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魔芒の月  作者: 弐兎月 冬夜
43/63

魔滅の刃 ミナイの村編 其の四

「理由は分かりませんが、魔物は人間を食べる事で、人間は魔物と戦い倒すことで魔力が上がります。それはご存知でしょう。ぢゃ。」

 グラはコクリと肯いた。

「そろそろ、休憩にしようぜ。」

 返事も待たずにドレイクは馬車を止めた。

 木立の生い茂る森の中。木漏れ日が暖かかった。

ドレイクは馬車から降りると、剣を腰に差して大きく伸びをする。これからルーティーンの剣技の練習を始めるのだろうか?

「何か獲物を探してくる。なんか、肉が喰いてえ気分だ。」

ドレイクは笑いながら後から降りて来たグラとポッターに笑いかけた。

「では、大物を期待してますよ。ぢゃ。」

「私たちは小枝でも拾っておくわ。」

 ドレイクは馬を馬車から外して木に繋ぐと手を振って茂みに消えて行った。ポッターは得意の木登りで近くの木に登ると、枝に絡まっている枯れ枝を外して落とす。グラがそれを拾って一か所に集めた。

「もうこれくらいでいいんじゃないかな。」

 グラはポッターの授業の方が気になるらしい。

乾いた地面に枯れ枝を集め、馬車から毛布を持ってくると、その周りに敷く。

「続きを聞かせて頂戴。ポッター先生。」

 ポッターは少し照れたような仕草で、座ったグラの前に来た。

 コホンと空咳をする。

「魔法には3つの要素が必要です。ぢゃ。」

「魔力と魔素と契約ですね。」

「ですぢゃ。魔法は無造作に作り出される夢物語ではなく、いわば数学的な理論を伴う技なのです。魔力の量と、使用される魔素の調合によって魔法は発動されますが、契約が無ければその発動呪文(スペル)を使用することが出来ません。ぢゃ。」

 グラにとってはコールレアンで最初に学ぶ内容ではあったが、ポッターの話を興味深く聞いていた。ふと、コールレアン修道院で魔法学の授業の講師だったゾーフィー先生の事を思い出した。

「先生。因みに契約は誰とするんですか?」

 と質問した。

 グラは小さいときから簡単な魔法が使えた。彼女が契約を結んだ為でなく、魔法使いだった祖母の契約を引き継いでいたからに他ならなかった。魔法の場合は師から弟子に無条件に契約を引き継ぐことが出来た。ギース教の場合、創始者ギース・クエストの弟子たちという意味合いで、神魔72柱の神<Ψ=コーパス>との契約が自動更新される。Ψ=コーパスは魔法使いにとってもっともポピュラーな神と言って良い。今の魔法使いが使う魔法のほぼ全てを網羅している。(Ψ=コーパスと契約を結んだ者は契約の印として体のどこかに”Ψ”の痣が浮き出る)ただ、あまり一般的ではないが、望めば複数の神や悪魔と複合契約を結ぶことも出来る。

 その時ゾーフィー先生は当然Ψ=コーパスの名を上げた。

 試しに同じ質問をポッターにもグラはしてみた。

「そうですね。72柱と契約を結ばなければなりませんが、特に誰が良いとか悪いとかはないです。要は使い方ですぢゃ。ただ、O=ディーン、Z=ウースの2神とS=タンの悪魔王は現存するほぼ全ての魔法を使えますのぢゃ。Ψ=コーパスは一般的で汎用性が高いのですが、それが悪いという事ではありません。ぢゃ。」

