魔滅の刃 ミナイの村編 其の弐 下
「うぉ~い。やっと来たぜ、来ましたぜっと。」
「ひやあー。もうゾンビはこりごりだぜ。」
「文句言ってんじゃないよ。こっからが本番なんだから。」
「まあ、私たちならこのくらいは楽勝ね。」
暗い階段を降りて来たのは4人の賞金稼ぎである。
スキンヘッドの大男の二人はどうやら戦士で、顔がそっくりである。一卵性双生児らしい。また、黒い大きなツバ付きのとんがり帽子をかぶった魔法使いらしき太った中年の女性と、神官のような服装の細身の中年女性の二人はスキンヘッドの兄弟に続いている。この二人も双生児だが、顔は似ていない。
この4人はギース教の賞金稼ぎの中でも5本の指に数えられる名うての賞金稼ぎで、通称<ツイン・ツインズ>と呼ばれている。彼らは何か月かに一度、ここギリアンの魔窟で魔物を狩り、多額の賞金を稼ぐ。なにせ方々へ出かけなくて済むから効率がいい。
「それにしても変だね。前よりも魔物の数が増えてる気がするよ。」
チームリーダーの魔法使い、エシャロッテが光覇眩惑呪文を唱えた後にそう言った。
「これもロアの軍団が現れたせいかもしれないわね。」
エシャロッテの妹のコレッタが浄化青光呪文を唱える。二つの光の玉は合わさって煌々とした光を灯した。浄化青光呪文には浄化作用があり、低級の魔物を寄せ付けない。中級以上の魔法使いがダンジョンに入るときはこの二つを混ぜて使うのが基本である。
「いいじゃねえか、どうせ5層は探索済みだ。ここなら多少魔物が増えても問題ねえ。」
スキンヘッドのマッティオが自慢の手斧をカチンと鳴らす。
「そうとも。なんせ4層までじゃ大して金にならねえからな。」
マッティオの兄のハーベックがニヤリと笑う。
そう、彼らの目的は賞金ばかりではない。4層まではほとんど見る事が出来ないが、5層以下の層には魔石が落ちている。魔石とは魔力を蓄えた石で、高値で取引される。なぜ魔石が魔力を持つのかは分からないが、一説によれば、魔物の死骸が固まってできた物とも言われるし、魔素や瘴気が凝って出来るとも言われていた。いずれにせよ、魔物の多く集まる場所に見られる事は確かだった。
「変だねえ。魔物の気配がほとんどないよ。」
5層に降りてから30分ほど歩き回ったが、お出迎えは無かった。4層までの魔物の多さからはありえない状況である。
「いいじゃねえか、とりあえず魔石を拾いに行こうぜ。」
彼らには魔石の多くある秘密の場所があるらしい。
第5層は4層までと違って、居住区ではあるが身分の高い人々が暮らしていたらしく、作りもごつごつとした岩肌ではなく、壁も床も滑らかで平らである。天井はアーチ型をしていて更に高く、通路の幅も格段に広い。ただ、遺跡にある宝物の類はすでに盗掘にあってめぼしい物は無い。
アーチ形の通路を進んで目印を付けていた通路を右に曲がると、やがて大きな広間に着いた。ここに隠し扉があって別の広間へと行くことが出来るのだが、この通路沿いに多くの魔石が落ちているのだ。
「たしかこの変だったよな。」
ハーベックが壁を丹念に調べていると、彼らの後ろから少女の声が聞こえた。
「おじさんたち、何を探しているの?」
はっとして振り返ったツイン・ツインズの前に白いフリルの付いたフランス人形のような少女が立っていた。4人は瞬時に戦闘態勢に入った。こんな所に人間がいる訳が無いからである。
「あらやだ。おじさんたち私と遊んでくれるの?」
「火球弾呪文!」
少女の問いに答えず、エシャロッテが呪文を唱えた。
オレンジ色の火球弾が、一直線に少女に放たれたが、少女はその火球弾を右手で振り払った。
「油断するんじゃないよ! こいつ、手ごわい!」
ハーベックとマッシオの二人が駆け出す。左右から同時に攻撃を繰り出すつもりだ。そこへエシャロッテが火球弾呪文を正面から撃ち、コレッタが氷手裏剣呪文で上空を遮り退路を断つ。彼らの必勝パターンである
