魔滅の刃 ミナイの村編 其の六
コールレアンの町はあれだけの戦闘があったにもかかわらず、インフラそのものの被害はさほどでもなかった。火災が起きなかったのが一番の要因だが、ロアの軍団の戦闘が人を狙ったモノだった事が大きい。もっとも礼拝堂は大破してしまった訳だが、それでも宿舎や大半の建物そのものは無事であった。
カルラたちが礼拝堂にいなかったのには訳があった。
ボーマン院長の横領はすでに告発寸前。ただ確実な証拠がなかったのである。
ボーマンには横領による隠し財産があることは分かっていたのだが、それがどこにあるのか? 確実な所はまだ分かっていなかったのである。ボーマンの性格上、院内にあることは予想がついていた。多分、私室である。そこまでの見当はついていた。
そこであの騒ぎに乗じて<魔女ネットワーク>の数名が密かに私室に入り、確実な証拠を掴むために調べていたのだった。その時にあの巨大な氷が礼拝堂に落ちたのである。皮肉な事だが<魔女ネットワーク>の主だったメンバーが生き延び、肝心のボーマンは死んでしまった。
その魔女ネットワークのカルラが町に出ていた。
彼女は行き交う人々に何かを訪ねながら町を歩く。まだまだ助けを必要としている人々はたくさんいて、修道士たちは町の人々と一緒になって食料の調達や瓦礫の撤去などを行っていた。
カルラはやがて町から離れて西側の小高い丘の上にやって来ていた。
ここにあるのは墓地である。
死者の墓穴は無数とも思えるほど掘られていて、そこに死者が埋葬されている最中である。あまりにも多くの死者が出ているために、葬儀もほぼ儀礼的に簡素に執り行われていた。そこにカルラはやって来たのである。
墓地の外れに、彼女は目当ての物を見つけた。
3つの墓石の前に立つ一人の女性がいる。その女性はうつむいてじっと墓石を見つめていた。カルラは静かに彼女に声をかけた。すると彼女は涙を指で払い、カルラに向き直った。
「カルラ姉さん。」
「マルコの事は残念だったわね、ベニー。私に出来る事があれば何でも言って頂戴。」
ベニーとカルラは抱き合った。ベニーはもう泣いてはいないが、その表情はさえなかった。
ここでまた少し、ギース教について説明しておこう。
ギース教には階級がある。教皇オイラー・フォン・ノイマンを最上位として、その下にエウロパ東西南北4地区の総領としてフィポナッチら4大司教が統治している。そしてその下に司教と枢機卿がある。枢機卿は直系の教会とは別の地方区の教会を束ねる地区長のような存在であり、各地区の教会にいるのがミューラーのような神父たちである。直系の教会で神父と同等の階級に属するのが司祭と呼ばれる者たちで、その下にいる者たちは皆修道士(または修道女)と呼ぶ。
ギース教にはいくつかの修道院があり、別名を”ギース魔法学校”と呼ぶ。ここでは8歳から12歳までの才能あふれる子供たちに門戸を開けて優秀な人材の育成に当たっていた。
魔法学校では大体6年から8年間の修行を経て卒業に至るのだが、そのまま修道院や他の教会に行く者は変わらず修道士と呼ばれるのに対して、野に下った者を概ね”僧侶”と呼ぶ。
それには訳があって、魔法学校では魔法や薬学や神学の他に武闘教練も行われ、特に武闘に優れた者を”僧侶”と呼んだ。そして野に下ることの多かったのがこの”僧侶”たちであったからなのである。
ベニーとカルラは学年は違ったが、特に仲が良かった。
ベニーは武闘の才能があり、抜きんでていた。やがて彼女は卒業と共に野に下り、賞金稼ぎとなる。賞金稼ぎになってからの彼女は、得意の杖術を使う僧侶でもあり、補助魔法や回復魔法にもたけたオールマイティーの存在であった。