「先生が上げたO=ディーン、Z=ウースの2神とS=タンの悪魔王と契約した人を私は知りません。先生は誰と契約しているんですか?」

「僕はいくつかの神と契約を結んでいます。その一人の所に我々は向かっていますのぢゃ。」

「医療の神様ですか?」

「違いますぢゃ。」


 言い忘れていたが、カイドーがミナイに向かった後、シュセ、ホーク、サラ、ユンは別の馬車で北西に向かった。ガルマン帝国に向かうには反対方向だが、その情報をヴェルダンディはギース教上層部に話すだろう。ヴェルダンディはギース教が追っ手をかけるかもしれないと言っていた。そこでシュセはいったん北西の小国オーランドへ入り、そこから海路でガルマン帝国へ向かう事にしたのだ。一方、ポッター、グラ、ドレイクの3人は南に向かっている。グラのたっての頼みで、ポッターの秘術を習得するため、南東の国に向かっている途中なのだ。


「僕がなぜ魔法学を習得した貴方に、こんな初歩的な話をするのか? その理由を説明しましょう。ぢゃ。」

 グラは真剣な顔をポッターに向けた。

「例えば光眩惑呪文(ボコノワル)という呪文は杖の先や指先から激しい光で敵の目を潰す呪文ですぢゃ。ところがある魔法使いが、ダンジョンなどで光を押さえ、松明代わりに使う事を考えだしましたのぢゃ。そしてそれは進化し、浮遊する光の玉として灯り代わりにするようになりましたのです。ぢゃ。」

「ぢゃ。」

 グラにもポッターの口癖がうつった・・・のか?

「つまり、魔法は進化する。させる事が出来る訳です・・・ぅ・・・・ぢゃ。」

 またポッターは空咳をすると、火炎弾呪文(フィラ)を唱えた。 

ところがその火炎弾はポッターの前脚からゆっくりした速度で離れると、ポタリと地面に落ち、人間のような形になるとクルクルと踊り始めたではないか。

「え、こんなことが・・・!」

「魔法は大まかに4つのエレメンタルに大別されます。火炎弾呪文(フィラ)は当然≪火≫ですが、動かして敵に当てるために≪風≫の要素も必要となります。この炎には≪水≫や≪土≫の要素も含み、造形を替えて動かしていますのぢゃ。」

 ポッターが前脚をついと動かすと、人型の炎は踊りながら焚火にするための小枝の山に飛び込んだ。

「貴方のこれからのステップは、魔法を意のままに操る事です。いわば応用編ですぢゃ。」

 グラはパチパチと爆ぜる焚火を真剣な面持ちで見つめている。

「貴方の一番得意な防御呪文は何ですか? ぢゃ?」

光覇壁呪文(ミュランベル)です。」

「では、やって見せてください。ぢゃ。」

 グラが光覇壁呪文(ミュランベル)を唱えると、グラの周りにドーム状の光のバリアが張られる。ポッターはクロッサスの鈎爪を出すと、グラの光覇壁呪文(ミュランベル)を一撃で破砕した。

「ではもう一度。今度は全詠唱(コンプリート)でお願いします。ぢゃ。」

 呆然とするグラは真剣な表情で光覇壁呪文(ミュランベル)全詠唱(コンプリート)した。

また、ポッターはクロッサスの鈎爪で攻撃したが、今度はそれを跳ね返した。グラがニヤリと笑う。打ち砕かれた自信が少し戻ったようである。

「なるほど。素晴らしい出来ですぢゃ。では・・・」

 ポッターは馴染みのない呪文を口にした。

 突然、グラのバリア内部の土が一瞬で盛り上がり、槍となってグラを襲った。槍はグラの顔面でその切っ先を止めたが、グラは失禁しそうになるほどの恐怖を覚えてガタガタと震え出した。

「この呪文は、ラグナロク様が作り出した極凍棘槍呪文(フロストホーング)と言う呪文ですぢゃ。この呪文を作り出したお陰でラグナロク様は悪魔と罵られたのですぢゃ。」

 ポッターの表情に翳りが走った。。

「まず、あなたに課題を出しましょう。ぢゃ。」

「・・・な、何でも言ってください。」

「最初の光覇壁呪文(ミュランベル)は弱く、僕のクロッサスの鈎爪で破砕されましたね。ぢゃ。」

「ぢゃ。」

「かと言って、戦闘中に全詠唱で守らせてくれるほど敵は甘くありません。ではどうするか?・・ぢゃ。」

「・・・分かりません。・・ぢゃ。」

 グラは項垂れた。

「答えは一つです。防御膜の密度を変化させれば良いのですぢゃ。つまり、攻撃されてくる方向の密度を上げて防御すれば良いのですぢゃ。ただし、これには危険も伴いますので、あなたの反応速度と呪文を操る能力の向上が不可欠になりますのぢゃ。」

