。誰もがサイクロプスと女の死体を片付けに来たのだと思ったのだ。
しかし、ローツは清掃人を知らない。
サイクロプスにしたように、清掃人に金砕棒を叩きこんだが、やんわりと撥ね返された。
「なんだ、こいつ!」
「やめろ! そいつには攻撃も魔法もきかん!」
カイドーが人垣を割って現れた。
清掃人の防御は光覇防御壁魔法のようなバリアに似ているが、似ているようで非なるものである。カイドーは清掃人の防御機能を、見えない薄い膜が盾のように弾くのではなく、衝撃や魔法の威力を別(異次元など)に飛ばしてやるのではないかと考えている。バリアと次元転移の複合呪文など、今の技術では誰も・・・(おそらく一人を除いては)できないだろう。
「だけど、こいつは襲ってこねえんだろ。無視していいんじゃねえか?」
マッシは他を警戒すべきと暗に言っていた。
「触れることは触れるんだけどなぁ。」
一同はローツを見てギョッとした。
大胆にもローツは清掃人の足元にもたれ掛っている。
攻撃でなくば、防御膜は機能しないのかもしれない。清掃人にとっては足に虫でもとまったように感じているのだろう。何の動きも見せなかった。
「ならば、私が解体しよう。」
「え?」
人垣から姿を現したのはコバチである。
「もしかしたら攻撃の意思で防御が発動するのかもしれない。ヒジャクなら攻撃の意思なく、解体できる。いつ我らの敵になるか分からぬ者を放ってはおけまい。」
「なら、ここは嬢ちゃんに任すとするか。」
ローツはあっさりとコバチに出番を譲った。
しかし、その言葉が合図であったかのように、清掃人の雪洞が激しく点滅し始め、雪洞の傘から突き出た4本の管から蒸気を輩出するし、3本の足は上下に屈伸運動をし始めた。その運動でローツは弾き飛ばされる。
「な、な、なんだーこりゃあ??」
その奇妙な動きに誰もがあっけにとられ、苦笑する者もいた。
しかし、コバチは清掃人から目を離さなかった。
人畜無害の清掃人とあだ名されるダンジョン内の魔物(?)ではあるが、牙をむき始めた可能性もあるからだ。
屈伸運動が最高潮に達し、管から大量の蒸気を噴き出すと、雪洞の底に穴が開き、そこからどろりとした塊を吐き出した。
地面に落ちた巨大なドロリは異臭を放っていて、誰もが顔を顰めた。
(ウ〇コ・・・?)・・・誰もがそう思うよなあ・・。
「離れろ! 油断するな!!」
巨大な泥饅頭のような物は、ぴくぴくと動き、やがて薄膜を破って粘液と一緒にトカゲのような腕が現れた。
「こいつ・・・もしかして。」
薄膜が破れ、ねっとりした液体を纏わって出て来たのは見たことも無い魔物だった。いや、彼らは知っていた。彼らはこういう魔物を総称して”キメラ”と呼んでいた。
合成魔獣の恐ろしさは誰もが知っていた。
5層6層くらいでカイドーたちも何度か接触していたが、稀に2層や3層などの浅い階層に出現する事もある。形は決まってはいないが、決まっていくつかの魔物の特性を複合的に内包する。合成魔獣は、個々の魔物の持つ弱点を克服し、多様な特性を集めた集合体なのだ。魔法も使えば、力も強く、スピードも速い。
3体の清掃人は3匹の合成魔獣を産み落とすと何事も無かったようにゲートへ向かって行く。用事は済んだのだ。きっと清掃人は清掃をしていたのではなく、死骸を集め融合し、新たな命ある魔物を作り出す合成魔獣製造機だったのだろう。
目の前の合成魔獣の姿は巨大な山椒魚のような形をしていて、体の側面に無数の足があった。トカゲのような前脚や獅子のような後脚、それがムカデの足のようにランダムに生えている。頭に当たる部分に目や口は無く、その代わりに頭と思しき部分から背中にかけてびっちりと魔物や人の首が生えていた。
何人かは後退りを始めた。
名うての冒険者たちとは言え、のっけからサイクロプスが現れ、今度は合成魔獣3匹である。すでに何人かは戦意を喪失しつつある。
「グオオオオオォオオオ!!!」
合成魔獣から生えていたいくつもの首が一斉に吠え始めた!