彼女のパーティーは≪南の風≫と言って、5人組のパーティーだった。戦士のマルコをリーダーとして、僧侶のベニー、魔法使いが二人、神官が一人のちょっと見バランスの悪いパーティーだった。
因みに神官とはギース教以外の修道士の呼び名である。
ギース教がエウロパ全体に布教し、多くの信徒がいるものの、神魔72柱の神や悪魔を祭る神殿もまだ存在する。その神殿の神に仕える者を神官と呼ぶのだ。
南の風はコールレアン修道院襲撃事件の際に、骸骨兵たちと戦いリーダーのマルコと魔法使いの二人が命を落とした。残った神官のベイゼルは軽傷で済んだが、マルコの死で郷里に帰り、神官の職に戻ることを決意。先日旅立ったばかりである。
残ったベニーは一人でコールレアンに残り、被災者の救護に当たっていた。悲しむべきことに、マルコは南の風のチームリーダーであると同時にベニーの夫でもあったから、彼女はコールレアンを離れられずにいたのである。
そのベニーにカルラは会いに来たのだ。
「ベニー。あなたにお願いがあるの。」
抱擁から離れたベニーにカルラは切り出した。左手で胸にハートマークの片側を示している。ベニーも同様に己の左手で胸にハートマークの片側を作る。これは<魔女ネットワーク>の同志である事を意味し、その会話は概ね指令である。
「姉さんのお願いなら何でも聞くわよ。」
ベニーはニッコリと笑った。
既に二人のノンバーバルサインは解けている。合言葉のようにほんの一瞬確認しあえれば良いのだ。
「あなたにお使いを頼みたいの。」
二人は肩を並べて歩き出した。周りには幾人かいたが、彼女たちの会話に耳を傾ける者はいない。歩きながらの会話は尾行を確認する手段でもあるし、会話を聞かれないようにする方法でもある。二人は自然に会話を続けている。
「何処へ行けばいいの?」
「ミナイに行ってエシャロッテに託をお願いしたいのよ。」
「それだけ?」
「ええ、それだけ。」
「ふーん。つまんないわね。」
「あなた、傷はどうなの? それに・・」
「傷はもう大丈夫よ。あの猫ちゃん本当にすごかった。」
「そうじゃないわ。心の方よ。」
「・・・大丈夫よ。でも・・だからこそ、今は生き甲斐が欲しいのかもね。」
ベニーは髪をかき上げた。墓地を出ると町へ続く小道へと出る。見渡す限り平穏な風景が続いている。数日前は地獄のようだった街並みも何事も無かったように平和だ。
「実は、ホークたちとカイドーたちに抹殺命令が下ったの。」
「嘘でしょう!! 彼らは英雄よ! コールレアンの人たちはみんな知っているわ!」
怒りに燃えるベニーの瞳をカルラはまともに受ける事が出来なかった。
「その通りよ。だから私たちは彼らを守ることに決めたの。」
ベニーはホッとした様子でカルラを見た。
「私にその命令が下ってたら、お婆に文句を言いに駆け出してたわ。エシャロッテに伝言ってその事?」
「ええ。今、ツインツインズはミナイにいる筈。そこにカイドーたちもいるの。彼らを他の賞金稼ぎから守るように伝えて欲しい。」
「・・分かったけど。それ、私がやっちゃダメ?」
「どうして?」
「グラは私の命を救ってくれた。それじゃ理由にならないかな?」
「そうね。今のところ貴方への使命はそれだけ。でも帰って来てほしいわ。こっちも人手が足らないのだもの。でももしエシャロッテたちと連絡が取れなかったら、判断は貴方に任せるわ。」
「分かったわ。で、ミナイに行く方法は?」
カルラは2枚の布を出した。簡単瞬間移動魔法陣である。
「こっちはミナイの回廊にある公共瞬間移動魔法陣に通じている。そしてこっちはマーサの宿に私が作った瞬間移動魔法陣に通じているの。これを使って行き来してちょうだい。それと、これは万一の資金よ。」
カルラは簡単瞬間移動魔法陣と一緒に金の延べ板をベニーに渡した。