「いったい・・どうすれば・・?」

「自分で考えろと言いたい所ですが、時間があまりありません。盾をイメージしなさい。のぢゃ。ドーム型の防御膜は全方位に対応できますが、均等に防御するために攻撃を受けない場所は無駄になります。その無駄な場所の力をある程度の大きさに集約するイメージですぢゃ。最初はドーム型を操作して膜の厚さを調整してみてください。最終的には手の平大の大きさにまで集約してくださいぢゃ。なあに、あなたほどの才能ならば、それほど時間はかからないでしょう。ぢゃ。」

「ぢゃ、それは・・・(けな)してから、持ち上げる手法ですね。」

 グラはにこりともせずポッターを見つめた。

「・・・身も蓋もないですぢゃ。」

 ポッターは眉をひそめて笑った。

 しかし、グラの顔色は冴えない。ポッターは『応用編』とさらりと言ってのけたが、それは並みの苦労ではない。算数が高等数学に変わるようなものだ。所詮理解できない人間には一生かかってもその謎は解けないだろう。今まで無意識に魔法を使っていただけに、どうすればよいのか見当もつかなかった。

 ガサガサと茂みを分ける音がして、呑気そうに2羽の獲物をぶら下げたドレイクが現れた。

「鳥肉だ。ご馳走だぞ、今日は。」



 マヌルカン教会の地下・・・。

 教皇と4大司教とヴェルダンディがいた。

コールレアン壊滅の報を受け、重傷を負っている影の院長であるヴェルダンディを急遽呼び寄せたのである。

 ヴェルダンディの傷はまだ癒えてはいなかったが、従者の修道士たちに抱えられ、なんとか椅子に座っていた。

 ヴェルダンディは襲撃のあらましを説明し、ボーマン院長が裏切ったミューラー神父に殺されたことを告げた。町の様子については死傷者、行方不明者の数と損害を伝えるにとどめた。意図的にホークたちの活躍を隠したかったのである。

 しかし、それは無駄だった。幾人かの生き残った修道士たちからの聞き取りの報告がすでに上がっていたからだ。

「ラグナロクの転生者を何とかせねばなりませんな。」

 口火を切ったのはフェルマーである。ギース教の威信を守るためにも、ギース教部外者のヒーローを放置しておく訳にはいかない・・と彼は考えている。前の定例会議の際にも、彼らを拘束して行動を制限すべきと発言していたのだが、フィポナッチがエグランとの盟約を盾に反対した。拘束する理由もなしに捕縛してはかえってギース教の為にならないと言ったのである。ライプニッソはフィポナッチの案に傾いていたが、アレクスが様子見を提案した。オイラーはニコニコと笑いながらアレクスの案を採用して彼らを観察するという事になったのである。