しかし少女は動かなかった。
右手でマッシオの手斧を押さえ、左手でハーベックのメイスを押さえ、エシャロッテの火球弾呪文をそのまま体で受けた。彼女の左手は血まみれになり、フランス人形のような白いドレスは火球弾呪文の炎でメラメラと燃え始めた。
「ああ・・いいわねえ。この血の臭い。後は貴方たちの悲鳴が聞ければ最高だわ。」
4人は恍惚の表情を浮かべ、嬉しそうに笑う少女に恐怖を覚えた。
「それにしてもよぉ、いったい何だって言うんだ、あの女!」
裸足で家を飛び出して来たマッシは塀の角で靴を履きながら毒づいている。
酒宴が始まって友好的なムードは一変し、契約破棄だの、不履行だの、違約金がどうのこうのとひと悶着があった後、エストロとマッシはコバチの家を飛び出すように出て来たのである。エストロは取り合えず契約後だから破棄は認めないと言い張り、ウルミーとダイヤを置いてきたのだが、少し不安そうである。ただ、タタンバは残しておけないので、繭化して連れてきてはいる。
「さあな。」
「訳も言わずにラグナロクの身内の者に力は貸せぬの一点張りだもんな。」
「・・・・。」
「さあて、これからどうする?」
靴を履き終えたマッシが立ち上がってエストロに声を掛けたが、エストロは家の方をじっと見つめていた。ともかく、このままではロアの軍団とまともに戦えそうもない。とエストロは考えている。ミナイがダメな以上、他の手立てを考えねばならないかもしれない。
「まずはギルドに行こう。さすがにギルドの登録まで手を回すようなことはすまい。」
「じゃあ、行きますか。飯も食いてえしな。」
確かに日が傾きかけて夕暮れが間近に迫っているようだった。宿も探さねばならなかったが、最悪野宿でも構わないだろうとエストロも思っていた。
道を下りかけたところで、二人を追いかけて来たプラムに呼び止められた。
「あのう、お客様。」
「やあ、プラムさんだっけ? いろいろありがとう。何か忘れ物でもしたかな?」
プラムの息が少し弾んでいる。おそらく走って来たのだろう。
「主が大変失礼を致しました。」と・・そう言った後に、辺りを伺うようにして
「もしよろしければ、少しお話をさせていただきたいのですが・・・」と言った。
二人はほんの少し顔を見合わせたが、どのみち急ぐ用事などない。プラムについていく事にした。
ミナイ家から数100m程歩いた先にこじんまりした木造りの小さな店に入る。夕暮れは近いがまだ夕餉には早いとみえて客は誰もいなかった。軒下に下げられていた風鈴が時折チリンと鳴るのがいっそう寂しさを増す。
「この店ではミナイの食べ物しか出ませんが、よろしかったら何か召し上がりますか? もちろんお代は私が。」
「へえ、いいのか? 昼は飯抜きだったし、けっこう食うぜ、俺は。」
「構いませんよ。」
プラムは口に手を当てて嬉しそうに笑った。
年のころは30~40くらいだろうか? 使用人として長く勤めあげているせいか、身のこなしに隙が無く、コバチの屋敷にいた時には少しばかり冷たい雰囲気も感じたが、ここでは人のいいおばさんと言った感じである。それに、けっこう美人でもある。
メニューを見たが、二人にはどういう食べ物かよく分からないので、プラムが代わりに頼んでくれた。出て来た食べ物を見て、二人は目を丸くしている。
大ぶりの器の中に茶色い汁とその中に黒っぽい麺が入り、ねぎの薄切りと小麦粉で揚げた魚の揚げ物のような物がのっていた。エストロは恐る恐るその汁をすすると、パッと顔が明るくなり麺を口に運んだ。
「これは、バックウィートの麺か、旨いな。それにこのスープがいい。これはミナイの魔法か?」
「秘伝でございます。」
驚くエストロにプラムは笑って答えた。
マッシはフォークで麺を掻きこむと、両手で器を掴み熱いスープを一気に飲み干した。
