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魔芒の月  作者: 弐兎月 冬夜
26/63

ホーリーの災難 7

毒に侵されたドレイクを救うため、ユンとグラとマッシが向かった先にはポッターが・・・。

果たしてグラは御レイクを救う事が出来るのか? 一方、ロアの軍団の中もいろいろと怪しげな動きをする幹部たち。因みにゲラはお裁縫をしております。では、本編をお楽しみくだされ。ぢゃ。

「はぁ~~、やっと終わったぁ~~!」

ニコが4本の腕を器用に回しながら交互に肩を叩いている。

ビショウが疲れた顔でそんなニコを見ていた。

「なーに、まだ終わんないのぉ、ビショウ?」

「あんたは腕も4本、眼もいっぱいあるんだから早いのは当り前よ。」

「ゲー、それって嫌味?」

「嫌味、嫌味ぃ~。」

「ニコ、無駄口叩いてないで、今日中に仕上げちゃうよ。」

ザァーーーー!

ゲラがデニムの生地を巨大な鋏で切り裂いた。

「ねえ、いっつも思うんだけどさあ。これってあたしたちがやる事? 一応あたしたちも幹部なんだよねェ、ロアの軍団の中じゃあ。」

 ここは広いが薄暗い。ロアの本部の裁縫室の中である。そこでゲラたち3匹の魔物が軍団の魔物の為に服を作っているのである。

「今作ってるの何だかわかる?」

「巨人のズボンでしょ?」

「そうよ。戦いとはいえ、チ○チ○丸出しで戦うって、気持ち悪くね?」

「見てる方がねー。でもあいつらは気にしないよ、たぶん。」

「あたしが嫌なの! それにさー、魔物だっておしゃれしたいじゃない。」

「ほとんどの魔物は気にしないけどねえ。オークなんかは下品だし、すぐ汚すし。」

 ギャァアアア・・・・。

 遠くの方から人間の悲鳴が聞こえて来た。

「・・あ~あ、エイミー様ね。また人間をいたぶってるんだわ。」

「ビショウ、あんたが連れてきたヤツラでしょ?」

「そうよ。ザンキ様がゲキド様にガスを貸し出す条件に、人間を生きたまま数人連れてきてくれって言ったらしいのよ。もっともガスは死んじゃったけどね。」

「ビショウ、ニコ。続き、続き。エイミーが人間をいたぶってるんなら、また新しい服が必要になるよ。」

「ハッ! そうだった。」

ビショウはエイミーの服を縫っている。服が無くなると、非常に機嫌が悪くなるのだ。

「でもさー、私たちだって、本当は戦う方が本業なんじゃないの。あたしはあんま戦いたくはないんだけどさ。」

「あたしも、そう。好き勝手に歌ってられたらナァ。」

「あたしは服作ってる時が一番好き。斬新で誰も着たことのないような服を作り出してる時が、が一番幸せかな。」

「あんたのそういう所がホッとするわぁ。ね、歌っていい?」

「ダメ!」

「駄目!!」

「えー、どうしてぇ?」

「あんたが唄ったら、みんな寝ちゃうでしょ、セイレーンなんだから。」

「鼻歌ならどうかな、いいでしょ? ちょっとだけだもん。」

「ダーーーメ!!」

「ケチ・・・。」

「ニコ、手が空いてるなら、デニムの生地もっと持ってきて。」

「はいはい、手は4本も空いてますよーダ。」

ニコは材料庫の扉を開けて入ってすぐに戻ってきた。

「だれか、人間の死体。ここに入れた?」

 ゲラとビショウが「う~うん」と首を振る。

「なんかジジイの死骸があるよ。」

「マジ、なんかやだ。きっとオークの食べ残しかなんかじゃないのぉ?」

「行ってみよう。」

3匹の魔物は材料庫の中へと入って行ったが、そこには衣服の生地が山と積まれているだけで、どこにも人間の死体など無かった。

「ないじゃない、ニコ。」

「おっかしいなあ。さっきは確かにそこにあったのに。」

柔らかい生地の山は崩れて散乱していた。

「ごめん、ニコ。謝るわ。あんたも相当疲れてんのね。」


  ********


「確かにいい隠れ場所だが、出入りにずぶぬれになるのが欠点だな。」

 マッシが服の裾を絞りながら、ぼやいていた。

「いない。いったいどこへ行ったんだ?」

 エストロは少しばかり狼狽していた。ケットシーのポッターがここで待っている筈だったのだ。タタンバとピノアさえもいなかった。

光覇眩惑呪文(ボコノワール)。」

