第1話 ジモン島奇譚 3
「先生、居ますか?」
サラな恐る恐るドアを開けた。
「おう、サラか? わしならここにおる。悪いが勝手に入っておくれ、ちょっと今は手が離せんでな。」
人懐こそうな声が台所から響いてきた。
サラが先生と呼ぶのは、ジモン島で唯一の魔法医師ジルコーニである。
一口に魔法使いと言っても、その職種は様々である。宮廷に抱えられ王家の医師や警護に着く者、政治に干渉して政治家になる者、数人のメンバーと組み魔物を退治する者。しかし、そのような魔法使いは少数であり、多くの魔法使いは市井に棲みジルコーニのように医師や調薬を生業としている。
本当のことを言うとサラはジルコーニに会いたくはなかった。剣の城に行くと言えば反対されるに決まっているからである。ジルコーニの家の中の空気はいつもピンと張り詰めた感じがするのだが、今日は特にピリピリと肌に突き刺すような感じがした。
「先生、お客様をお連れしましたが、よろしいですか?」
「構わんよ。こっちに来てもらっておくれ。」
ホークたちはサラに案内されて、家の奥に進んだ。ホークは物珍しそうに家の中を見渡している。
台所で大釜をかき回している一人の老人がいた。ジルコーニは禿げあがった額に大粒の汗を浮かべている。部屋の中が暑いせいもあって、ジルコーニは袖をまくり上げ、襷で止めている。左の肩口から、尖った三角形のタトゥーが覗いている。
この世界の魔法使いには、体のどこかに魔法使いの印がある。タトゥーのように見えるが、実はタトゥーではない。概ね肩や腕などに現れ、その形は契約した紙の紋章が刻まれると言う。
「まあ、その辺の椅子に腰かけてくだされ。おもてなしは出来んが・・・。」
そう言いながらも、彼の作業は続いていた。なにか薬でも作っているのだろう。
「御覧の通り、これを途中でやめる訳にはいかんのでな。勘弁してくだされ。」
ジルコーニはニコッと笑った。
「お初にお目にかかります。私はエグランの武人でドレイク・ハッシーと申します。ほかの二人は私の連れで、ホークとユンです。」
ドレイクの紹介に、ホークは軽く会釈したが、ユンは相変わらず神秘的な笑みを浮かべたままである。
「あんたがたが来たのには、大体予想がついておる。サラ。」
サラの体がビクンと揺れた。
「お前。この方たちと剣の城へ行くつもりじゃな。」
穏やかな口調ではあったが、厳しさが籠っていた。
「エリスの事は残念じゃった。しかし現実を受け止めることも大事じゃ。助けに行ったところで、エリスはもう生きてはいまい。」
「でも生きているかもしれません!」
「・・・・じゃが、行けばお前も死ぬ。それは明らかじゃ。誰もあの魔物は倒せん。」
重苦しい沈黙が流れた。
「でも私は、姉さんを助けたいんです。」
「無駄じゃ。何度も言うが、あの魔物は誰も倒せん。あんたらもこの子の口車に乗せられて剣の城へ行けば、死ぬだけじゃ。命が惜しかったら、決してあそこに近づいてはならんのじゃ。」
「そんなの、やってみなきゃ分かんないじゃん。」
ホークが口を挟んだ。ジルコーニの顔にやや不快な色が浮かぶ。
誰もがそれに気づいたが、ホークに気にした様子はなかった。頭に巻いたターバンを脱いで、改めて巻きなおし始めた。
「でも分かんないんだよなあ。おじさんがいて、なんでむざむざエリスが攫われちゃったの?」
「呪文を封じられたのじゃ。子供にはわからん。」
ジルコーニは不機嫌そうに言った。
「ふ~ん、そう。」
ターバンを巻き終えたホークは不意に立ち上がった。
「・・・・・まあいいや。ドレイク、もう帰ろう。」
「なに? お前がここに来たいって言ったんだろうが。俺もサラも反対したのに!」
「もう用は済んだよ。さっさとその魔物をやっつけしまおう!」
ホークは屈託なく笑うと、ドレイクとサラの袖を引いて台所から出ていった。
「やれやれ、若いということは罪じゃな。」
ジルコーニはため息をついた。
「ねえ、おじさん。前にどこかで会ったよね、オイラと。」
出て行ったと思ったホークが突然戻ってきていた。
「会ったことはない。さっきお前たちが言っただろう。初めてお目にかかると。」
「そうなんだけどさ。なんとなくね。じゃ、バイバ~イ。」
それだけ言うとホークは足早に姿を消した。
「ホーク、なにやってんだ。さっさと行くぞ!」
ドレイクの怒鳴り声が遠くから聞こえる。ゴツンと音が響く。
「痛って~、児童虐待だぞ、ドレイク!」
やがてバタンと扉を閉める音がして、家の中は静けさを取り戻した。
「会った・・・・・? あの小僧と?・・・いつ?」
ジルコーニはなにかを振り払うように頭を振った。