「プハァーーー! もう一杯くれ!」
「秘伝とは申しましたが、これはミナイの伝統食の一つです。」
暖かい麦茶をすすって、プラムは答えた。マッシは器を五つ重ねて満足そうである。
「馳走になった。ところで、あなたのお話と言うのは?」
「・・まずは主の無礼、改めてお詫び申し上げます。」
プラムは椅子から立ち上がり、深く頭を下げた、
「使用人とはいえ、あなたに頭を下げていただく謂れは無い。要件を聞きたい。」
プラムは椅子に座ると、低いがはっきりとした口調で話し始めた。
「実はコバチお嬢様は、総領になってからまだ日が浅いのでございます。」
「どうりでなあ。生意気な訳だ。」
「お前は少し静かにしてくれ。」
「へい、へい。」
「続きを。」
プラムがまた頭を下げる。
「3か月ほど前、先代の総領であらせられたザルツ様がギリアンの魔窟でお亡くなりになったのです。詳細はいまだに分かりませんが、魔窟の5層辺りで突然強力な魔物に出会ってしまったのではないかと言われています。その折りに同伴していた奥様も生死を彷徨う大けがを負い、未だにその傷は癒えず、記憶を失ってしまわれたのです。」
「なぜ、職工のあなたたちが魔窟に?」
「魔石です。4層まではほとんど見つかることはありませんが、5層以下に行けば魔石が手に入ります。ミナイではそれを買い取って売り、一部は魔道具を作るための材料にします。ですが、近年冒険者が減り、その質も低下して、魔石があまり集まらなくなったのです。」
「先代は魔石を取りに行っていたという事ですか?」
「ええ。勿論先代は屈強な戦士でもありましたし、奥方様も優秀な魔法使いでした。とは言え二人で出向いたわけではありません。ミナイの強者たち10人が従者としてついて行きました。」
「全滅・・ですか。」
「ええ。」
プラムは悔しそうに俯いた。
「従者の中には私の夫も居ました。」
マッシがあんぐりと口を開けて、プラムを見た。
夫を亡くして3か月。職業柄とは言え、そのような事があったことなど今までおくびにも見せなかった。細身のその体に鋼のような強靭な意志が潜んでいようとは思えなかったのである。
「お嬢様は17歳と言う若さで、父親を亡くし、母親を失い、突然ミナイの全てをその両肩に乗せられたのです。」
「それと契約の話は別だ。私も本来は商人だ。例えどんな事情があろうと、契約した以上は履行するし、履行していただく。年や事情は関係ない。」
プラムはエストロをキッと見据えた。
「貴方様の情けにすがろうとお話ししたのではありません。私もお嬢様を補佐し、このミナイを守っていかなくてはなりません。先代が亡くなられたことは不幸な出来事ではありますが、それには事情があったからこそお話ししているのです。」
「・・・失礼した。貴方を見くびっていた非礼を詫びたい。済まなかった。」
今度はエストロがプラムに頭を下げた。
エストロという男は身分や性別に無頓着なのかもしれない。いい意味でこだわりが無い。
「頭をお上げください。先ほども申し上げたように、ミナイには魔石が不足しております。ですからあなた様たちのお力をお借りして魔石を集めていただきたいのです。失礼とは存じますが、先ほどの件は私も聞かせていただきました。貴方様たちの実力ならば早晩5層には辿り着くはずです。」
「お嬢様には無理だって言われたぜ。」
「いいえ。それは今の状態ならばと申し上げた筈です。ポッター様が同伴すれば6層くらいは可能と申し上げていたはずです。」
確かにそう言っていた。
「ポッターを連れて行けと?」
「・・・そうしていただければ私共には有難いのですが、それがあなた様の有益にならないことは私にも判ります。それに、ポッター様の負担が大きすぎる事にもなります。」
「まあ、危険は承知だがよ。まだ死ぬわけにはいかねえからな。」
