魔滅の刃 ミナイの村編 其の弐 中
コバチ家の庭にエストロの従魔が並んでいるその光景はある種壮観であった。
実はコバチの提案で、一応すべての戦闘力を把握しておこうという事になったのである。
ピノア <ウンディーネ> B-(ビーマイナー)
カスタ <トードノーム> C-(シーマイナー)
ヴィオロ <ドラゴン> B
ヴィオーラ <ドラゴン> B
タタンバ <ドワーフ> B-(ビーマイナー)
※ちなみにコバチが云うにはドラゴンは成獣であれば最低でもB級になるのだそうです。
そして
エストロ <人間> B-(ビーマイナー)
マッシ <人間> B
ポッター <ケットシー> A+(エープラス)
という結果になった。
※注 ヴィオロとヴィオーラの2頭はエストロが卵から育てました。
ちなみにスカウタのランク付けは大体以下の通りである。
※コバチの主観で、人間に例えてあります。
A+ 超人
A 英雄
A- 豪傑
B+ 達人
B 腕利き
B- ベテラン兵士
C+ 一般的な兵士
C 大人の男女
C- 子供、老人など
といった具合になるらしい。
因みにスカウタのランクは10段階で、A∔∔(エーツープラス)まであるそうだが、これは既に規格外で上限が無い。神魔72柱クラスと言えるらしい。
「さて、話を戻そう。」
魔物に囲まれたコバチは相変わらずお茶を入れている。もっともヴィオロとヴィオーラの2頭は大きすぎるので繭玉へと戻っていた。
「まず、あなたがレベルアップしなければ、召喚できる魔物はB-級以下という事が判明したわけだが、これからどうするつもりです?」
「楽してレベルアップをするつもりはない。その為にここに来たのだ。」
「では、ギリアンの魔窟に?」
「そのつもりだ。」
「俺もだ。」
マッシは話から外されないよう時々合いの手を入れる。
コバチはエストロの魔物をざっと見まわす。外見が戦闘向きそうなタタンバは本来は職工である。しかもまだ傷が癒えていない。ゆったりとお茶を飲んでいるピノアはウンディーネ。どちらかというと回復・補助魔法系だ。さっきの2頭のドラゴンは種族から言って戦いに向かない。それでもドラゴンであるからそれなりに強いのだろうけれどもギリアンの魔窟では役に立ちそうも無かった。
「あなたとあなたの魔物では1~2層くらいが限度でしょう。マッシさんを連れても3層止まりでしょうね。」
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ここで少しギリアンの魔窟について説明しておこう。
ここミナイが、かつて住んでいた古代先住民族が一夜にして消えたと言う事は前述した。人々の口伝によれば、そこに住んでいたのはギリアンという民族だったらしい。実は彼らの都市は地下都市国家であり、<ギリアンの魔窟>と呼ばれるものは地下に作られた王都なのである。一部地上にも彼らの住居は残っているのだが、これは残存する生活状態から見て下級の人々の住まいだった事は判っている。
地下都市の構造はと言うと、ミナイの高地のほぼ中央に半径1kmほどの巨大な穴があり、そこの内壁に住居が作られているのである。地下の4層まではそのような状態なのだが、地下5層以下はさらに穴が細くなり、内部が広くなっている。そしてそれが地下10層まで続く。おそらく4層までは穴でその底を更に掘って行ったものと思われた。
そして、その無人となった王都に、いつしか魔物が湧くようになったのである。王都の人間たちに上下があったように、出現する魔物にもレベルがあった。階層が深くなればなるほど、手ごわい魔物が棲んでいるのである。
そして、いつしかここに冒険者が集まり、修行の場と化した。冒険者のレベルアップはもちろんだが、ミナイとしても増え続ける魔物を抑止し、地上へ出て来る事を防ぎたい思惑も絡んでいる。ここにもギルドはあり、そのスポンサーの大手はミナイ総領であるコバチ・ミナイである。
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「昔は10層まで行った猛者たちがいて、ほぼその全容は判ってはいるものの、近年ではせいぜい5層にまで到達するのが精一杯のようだ。ポッター君を連れて行けば5層か6層くらいまでは行けるかもしれないが、あなたたちのレベルアップは望めないだろうな。パーティーとは言いながらも、ポッター君のワンマンパーティーになってしまうだろうからな。」
