魔滅の刃 ミナイの村編 其の五
「じゃあ、分からないことがあったら、こいつに聞け。」
刀鍛冶のバルタンの頭はジョーという男だった。職人たちからはキングジョーと呼ばれている。そのジョーは一人のドワーフを連れてきていた。ドワーフにはドワーフがいいだろうというバルタンの配慮だった。
「俺の名前はメフィラス。よろしくな。年はあんたより若いけど、ここじゃ俺が先輩だからな。」
メフィラスはタタンバに向かって偉そうに胸を張った。
「じゃあな。仲良くやれよ。」
コバチの言った事は本当だった。ここミナイではドワーフも人間と一緒に働いていた。しかも給金も出る。一緒に働いているドワーフたちは自由で、制限されていることは何もない。人と同じ扱いを受けているのだった。
「おい、お前・・」
「どうかしたのか?」
タタンバはメフィラスをを見て驚いた表情をしている。
「耳が潰れてねえな。」
「どうして?」
後で分かった事だが、メフィラスは小さいときにバルタンのオヤジの祖父にギリアンの魔窟で拾われたのだそうだ。
この世界では人と一緒に暮らしている魔物のほとんどは奴隷である。タタンバもかつては奴隷だった。鍛冶場で無理やり働かされていた。
鍛冶場で働くドワーフは人間とは異なり、過酷な作業を強いられ、失敗すれば容赦なく鉄拳が振るわれた。だから奴隷のドワーフの耳は潰れているのだ。ドワーフに限らず、人間にも奴隷はいた。肌の色が違ったり、戦争で負けた国の人間や、幼児の時に攫われた子供たち。ドワーフも捕らえられて、そういった人間たちと一緒にセリにかけられ物品のように販売された。そして道具として扱われ、ボロキレのようになって最後は死んでゆく。
多少の魔法が使えたタタンバは、じっくりと脱出計画を練り、瞬間移動魔法陣を使って脱走した。
成功はしたが、すぐにバレて追っ手がかかり、瀕死の重傷を負わされたのである。その追手がエストロの配下たちだった。エストロは殺してもいいが、見せしめとして連れてくるようにという依頼を受けていたのだった。
その依頼を果たしたエストロは、何を思ったか、その場でタタンバを買った。腕のいい鍛冶師だとは聞いていただろうが、それが理由とは思えなかった。エストロは命と引き換えに自分の従魔になることが条件だという。どこにいても結局は奴隷なのだと、タタンバは自分の運命を呪ったが、エストロの従魔は待遇が違った。
ほとんど戦いに出る事の無いエストロは、自分の武具のメンテナンスをやらせる以外の用事はほとんどなかったのである。繭の中にいる間は食事をする必要もないし、眠っているようなものだから地獄のような奴隷生活から天国に来たような差があったし、エストロはタタンバに暴力で服従させようとはしなかった。ただ契約があるだけだった。
タタンバはそんなエストロに感謝もしているし、尊敬もしていた。
ところが、ここではそいう世界自体がありえない話であった。
ここでは人もドワーフも対等だった。あるのは雇い主と労働者という立場だけである。
「ふーん。いい出来じゃねえか。」
ジョーは試しに一本の短剣を作らせた。それを見てジョーが唸った言葉である。
「どれどれ、見せてみな。」
傍にいたバルタンがギョロリとした目でまじまじとタタンバが打った短剣を見ている。バルタンは背が高く、いかつい体つきに禿げた頭をしている。しかも逆八の字の太い眉が繋がっているので、一度会ったら忘れられない顔つきだ。見た目は怖そうだが、本当に人のいいオヤジさんだった。
「これなら、宝石を埋め込んで宝剣に出来るな。」
「そうでしょう。こいつは研ぎ師の仕事が楽だ。均等な打ちで滑らかだし、両刃の幅も均一で曲がりが無い。メフィラスの打った短剣とじゃ比較にならんほど出来がいいですぜ。」
「ちぇっ! 何だよ、その言い方はよう! だけど俺の方がずっと早く出来るんだぜ!」
メフィラスは憤慨して地団駄を踏んでいる。
「バーカ。いくら早くったってなあ、出来の悪い物は売れねえんだよ! お前もタタンバを見習えってんっだ。」
「<巧遅は拙速に劣る> 俺の好きな言葉です。」
「なんだ~、そいつは? 自分の下手さ加減に頭でもおかしくなったか、ああ!!」
「なんだとこの若造が! やる気か!!」
「おーよ! 相手になってやらあ! 表に出ろぃ!!」
二人は表に出ると殴り合いのけんかを始めた。おもむろにバルタンが表に出ると、いきなり二人に拳骨を喰らわせた。
タタンバはどうなる事かとやきもきしながら見ていた。前の鍛冶場なら、人間たちがよってたかってメフィラスを痛めてつけていただろう。その時、奥からケタケタと笑う声が聞こえた。
「あ~あ、またやってるよ、あの二人。」
見ると均整の取れた体つきに、長髪の男が腕組みしていた。男はその長い髪をポニーテールのように頭の後ろでまとめている美男子。ただ・・・彼の両耳が尖っている。エルフなのだ。
「話は聞いてるよ。新人さんだろ。私はザラブ。研ぎ師と鞘師を兼ねてやってる。」
「は・・初めまして。タタンバです。」