 そこで監視役としてマヌルカン教会の精鋭が密かにコールレアンに送られる手はずとなっていたのだが、その前にコールレアンは急襲され、壊滅した。

「お待ちください。彼らはコールレアンの住民を救いました。いずれこの話は全国に広まるでしょう。そうなれば民衆の中にはギース教に反駁する輩もでるやもしれません。」

 ヴェルダンディは司教たちをけん制した。

「人の口に戸は立てられん。だが、将来ギース教を脅かす存在に成長してからでは遅すぎる。禍根は早めに断っておくに限る。」

 元は武人だったライプニッソらしい発想だった。一同は沈黙した。

 その沈黙を破ったのは教皇オイラーだった。

「・・ではこういうのはどうだろうか。」

 オイラーが頬杖をついたまま、ぼそりと言った。

「ラグナロクの転生者たちはミューラー神父に魔法をかけて操っていた。その手引きでロアの軍団を引き込み、コールレアンの町を襲った・・・。」

 オイラーの顔が愉悦で歪んでいる。

 一同の視線がオイラーに集まり、身震いする。

「ですが、エグランではすでに英雄視されています。それが急に・・」

「エグランは騙されていた。本当はロアの軍団の尖兵だった。なかなかいい裏書きじゃないかな。」

 フィポナッチは口を噤んだ。

「素晴らしい。素晴らしい案です、教皇様。では、早速彼らを捕らえ、牢獄へと送りましょう。」

「駄目だ。聞けば恐ろしい程に腕が立つと言うではないか。行動を共にするカイドー一味(ファミリー)ともども始末してしまえ。」

 ライプニッソはフェルマーを上回る過激さである。

「それがいいね。すぐに彼らに懸賞金をかけなさい、そして賞金稼ぎ(バウンティ―ハンター)どもと闇社会に回状を回せばいいだろう。噂はすぐに広まるからね。ラグナロクの転生者はロアの軍団の手先だったと。」

 オイラーの目は更に夢見心地になっている。

「ひとつ・・問題があります。」

 東の大司教アレクスが顔色を変えずに言葉を発した。どちらかというと穏健派で通っているアレクスは争いを好まない。とはいえ、面と向かって教皇に反対する訳でもなさそうだった。

「カイドー一味(ファミリー)はギース教の賞金稼ぎ(バウンティハンター)です。よって彼らはギース教信徒でもあります。グラ・ネイズは追放されたとはいえ、かつてコールレアン修道院の修道士でもありました。また、ホーク・ガイバードら3人が入信していると言う報告はありませんが、もしギース教信徒であれば、ミューラー神父ともどもギース教異端者として大スキャンダルになりかねません。」

「その通りです。捕縛を前提として異端審問にかけるべきです。」

 ただし、結果は同じだろう。とヴェルダンディは思う。フィポナッチの発言は援護にすらなっていない。ところが、アレクスは別の案を出した。

「捕縛は当然として、私は改宗させるべきだと考えます。教皇のご威光を持ってエグランの3人を改宗させ、ギース教に取り込んでしまうのです。使い道は多岐にわたると考えます。」

賞金稼ぎ(バウンティハンター)どもはどうする? 奴らも信徒だと今言ったばかりだろう。」

「なかった事にするのです。一度はギース教を捨て、異端へと走った。さらにそれを再びギースの教えに従ったとなれば、ギース教の威徳は世界に知れ渡るでしょう。」

「いいな、それは。」

 オイラーの顔が輝きを増した。

「両方の作戦で行こう。彼らに宣誓させ、ギース教の信徒にする。出来なかったときは始末すればいい。」

 オイラーは自分の考えに酔っている。しかし、本当は折衷案と言うのが一番危ういのである。

「別に動きましょう。」

 アレクスはオイラーの案を修正しようとしている。

「フェルマー大司教とライプニッソ大司教は彼らを始末する方向で動き、私とフィポナッチ大司教は改宗させる方向で進むのです。()()()()()()()()恨みっこなしで行くのは如何でしょう?」

 その言葉にライプニッソがすぐに同調した。彼は現場を知る人間である。2択を迫る隙があれば、殺してしまった方が容易い事は十分理解していた。さらに、これは権力レースでもある。彼らが改宗するという選択は皆無に等しい。追われている理由が理不尽だという事は、彼らは瞬時に悟るからだ。生き延びる選択にすぐ舵を切るのは弱い者だけである。勝算は十分にあった。

 同様にフェルマーも彼らの情報を逐一リオネットから収集できる利点を伝えてはいない。分があると踏んでいる。これに勝てば次の教皇は自分かライプニッソが有利になる。ライプニッソは武力の優位を誇るが、国王ならばともかく教皇に必要な要素ではないと考えているからだ。

 ただ巻き込まれたフィポナッチが二の足を踏む。負ける要素の方が大きいからだろう。ただ、この博打に勝てばエグランの後ろ盾を得られることは必須。発案者のアレクスを大きくリードする事も出来る。結局、フィポナッチはその賭けに乗った。

(己の保身と出世にしか興味の無いバカ共が!)