グラの手元に光の玉が出現し、淡い光を放っている。光の玉は空中を浮遊し、あちこちを照らして回る。しかし、冷たく光る岩肌以外は何も照らし出すことがなかった。

「バカな。ポッターはここにいるハズだったんだ!」

「確かに誰もいないみたいだけど・・・。」

グラは右手を顎に添えて辺りを見回し、考えていた。

瞬間移動魔法陣(ゲート)は消されていて、追撃がそこから来たとは考えにくいわ。」

「まさか・・・。」

エストロはポッターの裏切りか、ジョーグの襲撃を懸念したようだが、グラがそれを遮った。

「違うわ。ちょっと待ってて。」

 グラが新たな呪文を唱えると、グラの周りに光の輪が出来、それが室内全体を明るく照らし出した。

「あそこを見て。」

グラの示した方向に、黒い雲のような()()()()()が薄く地面に広がっているのが見えた。

清浄(キュアラ)!」

グラの言葉と共に光は渦となり、黒い雲はかき消された。するとそこに新たな瞬間移動魔法陣(ゲート)があった。

「きっと、場所を移動したのね。」

「罠かもしれんぞ。」

(いぶか)し気にユンが言った。

「だったら、ここは貴方の出番ね。貴方はこの中じゃ一番強いんでしょ?」

「おおー! 確かにな。じゃ、行ってみるか。」

 一番強いと言われて気をよくしたのか、無造作に瞬間移動魔法陣(ゲート)の中へと飛び込む。

開錠(ゴーマ)!」

ユンの体が地面に消えるように落ちて行った。

「あいつ・・案外単純なヤツだったんだな・・。」

 マッシの言葉にグラは笑った。

ほんのちょっとの間で、ユンが魔法陣から顔だけ出した。ついでにポッターも一緒に顔を出す。

「やあ、みなさん。お待ちしておりました。あれっ? ラグナロク様は? ぢゃ?」

「ホークの代わりに私がやるわ。」

グラの言葉にポッターは少し首を傾げたが・・・・

「・・・・ここで立ち話も何です。詳しくはこちらでお伺いします。ぢゃ。」



<アシュタルトの憂鬱> その魔法毒は最悪最凶と謳われている。如何なる解毒薬も、解毒魔法も受け付けず、患者に恐怖と苦しみを与え続け、最後には心臓を破壊して死に至らしめる。だが、ポッターの師匠であるホーリー=ガーフィールドはその解毒方法を確立した。

 今、ポッターたちの前に<アシュタルトの憂鬱>に侵された患者ドレイクが横たわっている。高熱に苦しむドレイクの体の毒痣は既に鳩尾(みぞおち)まで来ていた。それが心臓に到達すれば、ドレイクの心臓は破壊されて死に至る。ポッターはドレイクの腹に乗り、グラはドレイクの枕元に(ひざまず)いた。 

「時間がありません。貴方を代わりにとラグナロク様がよこしたのならば、間違いはないでしょう。では、やり方を説明します。ぢゃ。」

 二つの呪文の名前で、グラはやり方については想像はついていたが、黙って肯いた。

「まず、惹起創躰呪文(オーブガーダ)で患者の心臓を作り出して囮に使います。二つの心臓の鼓動がドレイクの体に流れたら、あなたは死活霊呪文(シュガソルート)でドレイクの心臓を止めるのです。<アシュタルトの憂鬱>の痣が囮の心臓に乗り移るまで、死活霊呪文(シュガソルート)を維持しなければなりません。よろしいですか? ぢゃ?」

「この心臓じゃダメなのか」

 ユンは首にぶら下がっているホークのダミー心臓を指さした。

「貴方の首が絞まるけど、それでもいいなら。」

 ユンはブルブルと首を振った。

「残念ですが、本人以外の心臓にはアシュタルトの毒痣は反応しないのです。ぢゃ。」

「時間がありませんわ。始めましょう。」

「わかりました。では行きましょう。ぢゃ。」



   *******


「人間は嫌いなの。」

「ヒィイイ、やめて、やめてくれえ!!」

 絶叫が洞穴内に木霊する。

エイミーが捕虜を拷問しているのだ。別に情報を引き出すとか、これといった目的は無い。ただ、エイミーは人間が憎いのである。いたぶって苦しむ姿が見たいだけなのだ。本当のことを言えば、ゲキドもジョーグも殺してやりたい。それをしないのはただ、カオスの部下だからだ。ロアの中にも人間は相当数いる。魔物の軍団と人々は思っているが、魔物だけではない。出来ればエイミーはそいつらも含めて人間を根絶やしにしてしまいたいと思っていた。

