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魔芒の月  作者: 弐兎月 冬夜
38/63

魔滅の刃 ミナイの里編 其の一

 いよいよ新章に突入という感じでしょうか。

時間的にはアレイスターの少し前にさかのぼります。なのに季節は一気に晩秋の感じになってしまいました。まあ、場所が高地だという事でご勘弁願います。

 それでは新しい物語をお楽しみください。

 今日はこれで6人目だ。

昼近くになって、そろそろ母が「トーマ! お昼だよ。」と呼ぶ頃なのに・・。


 目の前にいる男は背が高く、目つきが悪い。片眼鏡をかけたスカした感じの中年男で肩に猫なんか乗せている。もう一人もやたらと背が高い。目つきの悪い片眼鏡の男よりも大きい。背中に荷物を背負って、腰に長い剣をぶら下げているから冒険者か賞金稼ぎだろう。あるいは盗賊かもしれないけど。

 でもトーマはこういう奴らには慣れている。ここで騒ぎを起こせば、かなり面倒なことになるのは誰もが知っているからだ。それに、こいつらの目的はいつも同じだ。


「少年よ。すまないが道を尋ねたい。ミナイの村に行くにはこの道をまっすぐ行けばいいと教えられてきたんだが、途中にいくつか枝道があるだろう? 間違っていないか訊ねたいのだ。」

 肩の猫が大きなあくびをした。黒猫と思ったけど、四つ足が靴下でも履いたように白く、下あごから胸にかけても大きな髭のような模様の真っ白な毛並みがある猫だった。そしてなぜか背中に古びたバッグを背負っている。

「ミナイに行くならこの道をまっすぐでいいよ。少し行くと滝があって、吊り橋がかかっている。そこから先は険しい一本道だからミナイまで迷う事はないよ。」

 物心がついてから、何千回と繰り返したセリフである。

「なるほど。ありがとう。助かったよ。」

 目つきは悪いが、意外に紳士のようだ。子供に対しても侮らずに礼を言う。以外にいい奴なのかもしれない。

 男たちは笑顔を浮かべて、去って行った。


 エストロとマッシは少年に言われたとおりに細い道をまっすぐに歩いて行った。狭い道だが特に険しい道ではない。とはいえ高低差はあり、人里離れた場所へ行くという表現がぴったりな寂しい道であった。

 しばらく道なりに行くと、やがて水音が聞こえ始め、大きな滝の間近にかかっている吊り橋に出た。水しぶきを嫌ったか、ポッターはエストロの肩からマッシの肩へと移り、大きな背中の荷物の中に潜り込んだ。

「隠れ家の滝もデカかったが、ここもけっこうデカい滝だな。」

マッシは呑気そうに滝を眺めていた。その横顔を見てエストロが話しかけた。

「ところで君は何のためにミナイに行く?」

 エストロがミナイに行くと言い出した時、マッシも同行すると言い出した。その訳を今まで聞きそびれていたのだ。

 マッシは口をとんがらせてエストロを見た。

「うーん。そうだな。実はこれといって目的がある訳じゃない。」

「なら、帰っていい。私は一人でも問題ない。」

「ははは。そう言うなよ。俺は今までカイドーたちと組んでいろんな魔物と戦って来たけど、俺には俺でしかできない仕事ってもんが無いような気がしてなァ。」

「そんなことはあるまい。先陣を切るのは戦士の重要な仕事だ。」

「うーん。そうなんだけどよ。うまく説明できねえなあ。そのなんて言うかな、カイドーのパーティーはグラもカイドーもシュセも誰が欠けてもカイドーのパーティーじゃねえだろ。でも、俺じゃなくて別のヤツが戦士でもカイドーのパーティーって言えそうな気がしてよお。」

「要するに、自信が無いわけか?」

「そうでもない。」

「優柔不断なヤツだな。」

「かもな。」

「私は力不足を痛感した。今まで一通りの訓練はしてきたつもりだった。だが・・・」

 あの時、瀕死でありながらドレイクの瞳は死んでいなかった。死ななければいい。エストロはそう思っていたし、ポッターの撤退に同意もした。それが結果的にはドレイクの命も助けた。


 なのにだ。

 エストロは何か割り切れないものを抱え始めていた。使役する魔獣も道具だと割り切っていたつもりなのに、ムラドーたちを失った喪失感が半端でなく重くのしかかってきている。


 あの時、ドレイクは負けを覚悟で一太刀浴びせようとしていた。

 きっと躱されたであろうにだ。

   なぜ?