 ヴェルダンディは(ほぞ)を噛む思いだった。

 ロアの軍団の恐ろしさを身をもって味わった事の無い彼らにとっては、ロアに襲われた人々など所詮他人事でしかないのだろう。ロアの軍団の一部は追い払った・・いや正確に言えば彼らは目的を果たし、自ら撤退していったのである。ロアの軍団は健在だし、衰えてもいない。そんな危機的状況の中で、頼りになる味方を攻める事が出来る神経が理解できない。

 ヴェルダンディも覚悟を決めた。

「よろしいかな?」

 ヴェルダンディが発言を求めた。

オイラーが手を差し出して発言を許可する。

「彼らは十秘宝の一つを求めてガルマン帝国に向かっている筈です。」

 オイラーはちょっと奇妙な顔をした。

「有益な情報ありがとう。では早速支度にとりかかりなさい。」

 オイラーは散会を命じ、席を立った。

他の大司教も各々席を立ち、公式瞬間移動魔法陣(パブリックゲート)へと向かって行った。ただ、アレクス大司教だけが席を立ってヴェルダンディの元へ近づいてきた。

「災難でしたね。御付きの修道士を私が呼びましょう。」

「ありがとうございます。アレクス大司教。」

「少し、お時間が取れますか?」

 ヴェルダンディはアレクスの真意を測りかねて即答できなかった。

「貴方とお話がしたいのです。ロアの軍団の事についてもね。」

 ヴェルダンディはアレクスを怪しみながらも申し出を了承した。

 アレクスは修道士を呼ぶと、ヴェルダンディを自分の公式瞬間移動魔法陣(オフィシャルゲート)へと案内し、東の拠点ホーマグレス大聖堂へと誘って行った。



 ホーマグレス大聖堂の一室はきれいに整頓された清々しい部屋だった。

ヴェルダンディはここに来るのは初めてだったが、修道士たちの物腰も穏やかで躾が行き届いていた。大聖堂だから豪奢な作りにはなっているものの、装飾は簡素な物も多く静謐である。部屋の中にも装飾品と呼べるものはほとんどなく、鎧戸が開け放たれた部屋には弱弱しい陽光がほんのりと部屋を暖めていた。御付きの修道士たちに運ばれてヴェルダンディは居心地のいい安楽椅子に掛けさせられると、タイミングを見計らったように聖堂の修道士が現れ、紅茶を入れてくれた。少しではあるがビスケットもあった。

 しばらくしてアレクス大司教が現れた。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません。少し所用が入っていたものですから。」

「いいえ、御心配には及びません。お心遣い感謝いたします。」

 ヴェルダンディはあくまで儀礼的である。会議の件で希望が見える方向に修正してくれたとはいえ、心を許せる相手ではなかった。なにより教皇や他の大司教がラグナロクの転生者と呼ぶのに対し、アレクスはホークの名前を言い、グラの事まで知っていたからだ。異常なまでに執着があるか、無いにせよ侮れない諜報力を持っているに違いなかった。