「緊張しなくていいよ。仲良くやろう。お? そいつは君が作ったのかい。」
ザラブはバルタンの置いて行った短剣に目を止めた。
「いいな、これ。私の仕事が楽そうだ。それに創作意欲も掻き立てられそうだ。」
「なんだ、来てたのかザラブ。」
両目に青タンを作った弟子二人を従えてバルタンが戻って来た。バルタンも鼻血を出している。喧嘩に割り込んで一発貰ってしまったらしい。
「総領からお呼びがかかったよ。久々の大仕事らしい。」
「ほおぉ、そいつは楽しみだなあ。」
パーッと明るくなったバルタンの顔は、本当に嬉しそうだった。
数日後・・エストロとマッシはミナイの村にいた。そしてピノアもいる。
なぜ、またミナイの村に戻ったのかと言うと、エストロは武器屋に用事があったからである。
エストロはマッシと同じくブロードソードを買い求めてからギリアンの魔窟に入ったものの、ブロードソードはあっという間に使い物にならなくなり、折れてしまったりと在庫が無くなって来たからである。エストロは他の剣や武器も使ってみたが、やはりどうもしっくりこない。マッシには『我儘なヤツだなぁ。』と笑われた。
そういうマッシも使いなれないメイスやモーニングスターを使いこなしきれずにいた。結局は剣を使う機会の方が増えてきている。やはり根っからの剣士なのだろう。
そもそもウルミーは特殊中の特殊な剣である。世界中を探しても数人くらいしか使える者はいないのではないかとエストロは思う。幼い時から訓練に使っていたウルミーが無い今は、どうも使う武器が使いにくくてしょうがないのだ。
そこで戻ったのだ。ミナイの村の武器屋に、少し気になっていた武具が置いてあったのを思い出したからである。
「じゃあ、俺たちはギルドに行ってくるよ。あれからずいぶん経ったし、デイチィよりはマシな魔法使いが居るかもしれねえ。」
「期待してて待っててくださいねえー。」
ピノアが笑顔なのは、帰りにはまたあの店で、ソバというヌードルを食べさせてもらえる約束になっていたからである。
デイチィが去って、既に2週間が経とうとしている。今はウンディーネのピノアも最初からメンバーに加えて潜っているものの、未だに第1層をウロウロしている状態である。
時には同じような冒険者のパーティーに出くわすこともあった。しかし、彼らの多くはまだまだ未熟で、デイチィで苦い思いをしている彼らには行動を共にする勇気はなかった。中にはすがって来る者や威圧的に仲間に勧誘する者もいたが、すべてお断りしていた。
こんなことがあった。
エストロの従魔が一向に増えずにいた事に業を煮やして、マッシが使い捨ての魔物を従魔にしろと言った事がある。
しかしエストロは気がのらない。
どうも一度従魔にすると情が移るようだ。(もっとも本人は否定するが。)
そんな時、1匹のオークがコボルトの群れに襲われて瀕死の重傷を負っていた。肩に64という焼き印の入ったオークである。
多分奴隷だったオークで、逃げてギリアンに住処を得ていたのだろう。出入り不能のギリアンの魔窟にどこからどうやって入り込んだのかは不明だが、そいつは人語を話し、ひたすら命乞いをした。
エストロはピノアに回復呪文をかけるように命じた。
「従魔にする気か?」
「君がそうしろと言っただろう。これで2層に行けるかもしれん。」
「オークはやめとけ。俺たちの仲間ならな。」
「・・・?」
「シュセに殺されるぞ。」
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。そっから先は俺の口からは言えねえ。」
エストロはしばし口元に手をあて考えている。その間にオークは回復魔法で回復していっている。そして感謝の言葉をまくし立てていた。
「分かった。ただ、せっかく回復させたんだ。こいつはこのまま見逃してやる。」
そう言うと、エストロは64の焼き印の入ったオークに正面から向き合った。
「今後は決して人間を殺すな。食うな。これは契約だ。破れば殺す。わかったな。」
オークは何度も頷いて承服すると、慌てふためくように逃げ去った。
その2日後の事である。
エストロたちは再びこのオークと出会う事になる。
暗闇の中で、何かが何かを貪っている音が聞こえた。松明を掲げて照らすと、あの64のオークだった。そのオークは冒険者の死体を食っていたのだ。
「てめえ!」
「待ってくれ! こいつは死んでたんだ! 腹が減ってたン・・」
マッシが襲い掛かるよりも早く、エストロの剣は64のオークの喉笛を貫いていた。
「言い訳はいい。契約は履行される。」
オークは血を吐いて絶命した。エストロの言葉はきっと届かなかった。
(問答無用かよ・・。やっぱり、こいつから金を借りるのは止めた方がいいな・・。)
振り返ったエストロに、マッシは苦笑いした。
エストロは武器屋に入ると、短剣を眺めていた。
その短剣には短い柄と菱形の刃がついているが、装飾は無く、柄の末端がリング状になっている。それが20本ワンセットで売られていた。値段はかなり安い。