「痛い?」

「やめろ! そいつはもう死にかけてる!」

いたぶられている商人の隣に拘束されていた兵士が、勇気を振り絞って叫んだ。

「あら、そうだったの。」

エイミーが商人の頭を鷲掴みにすると、くいぃっと捻った。商人は首の骨が折れて絶命した。

「貴方はどんな殺され方がいいの?」

穏やかなエイミーの言葉に、兵士は黙り込んだ。生唾を飲みこんでも恐怖は消えない。粋がっても股間は正直に濡れていく。

「こういうのはどうかなあ?」

エイミーが兵士の右ほほに手を当てると、そこから煙が上がり、兵士はこの世の物とも思えない叫びをあげた。兵士の皮膚がただれ、そこから薄く煙が上がっている。エイミーは手のひらに付いた兵士の焼けただれた皮膚をぺろりと舐めた。

「困るよ、エイミー。それはボクの人間だ。」

 後ろからザンキがMJ12のショーンとカミーユを連れて現れた。

「なんだ、帰ってきたんだ。つまんない。」

顔が半分焼けただれた兵士はホッとした表情になった。

「いったい、どこに行ってきたの?」

「ちょっとね。それよりこの人間はボクの物だ。手荒に扱っちゃ困るよ。」

 ザンキは兵士の方を見るとこう云った。

「ねえ、君。たった一言でいい、ボクに忠誠を誓って、下僕になると言えば、この子から解放してあげるよ。どうかなあ?」

兵士の若さか、プライドか、人間が魔物の下僕になる恥を思ったか・・。

「誰が魔物の下僕になんかなるか!」

 と叫んでしまった。

次の瞬間、エイミーの右手が兵士の右肩に触れた。

またも絶叫が響き渡る。

 兵士の右肩は焼け焦げ、白い煙がもうもうと立ち上っていた。

「じゃあ、君はどうかなあ?」

もう一人の小太りした兵士は、体が硬直してブルブルと震えている。繋がれた鎖がその震えでガチャガチャと激しく鳴っている。

「君もダメなの?」

小太りした兵士は首をブルブルと振った。そしてかすれた声で

「た・・たたた、助けてくれ。なんでもする。だから命だけは・・」

「違うよ。『あなた様に忠誠を誓います。』でしょ。」

「あ・・・あなた様に、ち・・忠誠を誓います。」

 その絞り出すような声に、ザンキはにんまりと笑った。

「じゃあ、こいつを食うんだ。」

ザンキは何気ない素振りで、自分の顔に左手を突っ込むと、ひとかけらの肉塊のようモノを掴みだした。ザンキの顔には穴が開き、そこから血がボトボトとしたたり落ちている。

「ひっ、ひぃぃ・・・」

 ザンキの血はすぐに止まり、顔に空いた穴もほんの数秒の間に元通りになった。その兵士の目の前に突き出されたザンキの左手にはどす黒い肉の塊があった。滴る血のせいか、その肉塊自体がまるで生き物のように蠢いているように見える。

「さあ、全部召し上がれ。」

 小太りの兵士は腰を抜かしてガタガタと怯えていたが、差し出されたその肉塊を目を瞑ってかぶりつくと、一気に飲み込んだ。

 ドクン! と何かがその兵士の中で鼓動した。そして、兵士の恐怖に満ちていた目の光が次第に乙月を取り戻していった。それを見たショーンとベアードが、小太りの兵士の鎖を解き放つ。兵士は何事もなかったように立ち上がると、平然とザンキの前に傅いた。

「エイミー。」

「なあに?」

「他のはいらないから、適当に遊んでいいよ。」

振り返って捕虜たちを見たエイミーの顔は、歓喜に満ちていた。


  *******


「ふわぁ~~~! やっと終わった~~ぁ!!」

「お疲れ様。よくやってくれました。ぢゃ。」

 全身真っ黒い血にまみれて、グラは仰向けに寝転がった。毒痣が囮の心臓に乗り移るまで約2時間。その間、ずっと高位の魔法を維持し続けたのだ。並みの魔法使いなら気絶していてもおかしくない。毒痣は見事に囮の心臓に乗り移り、爆発して果てた。見ていた全員がその黒い血で汚れてしまったが、この血に毒は無い。すでに役目を終えて浄化されてしまっているからだ。

 グラは疲労困憊(こんぱい)で気を失いそうになっているが、そのお陰でドレイクの寝息は穏やかになっていた。ホッとしたのはグラだけではない。エストロ、マッシ、ピノアも見ているだけとはいえずっと緊張していた。その緊張が解けて、3人も地べたに寝転がる。すでに丸くなって寝ているのはユンだけである。