「時に、ランスロット城の方は如何でしたか?」

 アレクスは静かに座った。

「特に何もありませんでした。報告書に書かれていた事以上の事は。」

 それも本当の事だった。

「そうですか。竜騎兵団はどうしています?」

「今はコールレアン修道院の片づけの指揮を執っている事でしょう。なにしろ主だった者は皆死んでしまいましたから。」

「・・いずれフィポナッチ大司教からホークたちの追撃を命じられる事でしょうから、休む暇もありませんね。気の毒な事です。」

 アレクスは自分の紅茶のカップを口元まで運んで、ヴェルダンディにも「どうぞ」と促した。

 ヴェルダンディはゆっくりとした動作で紅茶を飲んだ。

「少し本音でお話をしたいので、人払いをお願いできますか?」

 ヴェルダンディが視線を送ると御付きの修道士二人は軽く会釈して部屋から出て行った。それを見届けると、アレクスは世間話でもするようにゆっくりと話し始めた。

「私は今のギース教の在り方に疑念を持っています。」

 迂闊に返答できる発言ではなかった。誘導かもしれないのだ。

「御覧になって分ったでしょうが、今度の件に対しても肝心な部分が抜け落ちています。本来であればロアの軍団に対する対策を一番に検討せねばならない筈です。なのにギース教の保身が一番になっています。民を守り、民の為に戦う使命が我々にはあらねばならない筈です。こういう時、強力な味方同士を戦わせることがいかに愚かな事か誰も分かっていない。」

 その通りだ。と言いたかったが、ヴェルダンディはアレクスの事をよく知らない。穏健派であり、高潔な人物だという事は噂では聞いているが、それが真実かどうかは分からないからである。

「警戒しておられるのも無理はありませんが、私は貴方の力をお借りしたくて本心を話しています。貴方は貴方なりに人々を憂い、何とかしようと心を砕いておられるように見えました。そして、何か覚悟を決められ、ホークたちの行先を報告した。私はあれをフェイクと思っています。・・・いいえ、そうではありませんね。追撃を攪乱するためのミスリード・・。そうでしょう?」

「いいえ、本当の事を話しただけです。」

 それは嘘ではない。

「それはそうでしょう。ガルマン帝国に我々の力が及ばないことは周知の事実です。ただ、コールレアンからガルマンへ向かう道筋に注目させたかった・・・違いますか?」

 アレクスの細い目は、静かではあるが鋭い光を放っていた。

「もしそうだとして、大司教はこの老婆をどうしたいとお考えじゃ? 捕らえますか? それともこの場で始末されますのか?」

「・・ハハハハハ。物騒な事をお考えですね。申し上げた筈です。貴方の力をお借りしたいと。私は貴方の<魔女ネットワーク>の力を借りて彼らを守りたいと考えています。貴方もそうするつもりだったのでしょう? 私は本心をあなたに打ち明けました。罰を受けるなら私も同罪です。私を蹴落としたい輩はここにもいますからね。」

「ふふん。どうしてそれが本心だと? 信じろ、とおっしゃるのじゃ、アレクス大司教殿。」

 二人の間にピリリとした緊張が走った。

「まあいいでしょう。ですが、これだけは心に留めておいてください。私は()()()()の味方です。」

「留めておきましょう。ではもうよろしいかな?」

「ええ。」

 アレクスは外で待っている修道士を呼んだ。



「いかかでしたか、アレクス大司教は?」

「目立たぬが、恐ろしい男じゃ。」

コールレアンに着くなり、ヴェルダンディは修道士の問いに答えた。この修道士はヴェルダンディの腹心の部下である。彼女の持つ<魔女ネットワーク>は公式の物ではない。彼女がコールレアン修道院の内情を探るために密かに作り上げた組織で上層部も知らない筈だった。コールレアンの瓦解で何人かは部下を失ったが、それでもネットワークのメンバーは残っている。それに賞金稼ぎ(バウンティハンター)の中や他の教会にも密かに送り込まれているメンバーがいる。

 それゆえ、今はギース教の中核から抜ける訳にはいかなかった。アレクスを売る事も視野にはあったが、彼はネットワークの存在を知っていたし、今はそうする事が得策ではないことも十分承知していた。

「カルラ。お前さんに頼みがある。」

「何なりとお申し付けください。」

「ボーマンの隠し財産を別の場所へ移す。それも早急にじゃ。」

 ボーマンの隠し財産については告発する直前だった。その前にロアの軍団の襲撃があり、ボーマンは死んでしまった。今は持ち主のいない金である。

「それは、横領という事になりませんか?」

「かまわぬ。責は儂が一人で受ける。いずれにしろ今後は金が要るじゃろう。ホークたちを支援する事がひいては民を守ることにつながる。金はその為に使うのじゃ。何も自分の事を正当化しようとは思わぬ。だからその責めは儂一人が被ればよい。」