 そんな無駄な事をする?

 それなのにドレイクの意志は鉄のように硬かったに違いない。

 それがなぜなのかエストロには分からないのだ。


「ギリアンで腕を磨くつもりか?」

「出来ればそうしたいとも思っている。私の武器はすぐには治らないだろうし、新たな魔物を得なけれならないからな。」


 霊糸繭化呪文(ギズニヤ)には一つだけ条件がある。使役する側が、相手を調伏しなければならない。極端な言い方をすれば、使役する側の力以上の魔物を得る事は不可能だともいえる。だが、()()()()()()()()()()()()()とシュマロは言う。エストロには理解できなかったが、そのヒントがドレイクの行動にあったような気がしてならない。


「俺は、俺にしかできない魔道具が欲しい。そうすれば、俺もカイドーのパーティーの一員になれる気がするんだ。」

 いつも陽気なマッシの顔が真剣な面持ちに変わっていた。



 吊り橋を渡ると、道は急に険しくなった。

細くて狭いのは変わらないのだけれど、ゴツゴツした岩肌や崩れやすい崖が多くなり、そうしているうちに一人がやっと通れるような道となっていった。

 ただ、その道は絶景の連続であった。

尖った槍のような細い岩山がいくつも並び、その岩肌を穿つように作られた道を行く。とんがり帽子のような岩山と岩山の間には揺れる吊り橋で繋いでいる。よくこんな所に来る物好きがいるものだとマッシは思う。おそらく下の方は川だろうが、薄い霧に遮られてよく見えない。飛び回る鳶のような猛禽類を上から見ている。もちろん落ちたらひとたまりもなかろう。

「これなら、ヴィオロに乗って行った方が良かったかもしれないな。」

 エストロが呟いた途端、道は急に開け、少しばかりの広場となっている場所へと着いた。

「少しここで休もうか?」

マッシの提案にエストロも「よかろう。」と肯いた。

 誰しもが同じことを考えるようで、広場には休めるように四角い椅子のような石が点在していた。ふとエストロはポッターがマッシの荷物から顔を出してある方向をじっと見据えているのに気づいた。

「洞窟?」

 岩肌に明らかに人工的に作られた洞穴があった。ポッターはじっとそこを見ている。

「何かあるのか? ポッター?」

 その時、カサコソと洞穴の中から何者かの気配がした。

 マッシは無言で剣の柄を握る。

しばらくして奥からやせ細った商人風の男が出て来た。

「やあ、あんたたちもミナイに行くのかね?」

 男は愛嬌のある笑顔で二人に話しかける。

「お前、そこで何をしていた?」

 サラからハンスという商人がロアの軍団の一味だった話をマッシは聞いている。油断はできなかった。

「なんだ、あんたら知らなかったのか? 初めてミナイに行くんだな。」

 商人風の男は丸めかけた硬い布を開いて見せた。

「ここにはミナイ専用の公共瞬間移動魔法陣(パブリックゲート)があってな、これで行き来できるのさ。俺はロイ。回復薬(ポーション)の仕入れに来た薬売りだ。」

 ロイと名乗った商人はその布を丸めて仕舞うと、右手を差し出した。マッシは柄から手を離し、その手を握った。

「俺はマッシだ。そしてそこの不愛想なオヤジはエストロっていう。」

 不愛想なオヤジと言われてエストロは眉をちょっと(しか)めた。チラリとマッシの荷物を見るとポッターは既に中に潜り込んでいる。どうやら危険は無さそうだった。

「エストロだ。よろしく。」

 彼も右手を差し出して握手した。

「ここからミナイの村まではもうすぐだ。もう休憩は終わりだろ。さあ、一緒に行こうぜ。」

 そう言ってロイは先頭に立って歩き始めた。

エストロとマッシは休む間もなく、その後に続いた。



 ミナイの村とは、かつて山岳民族の王国があった王都の近くにある単一民族の村である。

かつてあった山岳民族の都はすでに廃墟で、彼らがどうなったのかは今は知る者もいない。伝説では一夜にして滅びたとも言われているが、その都は荒廃してはいるものの、昔のままの面影を残している。家々には人々が生活していた跡があり、まさに忽然と人間だけがあるとき突然に消えてしまったような感じさえ受ける。その近くの地に一族を引き連れ、村を作ったのが十賢者の一人ジンゴーロ・ミナイである。