「・・・ぐ。言い返せねえ。」
マッシはポッターの実力を目の当たりにしたわけではなかったが、エストロから話を聞いていてその能力の凄さはよく分かっていた。
「貴方が言い返せないのは、あなたが強い証拠でもある。だから卑下することは無い。私から言わせれば、武器の無い召喚士とパワー型の戦士の二人ではレベルアップするのに時間がかかりすぎるし、そこに強力すぎる術者がいたら力がつかないのではないかという事だ。」
「おっしゃる通りだ。」
「それに、あなたの魔力量ではレベルアップしても、現状では追加できる魔物はA-級なら2体が限度。」
エストロの顔が曇っていた。
召喚する魔物を増やすには自分の魔力量も増やさねばならない。それ以上はいかに強い魔物と契約を結べたとしても、愚者の小箱に入れる事は出来ないのだ。コバチの言葉は淡々と彼の現状を指摘しているだけだが、彼には身を切られるほどつらい。このような自分がラグナロクの片腕として働くつもりでいたという事が情けなく思えて来る。裏を返せば彼にとってムラドーたちの存在がいかに大きかったかという証明でもあった。
「二つほど提案がある。」とコバチは言った。
「一つはポッター君を連れずに他のメンバーを探す事。出来れば同じレベル程度の魔法使いが望ましいだろう。それに猫は我が家の守り神、危険なギリアンの魔窟に連れていく事は反対だ。」
「いや、だから、彼はケットシーだって。」
コバチは庭の松の木をもう一度見て、お茶をすすった。
「いや、あれは猫だ。どう見ても猫だ。彼を連れていく事は私が許さん。」
「・・まあいい。確かにあなたの言う通りになるかもしれない。ギリアンへの同行者は他に誰かを見つけるとしよう。」
「それが賢明だ。」
エストロはいつものような高圧的な態度が息を潜めている。ミナイをおいて彼の望む魔道具を作れる所を彼は知らないからなのか。
「もう一つの提案とは?」
「もう一つはタタンバを私に預ける事。彼はこのミナイの里で働いてもらう。」
タタンバが驚いてコバチの顔を見た。
エストロの顔も曇っている。さすがに自分の部下を引き抜かれては面白くないだろう。
「心配しなくとも酷使するつもりはない。見たところ腕のいい職人だろう、君は。ここには同じように我らと共に働くドワーフの職人は何人もいる。」
「ホントか?」
「本当だ。疑うなら町を見てみるがいい。」
そう言えば、ここに来る途中に何度か職工に出会ったが、確かにドワーフもいた。
「ちょっと待ってくれ。さすがにその申し出には同意しかねる。タタンバは・・」
「スペースが空く。何もこのままここに縛り付けるという意味でもないさ。タタンバが望むならここにいてもいいし、ギリアンでレベルアップしてどこかに行くならそれについて行けばいい。何も繭化していなくとも構わないじゃないか。」
「ムゥ・・それはそうだが。」
「あっしはそれでいいですよ。お許しさえ頂けたら。」
エストロは渋々承知した。
「じゃあ、じゃあ、あたしは?」
「お前は、今まで通りだ。」
「ちぇー、つまんなーい。あたしは戦闘向きじゃないってば。」
ピノアは残ったお茶を飲み干した。
自分では戦闘向きではないと言いながら、ジョーグたちとの戦闘では防御魔法を駆使して戦っていた。本来は回復系の呪文が得意なのだが、水系の攻撃魔法も使用することが出来る。脳天気ではあるが、エストロには欠かせない存在である。
「さて、話を戻そう。」
コバチはエストロを改めて見直した。
「エストロさん。貴方の要望に、前半は答えられるが、後半は難しいと言った。」
二人は肯いた。
「理由の一つは魔石の量が足りない。今ここにある魔石の在庫量では残念ながら、ご希望に沿う物は作れないかもしれない。もう一つは剣に自分の意思をくみ取って戦えるようにしたいと言った。それには犠牲がいる。」
「犠牲?」
「ミナイにはツクモ神という伝承がある。どのような道具も100年大事に使い込んだ物には魂が宿ると言う言い伝えだ。魔道具をそこまでの水準に高めるには誰かの魂が必要だと行く事だ。あるいは長年使い込んだ愛用の器物でも、あなたが大事に使い込んだ物であれば可能かもしれないが・・果たしてあなたの意思に反応してくれるかどうかは一種の賭けになる。」