すると、それに呼応するように4つのゲートから、ゾロゾロと魔物の群れが現れた。
「や・・ヤバいぞ・・・。」
群れは同種族ではなく、いくつもの違った魔物がゆっくりと向かってくる。まさに魔物のオンパレードである。共通する物は何も無い。あるとすれば、彼らが一様に飢えているという点を除けばである。
「円陣を組め! 後衛は円の中に入り、前衛を補助するのじゃ!!」
カイドーの決断は早かった。
魔法使いを中心に皆は円陣を組む。
圧倒的数の違いに乱戦は不利になる。そこで乱戦を避け、防御に徹するつもりだ。
しばらく魔物と人間の睨み合いが続いた
「上にもいる!」
誰かが上空に舞うハーピーやガーゴイルなどの空飛ぶ魔物を見つけた。
「あたしが行く!」
言うが早いか、ベニーがキントボードで宙に飛んだ。ワーラウ対策に持ってきていたのである。
「待て! 一人では・・・」
「タイガ!」
ウシヲという魔獣使いの少年が短く叫ぶと、彼の影から虎のような魔獣が出現した。
「ケッ! 何か用かヨ、チビ。」
魔獣のクセにタイガは面倒くさそうに毒づいた。
「オイラに任せてくれ! 行くぜ、タイガ!」
「チッ。しょうがねえなー。」
ウシヲという少年の冒険者は、腰まである長い髪をなびかせタイガという魔獣に跨り空中に飛びあがった。手には生きている魔槍ビーストスピアが握られている。
二人が宙に舞うと、それが合図だったかのように、睨みあっていた魔物たちが一斉に襲い掛かって来た。
この日・・・
ミナイの村には大雪が降っていた。
開いた障子戸の奥には、トキワがぼんやりと外を眺めて立っていた。
足元にはポッターが寄り添っている。
風は無い。
しんしんと大きな牡丹雪が天上から舞い降りて来ていた。
「・・・・天使の羽のよう・・。」
トキワはポツンと呟いた。
体の傷はポッターの手術と回復魔法でもうほとんど治っている。
醜い火傷の傷も今はすっかり癒えて、白い素肌に戻っていた。寝たきりの頃と違って、今は会話の途中で笑顔を見せる時もある。
しかし・・失われた記憶はまだ戻ることは無かった。
トキワは障子を開けたまま、ベッドに腰かける。
いつもなら使用人たちの動き回る音が聞こえてくるのだが、今はそれも無い。ミナイ家の中はひっそりと静まり返っている。
とても静かだ。
「クロ。こっちにおいで。」
トキワはポッターをクロと呼ぶ。
ポッターは猫のように一声ニャーンと鳴くと、トキワの膝に乗って丸くなった。
「寒いかい? もう少し我慢しておくれ。」
トキワはポッターの背をやさしく撫でた。
記憶を無くしていても、何かが起こっている事は察しているのだろう。
外を眺めるトキワの目は少しばかり険しかったのである。
3匹のキマイラの行く手を塞いだのは、マッシ、コバチ、エストロの3人だ。
「実戦では初めてだね。」
エストロはニヤリと笑うと、二つのウルミーを引き抜いた。・・が、それは短剣のような短さである。しかしエストロは動ぜず、それをキマイラに向けて一振りする。
すると、ウルミーは瞬時に長く柔らかな剣に変貌した。
キマイラの無数の首は、ろくろ首のようにグイっと伸びてエストロに襲い掛かったが、エストロのウルミーは自分の意思があるかのようにしなやかに流れるように首に刃を入れた。切れ味は剃刀のように鋭く、苦も無く首を落とす。ボタボタと落ちた首は異臭を放って緑色の泥のようになって朽ちていった。
(流石だ・・。注文以上の出来栄えだ。)
エストロは感心したようにコバチを横目で見る。
(なに!!)
そこには信じられないような光景が広がっていた。
コバチは呆然とキマイラを見つめている。エストロのキマイラと同様に伸びた首が襲い掛かってきているのに、それを躱しているのは背中におぶされているヒジャクのほうである。8本ある足の内6本を駆使して首を躱し、コバチへの攻撃を回避していた。
まさかコバチがこのようになっているとはエストロも想像がつかなかった。
一本の首がさばききれずにコバチに襲い掛かった。
シャキィイイ!!
エストロの左手のウルミーがその首を切り裂く!
「しっかりしろ!! コバチ!!」
エストロの叫びにもコバチは反応しない。キメラをじっと凝視しているだけである。
エストロの相手のキメラは無数の首を落とされ、少し後退する。その隙を見逃さず、エストロは愚者の小箱から一つの繭を取り出し、解呪した。
「お呼びですか? ご主人様。」
「こいつの相手をしてくれ。」
「御意。」
イーフリートのルシダーは律儀である。
全身から紅蓮の炎を噴き出し、キメラに向かって行った。
「コバチ! 下がれ!」
その声に、コバチはようやく自分を取り戻した。
「無用だ!」
「なに?」
「こいつは私が斃す!」
コバチの瞳がいつものような輝きを取り戻していた。
コバチは腰から2丁のサイを取り出すと、キメラに向かって構えた。
「ピューーイ」
「済まなかったなヒジャク。もう大丈夫だ。」
「加勢する!」
「無用と言ったら、無用だ!」
コバチの目は怒りに燃えていた。
そしてキメラの一つの首を睨みつける。
「まさか・・」
「・・・・・父だ!」
その首が瞬時に伸びて、一直線にコバチに襲い掛かって来た。
今年は後厄で、前にもお知らせしたとおり転落事故を起こした。足の指の骨折はもう何ともないのだが、未だに背中が時々痛い。
先日、かかりつけ医の所で胸部のCTを撮った所、脊髄の圧迫骨折が判明した。
やっぱりなあ・・と思う。
最近、バランスボールの劣化で怪我をして同じように圧迫骨折をした人が後遺症で苦しんでいるというコメントを目にしたが、自分も多分こうの痛みと死ぬまで付き合うのだろう。
それが筆の遅れる理由という訳ではないのだけれど、やっとアップ出来ました。
やっぱりバトルシーンは描きにくい。クロ! 邪魔するな・・・・