 人が来るのも厄介な場所にあるものの、なぜか人の行き来は絶えない。なぜなら、彼らには特殊な能力があったからである。いや、能力というよりも他者がマネできないような技術があったからである。

 例えばロイは回復薬(ポーション)を仕入れに来たと言ったが、回復薬(ポーション)は他の地でも作っている。ところがミナイ製の回復薬(ポーション)は特別製で他の回復薬(ポーション)よりも優れた性能を持ち、高値で取引されるのだ。それに第1級の魔道具はミナイでしか作れない。そうも言われていた。そしてミナイで作られた工芸品や魔道具は通称<ミナイの手>と呼ばれていた。


 最後の長い吊り橋を渡ると、広大な大地が広がっていた。ギアナ高地のように、そこだけ隔離された台地である。吊り橋を渡ると、そこには白い朽木で出来た仮初(かりそめ)のような門があり、針葉樹の葉を丸めて球形にした球がぶら下げられている。おそらくは魔除けなのだろう。

 そこから先の道はある程度の広さがあり、三人が並んで歩けるくらいになった。アマガッサの村を出てから、険しい道ばかり続いたが、これでようやく気を抜いて歩けるようになった。

 その道をしばらく行くと、右手はやはり崖だが、左手側は木が植えられていて、赤茶色の平べったい果実が実を付けていた。

「あれはなんていう木の実なんだ?」

マッシはその実を見るのは初めてのようで、ロイに問いかけた。

「あれはバーシモンだ。だけど、喰うなよ。渋くて食えたもんじゃねえからな。」

「エウロパじゃ見ない木だな。」

「ミナイの一族が植樹したのさ。だけどよ、驚くじゃなねえか。奴らはこいつを干して食うんだ。それがよお、甘くてうめえんだ。まるで魔法さ。」

 バーシモンとは柿の事である。干して食べるというのはつまりは干し柿の事。

余談だが、干し柿についている白い粉を中国では<柿霜(しそう)>と呼び、生薬にしたという。

 なおも歩を進めていくと低灌木の木が並び、その向こうに泥土の畑のような物が見える。既に何かが刈り取られたようで、黄色い茎の束が整然と並んでいた。

「あれは何だ?」

米さ(ライス)。ミナイじゃこれを煮て食うんだ。麦と似てるが、奴らは粒のまま食う。けどこいつが結構うめえ。そいつを固めた”お結び”ってやつをいっぺん食って見な。」

「へええ、そつは楽しみだな。」

 マッシの笑顔が気に入らなかったのか、エストロが云った。

「すっかり観光気分だな。」

「悪いかよ。俺は初めてここに来るんだ。」

「まあ、ミナイは特別だからね。名所はギリアンの魔窟くらいだが、ゆっくり楽しむといいさ。」

 ロイは大きな荷物をよいしょと担ぎ直した。

「楽しむために来たんじゃない。」

「そうさな。ここに来る奴は、俺みたいな商人か、さもなきゃ冒険者だ。そら、見えて来たぜ。あれがミナイの村だ。」

 村の入り口にも形ばかりの門があり、そこにも魔除けがぶら下げられている。その門を潜ると、村の広場があった。大抵どこの街でもそうだが、町の入り口は広場になっている。そしてそこでは市が開かれていることが多い。ミナイの村でも同じように屋台がいくつか並び、冒険者と思しき連中が食事をしたり買い物をしたりしている。

 突然、威勢のいい声が聞こえて来た。

「さあさあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! ここに取りぃ出しましたのは初代ミナイの秘伝の薬でござぁーい!」

「・・・なんだ、ありゃ?」

「面白そうだ。行って見ようぜ。」

「じゃ、俺は用があるから。」

 ロイは二人に手を振ると、村の中へと歩いて行った。マッシとエストロは物売りの所へと近づいた。その物売りは黒髪の若い女性だった。

「さーて、お立合い! これに取りい出しましたるは万傷治療の秘伝役でござい! その薬効のほどは後ほど御覧に入れるとして、霊験あらたかなこの薬はいったいどのようにして作られるかご存じか?」