「店主。これはどうやって使う?」
店主はやる気が無さそうにエストロを見つめる。ここの武器屋は商売っ気が無くともそこそこ売れる。冒険者たちが武器の補充にしょっちゅう訪れるからだ。今も数人の客が武器の値踏みをしている。
「そいつは、クナイと言う手裏剣でさあ。暗器のように使う事も出来るし、逆手に持って土を掘ったり、足場にしたりと用途は色々。でも威力は大したことがありませんがねえ。」
確かに冒険者には魅力の薄い武器なのだろう。鎧を纏った兵士同士の戦いでは、こういう武器より打撃系の武器の方が威力を発揮する。魔物を一発で仕留めるにはロングソードなどの強力な武器の方が人気がある。こういう暗器のような武器は人気が無く、飾ってあるクナイにはうっすらと埃が積もっていた。
「店主。細長い丈夫な紐はあるか?」
「ええ、ありますよ。柄の握りの修繕用の紐ならね。」
そう言って店主は細くて丈夫な紐を見せてくれた。金糸や銀糸が混じったカラフルな物もあったが、エストロは漆黒の細い紐を手に取ると引っ張って見たり、柔らかさを指で確認したりしている。
「お客さん。お手柔らかにね。」
「しなやかで髪の毛を撚ったみたいな感じだな。」
「でしょう。かなり丈夫ですよ。鈍らじゃ切る事も出来ねえです。」
「こいつを20束貰おう。それとあのクナイとかいう短剣もな。」
エストロはウルミーの稽古の過程で投げナイフの訓練をしていたことがある。その時にはナイフに紐を付けて練習していた。いちいち投げたナイフを取りに行くのが面倒だったからなのだが、けっこう彼には性に合っていたと見えて、やがて自在に使えるようになっていった。習った訳ではない。いわばエストロが編み出した我流の武術である。
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繩鏢という武器が中国にある。
3~5m程の縄を棒状の刃物に括り付けた暗器で、急所を目がけて投げたり、縄を使って威力を増して攻撃したり、多人数を相手にする場合も振り回して攻撃したりできる。
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「マッシさん、マッシさん。」
ギルドのフロアで、ピノアがマッシをつついた。
「あの人、かなりイケてますよー。」
ピノアの指した方向には、カウンターでギリアンの魔窟への入窟許可申請をしている一人の魔法使いらしき人物がいた。その人物は黒いローブのフードを被った老人のようだった。後ろ姿で相当な猛者だと分かる立ち居振る舞いだった。
マッシは一目見てこう言った。
「なるほど。こいつは凄いさ。凄いに決まってる。」
ニコニコと笑うマッシにその老人は気づき、にっこりと笑うと片手を上げる。
そう、彼こそ待ちに待ったカイドーだったのだ。
時々、本編以外に後書きを考えている時がある。
特に最近は2話先くらいまで書いているので、これを投稿する時はこういう後書きを書こう・・。とか考えている訳です。
ところが・・・実際投稿する段になると、すっかり・・・。
人間は忘れる。 病気でなくともいろんなことを忘れる訳です。本当に嫌になっちまいますぜ。
ところが、最近の脳科学では人間のメモリーの限界を超えないように脳が自ら忘れる工夫をしているのだとか。でもそんなに記憶してないけどな。忘れたい記憶はずっと残っているし。忘れたくない記憶も忘れてしまっていることもあるし。でもしょうがないよ。人間だもの・・。(みつお)
今回、奴隷の事を少し書いた。こういう物語だもの、きっとある話だろうと思う。
人が人を差別する事は、決してあってはならない事だと・・は自分も思う。いや思っていた。
ところが、昔の友達の話を聞いて仕方のない事なのだろうと思うようになった。
人は誰よりも自分が好きなのだ。他人の誰かよりも自分は優れていると思いたいのだ。自意識過剰とか、承認欲求が強いとか、ナルシストとかではなくても、普通に生きている誰もがそう思っている。多分意識していない。
だから(友人の話だけど)人は自分の優位を別のジャンルに求める事で自分の優位を確立する。
どういうことかと言えば、走るのが早い人と絵を描くのが上手い人は別でいいと言う考え方だ。
両方が優れていれば、それに越したことは無かろうが、オールマイティーでなくてもいいという事だ。
だけど、そこでやはり差別と言う物が生まれる事になるでしょ。だから仕方がないと思うのだ。もちろん、肌の色が違っているからとか、どこぞの国の人間だからだとかで、まとめて差別するのは良くないと僕は思うけど、心の中ではきっと無意識に差別している。それがなければ自分のアイデンティティーが崩壊してしまうからではなかろうか?
これからも奴隷の話は出て来る。
主要なキャラの中にも元奴隷だったキャラもいる。(まだ明かしてないけど、想像つくだろうなあ)
ちなみに僕は、ニャンコの下僕である。