「お供いたしますわ。」

「馬鹿な事をお言いでないよ。お前さんはまだ若い。婆に付き添って死ぬアホウがおるか!」

「バカは承知でございますわ、ヴェルダンディ様。他に御用はございませんか?」

 カルラは涼やかな笑顔を浮かべていた。

「・・・エシャロッテに連絡を取りなさい。今頃はミナイにいる筈じゃろう。カイドーたちを陰ながら警護せよと伝えるのじゃ。」

「承知いたしました。」

 カルラは深くお辞儀をして足早に部屋から出て行った。



「ヴェルダンディはどうでした?」

「喰えない婆さんだったよ。お互い腹の探りあい・・と言った状態かな。」

「どうなさるおつもりです。」

 司祭が聞く。彼もまたアレクスの腹心である。

「どうもしないさ。・・今はね。互いに利用させてもらうという所かな。」

「あの老婆。まさか教皇に告げ口したりはしないでしょうね。」

「しないな。今は私を失う訳にはいかないだろう。それに忙しい筈だ。」

「ならばようございますが・・・時に、定例会議ではどのようになりましたか?」

 アレクスはビスケットを摘まんで答えた。

「つまらんな。予想通りだ。誰もが次の教皇の座を狙って点数を稼ごうとしている。私もその一人だがね。」

「・・大司教に教皇になってもらわねば、私たちが困りますよ。」

 アレクスはビスケットを齧ると、醒めた紅茶をすすった。

「そうなる為に努力しているよ。彼女の動きから目を離さない事だ。」

「御意。」

「それにしても困ったものだ。権謀術策の渦中にいると、本心を話しても信用してもらえんらしい。私は誠心誠意話をしたつもりだったのだがね。」

 本当にそうだろうか。と司祭は思う。

彼の名はリオネート。アレクスの腹心の部下で彼の諜報組織<ストリクス>を取りまとめている。

 アレクスは全ての武器に勝るものは情報だと考えている。だから秘密裏に情報組織を作り上げた。しかもただの諜報組織ではない。メンバーは皆、武闘訓練を受け、必要とあらば暗殺もこなせる。その彼らをもってしても<魔女ネットワーク>は謎であった。組織の名称とヴェルダンディたち3姉妹が運営しているという事以外はほとんど分かっていなかった。アレクスはよほどメンバーを厳選していると見ている。しかもヴェルダンディの就任直後に作られた物ならば、規模は相当大きいとも想像出来た。それをヴェルダンディごと自分の傘下に置くつもりなのではないか?

 リオネートの脳裏に、ふとそんな考えがよぎった。

 突然、自分を見つめているアレクスに気が付いた。

「君もそう思っているだろう?」

「い・・いえ、決してそのような事は。」

 アレクスの口元が微笑んだ。

そして彼に下がってよいと指示し、窓から見える穏やかな風景に目を移した。

「どうもいかんな。知っていることをひけらかし過ぎた。自戒。自戒。」

 何がおかしいのかアレクスはクスクスと笑いだした。

さて、後書きなんですけど。

今、ミステリーの作品を書くためにこちらを書き溜めています。

けど、なんか更新しちゃうんだよね~。

ところで、キャラがどんどん増えて行く。

ホントは、モブで終わりのはずだったのに。

ひょっとして、デイチィも後でまた出てくるかもしれない。

仮に、デイチィが出ても、やっぱりポンコツだろうけどね~。

それはさておき、これからどうなっていくのか?

実際、自分の予測しない話になりつつあって、作者自身が戸惑ってまーす。

実は、こんなに長い話になるとは思わなかったのであります。

では、今回もお楽しみいただけたら最高です。(まだあるかな?)

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