「さすがラグナ様がよこしたお方です。ぢゃ。」

「さすがに死にそうになってるけどね・・・・・・。」

 ふと、グラがポッターをじっと見つめていた。

「ボクの顔に何か付いてますか? ぢゃ?」

「あなた、ケットシーと言うより、普通の猫ちゃんみたいね。」

「な、なにを言っているんですか、ボクは由緒正しきヨージー家の・・」

「かっわいいいい!! ねえ、ねえ。抱っこさせて。」

「ちょ、ちょっと待って・・」

 グラはポッターを抱き寄せると思いきり抱き締めた。ユンの時もそうだったが、グラは大のモフモフ好きのようである・・・。

「いーやーぢゃーーーーー!!!」

 こっちはこっちでポッターの叫びが響き渡った。


  ********


「さて、そろそろ戻るとするか。」

昨日はドレイクを治療した小さな小屋の中で一夜を明かした。マッシはドレイクも落ち着いているようだし、早めにホークたちと合流してコールレアンに行きたかった。コールレアンにはギース教の修道院がある。そこは賞金稼ぎたちの総本山でもあり、報奨金を受け取ることが出来る。今回の旅はけっこう寄り道も多かったので、懐具合も寂しくなりつつあるのだった。

「ポッター殿。今更だが、ここはどのあたりなんです?」

エストロがポッターに問いかけた。

「ここはもうヴェルヴェティア公国です。辺鄙(へんぴ)な山の中で、東へ向かうとミナイの村があります。ぢゃ。」

「ミナイの村? すると、ギリアンの魔窟も近くにあるという事か?」

 エストロはじっと考え込んだ。

「決めた。私はミナイの村へ行く。」

「ミナイの村にギリアンの魔窟か・・・・。だったら俺も行くよ。ただ、ちょっとコールレアンに戻ってから行きたい。金が無いとあそこへ行っても意味が無いからな。」

「私がお貸ししましょうか?」

 マッシがクスリと笑った。

「そいつは止めとくよ。あんた高利貸しだろ。オレは昔、酷い目にあってんだ。」

「待ってよ、マッシ。ギリアンの魔窟に行くって? あんた正気なの?」

「正気だ。俺は今が行くべき時だと思ってる。」

マッシにも何か思う所があるらしい。

「でも今はコールレアンに行くのが先決じゃない? ドレイクも助かったとはいえしばらくは動けないし、それにここでの治療よりもコールレアンに行った方が確かだわ。」

「ボクもラグナロク様にお会いしたいです。ぢゃ。」

「ケットシーがコールレアンの村に入れないのは判っていますよね?」

 エストロが残念そうにポッターへ返した。

「そこは、なんかヤバいのか?」

 ユンが怪訝そうな顔で聞いた。

「魔物が入れないように結界が敷かれています。あなたくらいの魔物なら入れないことは無いでしょうが、きっと大騒ぎになりますよ。それに、私は今、丸腰に近い状態です。ラグナロク様の近くにいても大してお役に立てないでしょう。」

 エストロの面持ちには決意がみなぎっていた。

「分かりました。ではこうしましょう。まずはマッシさんとグラさんがドレイクさんをコールレアンに連れて行く。その後でマッシさんはこちらに戻ってミナイの村に行く。ボクも一緒に行きましょう。ぢゃ。」

「俺は?」

ユンは皆の顔を見回す。皆は腕組みしてう~んと首を捻った。

  ユン・・・・(汗)


  *******


「ねえ、君はさあ。そのままの方がいいんじゃない?」

「そんなあぁー、カオス様ぁ~~!」

 髑髏(どくろ)の椅子に深々と腰を下ろしたままのカオスは頬杖をついて退屈そうにあくびした。

 プリエスは涙と鼻水と血を滴らせた顔でカオスの足元に跪いて懇願している。傷を治せるのはカオスだけではないが、カオスに止められれば誰も治してはくれまい。もちろん自分でも治すことが出来ないのだ。