ポッターの負担が大きくなれば誰かが死ぬ。それは賞金稼ぎとして今まで培ってきた経験と言う物だろう。マッシは少しだけ昔の事を思い出してプラムから視線をそらした。
日が落ちて、店の中には冒険者や、職工たちがポツポツと集まり始めた。店の中に少しずつ活気があふれ始めていた。
「私が総領を説得します。ミナイの誇りにかけて最高の魔道具を作って頂きます。ですから、不足分の魔石を何とか入手していただきたいのです。勿論、魔石は私どもが買い取らせていただきます。」
エストロは腕組みしてじっと考え込んだ。
プラムは凛とした表情でエストロを凝視している。
「・・申し出は判った。まずは魔石を扱える商人を紹介してもらおう。」
「え?」
「先に投資しておこうという事だ。魔石を先に私が買い取り、あなた方に魔石を預ける。そうすれば私のウルミーの出来上がりが早くなるだろう。魔石の値段は後金から相殺してもらう条件では如何かな?」
プラムは突然立ち上がり、深く頭を下げた。
「私のご無理な申し出に、寛大なお心で報いて下すった事、一生忘れません。」
プラムの足元に一粒の水滴が落ちた。
「ンンー。ところでエストロ。さっきから何か忘れてるような気がするんだが、何だろうな?」
「・・奇遇だな。俺もだ。」
しばらくして、二人が同時に「あっ!」と声を上げた。
暗くなった部屋にコバチはじっと座っていた。
テーブルの上には盃と冷えてしまった徳利。そしてエストロのウルミーが置かれていた。コバチはそれをじっと見つめている。
「お嬢様。夕飯の支度を致しましたが、いかがいたしましょう?」
障子の影から少女が恐る恐るコバチにお伺いをたてると、コバチはゆっくりと少女を見た。
「いい。今日は私の分はいらない。お前たちは食事を済ませてくれ。」
「ですが・・。」
「主の私がいいと言ってるのだ!」
コバチの声が荒くなっていた。
「しょ・・承知いたしました。」
少女はそそくさと立ち去って行った。煌々とした月の光がコバチの顔を青く染める。
突然、ドンとコバチの両手がテーブルを叩いた。
「ピューイ」
「心配ない。私は平気だ。」
コバチは左肩のヒジャクの触手に手をあてる。
その時後ろから突然声がした。
「少しばかりお話しさせてもらっても良いですか? ぢゃ。」
・・・忘れ物である。
えーと、文中コバチが17歳で飲酒しておりますが、日本のようなミナイの村ですけど、日本ではないのでご容赦願います。
それとバックウィートの麺というのは蕎麦の事でございます。載ってる魚介類の揚げ物はアナゴの天ぷらでしょうか? イメージ的にはそうなのですが、高地のミナイではエビとか取れないし、掛けそばにしようかとも思いましたが、ちょうどその頃おそばが食べたかったので天ぷらそばにしました。
もちろん私は海老天そばを頂くとしましょう。
蕎麦は古くからヨーロッパでも食べられてきた食材です。フランスではクレープのようにして食べるのが一般的だそうです。前の後書きか前書きに食事シーンが書きにくいと言った事があるんですけど、それはやっぱり今もそうです。調味料も塩とかお酢くらいしかなかった時代ですから。日本では醤油が代表的な調味料ですけど、醤油は江戸時代あたりかららしいですね。安土桃山時代辺りでは醤油ではなく、その手前のヒシリの状態だったらしいです。因みに調べて書いてる訳ではないので、ご容赦を。
さて、こんなにミナイの村が続くとは自分でも思っていなくて、そろそろ他の人たちにもスポットを当てたいのですが、エストロやコバチ、ドワーフのタタンバの話を思いついたりして、なかなか先へ進みません。バトルも今回はちょびっと出ましたけど、相手はもちろんアレです。相当前の出番だったので忘れられてるかもしれませんけど。アレがエストロたちとバトルするのかどうかは、まだ私にも判りません。(多分そうなると思いますけどねー。)
ではまた。ゆっくりお楽しみください。