「なんだかおもしろいな、これ。」

「ふん。ただの露天商じゃないか。」

「さーて、お立合い! 霊験あらたかな千年生きたガマガエルを捕らえまして、四方に張った鏡の中へと閉じ込めますれば、ガマは己の醜さに脂汗をタラ~リタラ~リと流しまする。そしてその脂汗を集めてミナイ特性の秘薬を混ぜて作ったのがこの軟膏!!」

 タンタンと竹の棒で拍子をとる。

「さあさあさあさあ、とくとご覧あれ!」

女の物売りは、腰に差した刀を抜くと、一枚の懐紙を取り出して切り始めた。

「一枚が2枚、2枚が4枚、4枚が8枚、8枚が16枚、16枚が・・・」

「32枚だ。」

観客がヤジを入れる。

「その通り! そっから先は数えない! さっさっさーと切ってあれよあれよという間に、紙吹雪でござあ~い!」

 女が紙吹雪をまき散らすと、観客から拍手が起こる。

「さて、その(まなこ)をしっかと見開いてご覧いただいたこの刀、これで、私の二の腕を・・うっく!」

 女は刀を自分の腕に当てて軽く引く。赤い血がさーっと流れ落ちた。

「うそ! マジかよ!」

 女は顔をしかめつつ、商売物の軟膏を取り出す。

「さあ、とくとご覧あれ! この軟膏を傷口に一塗りして待つ事10秒・・1、2、3・・・9・・10!」

 女は布でさっと傷口を拭く。すると血を拭きとっただけではなく傷口さえもきれいになって白い肌が光り輝いていた。

「さあさあさあ、ご覧いただいたこの腕は元通り! 痛みもすっ飛んで全回復でござーい! 呪文もいいがこっちの方が簡単だよ。それがたったの200モンだ!」

「すげぇー!! 俺は買うぞ!」

 マッシが興奮して飛び出そうとするのをエストロが襟首をつかんで止めた。

「何するんだ!」

「バカか、お前は。あのナイフには刃の付いている所と無いところがある。紙を切るときは先端で、腕を切るときは柄元で切ったろう。おそらく血が流れる仕掛けもある。」

「え。ホントか?」

「客もバカじゃない。それを知ってて喜んでる。サクラも居るだろうがな。」

「じゃ、あれは出鱈目かよ?」

「そうでもあるまい。ある程度は効くだろうが、あれほど劇的には治らん。だから観客もいくつか買っていくだろう。」

 そう言われればそうだった。物売りの口上が終わると、用の無い者はすぐに店を離れ、欲しい者はいくつか買っていく。客がばらけると、今度はエストロが物売りの女に向かって歩き出した。

「え? マジかよ?」

「少々、物を訪ねたい。」

「ふーん。新参者だね、あんた。」

 女は悪びれた様子も無く、店をたたみ始めた。

「ミナイの統領に会いたい。どこへ行けばいいか教えてくれないか?」

 女は手を休めてエストロを見た。

「あんた、統領に何の用だい?」

「魔道具を作ってもらいたい。それもA級のヤツだ。」

 女は突然笑いだすと、エストロの顔を見返した。エストロの瞳は落ち着いていて、揺るがなかった。

「本気みたいだね。いまどきA級の魔道具を欲しがる奴がいるとは驚いたね。いいよ、教えてやる。」

「ありがたい。ではどこに行けばいい。」

 女はニヤリと笑うとこう言った。


「統領はここにいる。私がミナイ18代目総領のコバチ・ミナイだ。」

 今回の章では十賢者の話とか昔の話が出てくる予定ですので、どうしようか考えております。そこで、齟齬が出ないように前の物語を見返しておりますが、けっこう面白いですよ。はは・・自画自賛ってヤツです。

 今年もあと十日くらいで終わってしまいます。年末にはいつも思う事ですけど、一年がすごく早く感じます。驚くくらいです。年齢を重ねると時間が早く過ぎてゆくそうですが、それは気のせいではないらしいです。時間というのは客観のもたらす事象であるのにです。不思議です。光の粒子の事象のように世の中にはまだまだ不思議な事がいっぱいです。

 次の更新は来年でしょうか? 来年はいい年になるといいなあ。

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