「そのままの方が凶悪な感じがしてクールじゃないかなあ。どうしても治したいのぉ?」

「お願いします。お願いしますぅーーー!!」

「治してやってもいいんじゃない。とりあえず、敵の一人のドレイクは仕留めたんだからさあ。」

 そういって入ってきたのはジョーグだった。彼もまた血だらけでけっこうな傷を負っているらしく、笑う口元にいつもの元気が感じられなかった。

 カオスはジョーグをマジマジと見つめる。

「ふーん。・・・それはどうだか分からないけどね。とにかく()()()()()()んだから、それは褒めてあげるよ。」

カオスは立ち上がると、いきなりプリエスの口を塞いだ。苦しみに藻掻くプリエスが、やがてぐったりするとその手を離した。

「あ。あっ、ありがとうございます。」

プリエスが顔を上げると、自分で引きちぎった唇は元通りになっていた。

「君も治す? その腕も治してあげるよ。」

「いや。俺はいい。この鎧も気に入ってるし。」

「やせ我慢しねえで、治してもらえよ。」

 そういって次に入ってきたのはゲキド将軍と手下の獣人(ライカンスロープ)のイレイザーである。

「遅かったじゃないかあ? ゲキド将軍。」

 ゲキドは槍とフェリックスの生首を引っ提げてやってきた。そのゲキドの後ろでは、興奮冷めやらぬイレイザーが狼男のままで付き添っていた。

「こいつがバカで、首持って逃げちまってナァ。探すのに一苦労したのさ。それで、これが土産だ。」

 ゲキドが片手でカオスに魔槍バベルを渡した。

 カオスは途端に落胆した表情になった。

「そんな顔が見たかったんだ。」

 ゲキドは赤ら顔で笑った。そしてフェリックスの生首から左耳を削ぎ落すと、カオスに向かって傅き、その耳を両手に乗せて差し出す。

「貴方様が欲しがっておいでの<魔槍バベル>はここにございます。」

カオスの顔が綻び、その耳を摘まみ上げると嬉しそうに笑った。

「これこれ。これが欲しかったのさ。」

カオスが耳から黄金のピアスを引き抜いたとたん、ピアスは2m程の槍へと変わった。

「こいつもそれが本当の槍だとは気づいていなかったみたいだな。その玩具(おもちゃ)がバベルだと信じていたようだ。」

「そうかあ、かわいそうに。槍に選ばれなかったんだねえ。」

「ほれ。」

ゲキドはイレイザーにフェリックスの生首を投げた。イレイザーは生首とゲキドをチラチラと見比べていたが、素早く生首を咥えて一目散に逃げ去って行った。

「あいつは頭蓋骨が好きでね。・・・ところで、その槍、何に使うんだ? あんたの武器にしようとも思えんが?」

「ふふふ。そのうちに分かるさ。これの使い道はいろいろとあってね。」

 カオスが上機嫌に笑う姿など、彼の部下たちは今までに見たことがなかった。


  *******


 馬車はカタコトと山道を行く。

山の上でシュセは馬車を止めた。

「ほらよ、ホーク。あれがコールレアンだ。」

 マッシの指さす先には小さな村と広大な建物が見えた。村は小さいが、その中央にある修道院の建物はかなりの大きさである。この山から見ると円形の城壁の中にドーム状の礼拝堂があり、北側に槍のように伸びる塔が三つ建っていて、その城壁を含むすべての建物が白く輝いていた。

「ちょっと暑いね。」

ホークは照りつける日差しに薄く汗を掻いていた。空は青く巨大な雲が天に向かって立ち上がって行くように見える。

 ホークたちのいる山の上にはいくつかの楡の大木があって、その大木の一つの根元に茂みの間から横たわっている人間の足が見えた。

 ホークはちょっとだけその足を見ていたが、どうせ昼寝でもしているに違いないとすぐに目をコールレアンへと向けた。ただ、ちょっとだけ郷愁のようなものを感じたのだが、きっと気のせいだろう。


「さーて、ここからはもうすぐだ。飛ばしていこうか?」

「いや、今まで通り。ゆっくり行こうよ。」

 シュセは苦笑して馬に軽く鞭を入れた。









 さて、ホーリーの災難はこれにて終了です。次回はコールレアンとギリアンの洞窟の話になって行くのですが、サブタイトルをどうしようか考えております。1話目のジモン島奇譚の時にはまだそういう意図が無かったので、割と真面目にサブタイトルを付けていたんですが、2話目のエリア火山に連れてってからは・・勘が良くて更に映画好きの人にはピンときたかもしれません。映画のタイトルをもじっているのは云うまでもありませんが、エデンの村の東に云々やら、ホーリーの災難の時々出て来る死体の話などは。。。まあ、ちょっとした遊びです。無論リスペクトしての事です。ヒッチコックはよく見たなあ。ヒッチはサイコしか知らないという方には、クラシックで素敵な映画を観て欲しいです。そうだ、ローマの休日でも・・・いや、何々のというのが続くのはちょっとなあ。アレイスターの争奪戦になるんだよなあ。うちのにゃんこがニャーンと言って邪魔しに来ました。ではまたお会いしましょう。さいなら、さいなら、さいなら。

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