「分かったわ。支度を整えて、明日にでも行くわね。」
ベニーの足取りがなんとなく軽くなったようだ。
「分団長。」
瓦礫の片づけをしていたゼンが振り向くと、そこにはにやけ顔のキースがいた。
「何も分団長自らそんな事をしなくても、こういうのは俺らがやりますから。」
「人手は多い方がいいだろう? それにここに埋まっていたのは我々の仲間だ。」
「・・そりゃそうですがね。」
ゼンの白銀の髪も、秀麗眉目な幼顔にも埃と泥がついていた。もともと小柄で華奢なゼンを遠目で見ると子供に重労働をさせているようにも映る。
「それより、僕に用事があったんじゃないのか、キース。」
「そうだ、そうでした。フィポナッチ大司教の使いの方がお見えです。至急の用事だとか。」
ゼンは少し腑に落ちない顔をした。
「分かった。すぐに行くと伝えてくれ。」
フィポナッチ大司教の使いは竜騎兵団長のヴァン・ダイムと一緒に離れの建物の客間にいた。礼拝堂や教会そのもののダメージは大きいが、離れにある建物は最小限の被害で済んでいる。
ここにボーマン院長の私室や執務室もあって、教会幹部たちの宿舎でもあり、執務室でもあった。要人との謁見や、宿泊にもここを使う。さらにコールレアンの公式瞬間移動魔法陣も建物の地下にあった。
ノックの音がした。
「竜騎兵団第4分団長、ゼン・クロード・ジハァーヴ参上いたしました。」
「入り給え。」
大司教の使いはモドレウスという司祭だった。
ゼンは室内に入るとモドレウスに向かって拝礼した。モドレウスはボーマンの執務机にデンと座って両手を組み、ゼンを見つめる。ヴァン・ダイムは壁にもたれていた。
室内にいるのはこの二人だけで、影の院長たるヴェルダンディはいない。もっとも、ゼンもまだヴェルダンディの正体は知らなかったのである。
「君に密命が下った。」
ゼンはモドレウスを直視する。
ヴァン・ダイムもまた厳しい顔でゼンを直視していた。
「ラグナロクの転生者一味を探し出し、ギース教に改宗させる。」
ゼンは訝しんだ。
「その必要があるのですか?」
「ある。実は本部で転生者の処遇について意見が分かれてな。抹殺すべしと言う意見が大勢を占めたらしい。」
ゼンは視線を落とした。
「ただ、我らがフィポナッチ大司教は一つの提案をなされた。彼らをギース教の信徒にしてはどうかという提案だ。そうすれば今度はギース教が彼らの後ろ盾となって、彼らを助け、ともにロアの軍団と戦う事が出来よう。それは神の御心に沿う行為なのだ。」
実際に提案したのはアレクスだが、部下には自分が提案したことのように告げたのだろう。
「その命令が君たち竜騎兵団に下されたのだ。」
「・・お断りします。それよりも今はロアの軍団を殲滅しろというご命令を頂きたい。」
ヴァン・ダイムは苦笑した。
ゼンなら必ずそう言うと思ったからである。華奢で普段は物静かだが、その骨には熱い物が潜んでいる。その為に、彼がモドレウスに付き添ってきていたのだ。
「ゼン。君ならきっとそう言うだろうと思っていたよ。」
「団長はそうと知っていながら、命令するのですか?」
ゼンはヴァン・ダイムを慕っている。
地方貴族の出で、特殊能力のお陰で仲間になじめなかったゼンを、自分の息子のように扱い、時には叱咤し、励ましてくれた。武闘訓練も容赦なかったヴァン・ダイムだが、実は彼も元は同じ地方貴族の出で、フリーシアの近衛師団の師団長にまでなった男である。ゼンを見込んで、ここまで育てたという自負もある。
「そうだ。知っての通り、第1から第3までの分団は王都バリスとマヌルカン教会の警護に当たっている。君たちは遊撃隊となって、各方面のロアの軍団の情報収集と殲滅だ。それは承知しているな。」