エストロは深く考え込んだ。
「ならば・・これはどうだろう。」
エストロは一つだけ解呪しなかった繭玉を出した。少しだけ彼の顔に翳りが差している。
「出来れば出したくなかった。」
エストロがその繭玉を解呪すると、出て来たのは2本のドラゴンの指であった。
ピノアとタタンバにはそれが何の指かすぐにわかった。
「この指は、我が一族に代々忠誠を誓って戦ってくれていたドラゴンの指だ。もし、この指でダメなら私は諦める。」
出来た物がB級にとどまってもいいとエストロは言った。それを使うという意味だ。
コバチはヒジャクを使って指を丹念に調べている。
「・・うむ。これならいけるかもしれない。魔素の量も十分すぎるほど残っている。」
「ピューイ。」
ヒジャクが応答した。
「さっきから気になってるんだが、その鎧のような物は貴方の魔道具なのか?」
「・・・そうではない。弟だ。」
苦々しそうにコバチが言った。これ以上は話したくないと言う態度がありありと見える。
「弟・・?」
「そうだ。魔道具だが弟だ。これ以上は言いたくない。」
「分かった。もう聞くまい。」
「あのなあ。俺の方はどうなっているんだ?」
しびれを切らしたかのようにマッシが言う。
「そうだったな。マッシさんはどのような剣がお望みなんだ?」
「・・・・そうだな。とにかく切れる剣がいい。丈夫で長持ち。」
マッシに具体的な希望は無いらしい・・・。
「・・・・それなら普通の剣を大事に使えば良いではないか。」
「・・・いや、まあ。でも・・・さあ。」
「ならば、具体的にどういうう剣が欲しいのか改めて考えてくれ。」
と・・コバチはそっけない。
「では商談だ。エストロさん。貴方の要望通りの剣が出来たとして、代金は1本につき2000リョウ。半金は前払いで、要望通りの剣が出来ない場合は残りの半金は無しとする。ただし、製作には3か月程度を要する。それがこちらの条件だ。」
「2000リョウ!!」
マッシが腰を浮かしたが、エストロは涼しい顔をしていた。
2000リョウとは破格の値段である。貴族が10年は暮らせる金額に相当する。
「いいだろう。私は値切らないが、その意味は分かってもらえるだろうな。契約は絶対だ。」
「分かっている。」
エストロは愚者の小箱から皮布の巾着袋を出した。
「今ここにミナイの金は無い。これで良いなら受け取ってくれ。」
巾着から出て来たものは全て大粒のダイヤだった。
コバチはそれを一個一個ヒジャクと一緒に鑑定し、必要な分を取ると、エストロに返した。
「間違っていないか確認してくれ。」
エストロは孵されたダイヤの数を確認すると「相応だ。」と言った。
「ではこれにサインしてくれ。」
コバチは契約書をエストロの前に出す。エストロがその契約書を読み、サインすると、コバチが朱肉を出し、自分の親指を自分の署名の後に拇印を押す。エストロもそれに習った。
「これで契約は成立だ。ミナイの誇りにかけて、満足のいく物を作り上げると約束する。では契約成立の証に1本締めを行う。」
「1本締め?」
「ミナイの伝統だ。私の真似をしろ。」
コバチはそういうと、「いよ~ぉ」との発声で、柏手を打つ。皆はそれに習う。
「プラム!」
先ほどの女性が廊下から現れる。
「商談成立だ。酒を持ってきてくれ。」
「ご用意してあります。」
気が利くと言うべきか、プラムは背後から燗酒と盃をお盆に乗せて部屋に入って来た。
「えー!! お酒? あたしたちも飲めるの!」
「たまにはいいだろう。」
エストロの顔がまるで別人のように微笑んでいる。
ピノアとタタンバの二人も盃に注いでもらった燗酒を一息に飲み干した。
「うぉ~い。たまんねえな、酒は!」
タタンバが嬉しそうに言うと、ピノアも嬉しそうにお代わりを申し出る。ウンディーネの吞兵衛というのは聞いたことが無いが、たまには変わり種もいるのだろう。
「慌てなくても、まだまだお酒はありますよ。」
プラムも嬉しそうである。
「では乾杯だ。」
コバチ達3人も熱燗を飲む。
「暖かい酒ってのは初めてだが、結構旨いな。俺は茶碗で飲む!」
「良かった。これで私もラグナロク様のお役に立てそうだ。」
エストロのその言葉を聞いたとたん、コバチの血相が変わった。
「悪いが、この話は無かったことにしてくれ!」
コバチは盃をドンとテーブルに置いた。