「承知しています。だから我々がやるべきこととは違うと申上げているのです。」
「失礼な物言いだな、君は。私は君と同じ司祭だが、私はフィポナッチ大司教の勅使である。私の言葉はフィポナッチ大司教の言葉なんだぞ。」
「司祭。貴方は少し黙っていてくれ。」
「な! 私は・・」
「司祭だろう。私はこれでも枢機卿だ。」
ヴァン・ダイムの厳しい視線にモドレウスは悔しそうに口を噤んだ。
「コールレアンの被災状況は私も見た。僅か半日で堅固な修道院を半壊させ、多数の死傷者を出した。」
「ですから悔しいのです。もしここに我らが居れば、これほどまでの被害を出さずに済んだ!」
「それは向こうも承知の上だろう。」
ヴァン・ダイムの言葉にゼンは息を飲んだ。
確かに4人の神父が裏切った事は聞いていたが、それだけではないのか・・・と。
「奴らはギース教内部に深く浸透している。ラグナロクの転生者を始末しようとする動きは、それに呼応する動きの一端だと私は見ている。」
「そんな・・・。そんな事が、ある訳ない!」
震えるように言葉を発したのはモドレウスだった。
「彼らのような強力な人物を味方につけるのは、君にしかできない事だ。今は味方同士でいがみ合っている場合ではない。」
「・・・分かりました。彼らの情報をください。」
「彼らは今、二手に別れているようだ。カイドーたちの一人はミナイにいるが、アレクス大司教の手の者が行く手はずになっている。君たちはホーク・ガイバードたちを追え。彼らはガルマン帝国へ向かっている筈だ。ドラゴンで追えば、1~2日で追いつくだろう。彼らにはギース教への恭順を示せればそれでよい。信徒になることは形だけで十分だ。と言い含めたまえ。」
「・・ですが、もし彼らが拒めばどういたします?」
「拒まないだろう。さすがに自ら敵を作るようなことはすまい。」
「もし拒むようなら抹殺しろ。」
モドレウスが会話に割って入った。
「これは私の言葉じゃない。フィポナッチ大司教の密命だ。」
二人に睨まれたモドレウスは慌ててそう言った。
ゼンとヴァン・ダイムの二人は互いに顔を見合わせ苦笑する。
「ではすぐに支度を整え、明朝捜索に出発いたします。」
ゼンは再び拝礼すると、二人を残して足早に部屋を出て行った。
「上手くいくだろうか・・・?」
モドレウスは汗を拭いた。
「行かせねばなるまい。そうしなければ我々は滅ぶぞ。」
ヴァン・ダイムは苦い物でも吐き出すように言った。
最近転生モノのアニメを見る事が多い というのは前にも書いた。
けど、ほとんどはがっかりする。
<人間不信の・・・>は特にひどかった。話の内容はさておき、構図があまりにもひどすぎる。背景はおざなりだし、縮尺もいい加減過ぎたし、動きがものすごく荒い。歩く姿さえ変である。例えば背に負っている筈の大剣が置かれていると、その長さは天井近くまであるし、カジノの天井が体育館のように高い。そういうカジノがあるのかもしれないけれど、あまりに都合がよすぎる。これのウリは合体ヒーローなんだろうけど、脚本も設定もいい加減過ぎた。
<異世界農家・・・>は男の夢みたいなものかな。登場人物が全員物わかりのいいいい人たちばかりでキャラがだんだん区別できなくなるくらい増殖していく。ドラマとしてもつまらない。キャラクターが増えて行けば、こんな都合の良い世界は生まれない。それぞれにエゴがあるからだ。
<とんでもスキルで・・・>はMAPPAでそれなりに楽しめたけど、やっぱり都合のいい話には違いないなあ。フェルとスイのキャラが好きなので、ついつい見てしまった・・・。
同じような話を書いているものの、リアリティの無さすぎる話には自分はしたくない。
僕はただそう思っている。




