6話 師匠
「でぇぇえありゃぁぁぁあああ!!!」
ミユの掛け声があたりに響き、前方にかざされた両手の輝きが強くなる。
その前方の小さな祠がまぶしく輝き、光が弾ける。
何もないはずの空間がパッと強く輝いた後、光が薄れていく。
よく晴れた春の、心地よい午後の光が暖かく辺りを照らし、強く吹く風がミユの黒く長い髪を靡かせる。
村の南端、そこでミユは結界の補強を行なっていた。
「全力でかけたので多分一週間は大丈夫だと思います」
額に汗を浮かべながら声をかけると、不安げに見守っていた村人たちな顔が明るくなる。
明るく語り合う彼らを微笑とともに見渡すと、ミユは彼らに背を向けて近くの林に入り、そのまま崩れ落ちる。
いくらミユと言えども、魔法を連発してから半日ほどで再び大魔法を使うことは並々ならない負担となる。だが、彼女はその疲労を村人たちに見せることを良しとしない。
自分が、自分の魔法が村の心の支えとなっていることを自覚しているからこそ、日頃から明るく振る舞ってきた。
そして今回の様に皆が不安に駆られているような状況では尚更、皆の前で倒れるわけには行かなかった。
うつ伏せに倒れた身体を転がして仰向けになる。
と、そこに影がさした。
「お疲れ様」
「ジンさん!」
ミユはバッと身体を起こそうとする。
そんなミユを苦笑しながら、寝てていいよ、と横にさせてジンが口を開く。
「あれで大丈夫そうか?」
「はい。しっかりかけたんで大丈夫だと思います」
「そうか、すまなかったな。俺たちじゃ形にするので限界だった」
「いえ、ジンさんたちのおかげで村は助かったんです。本当にありがとうございます」
横になったまま目を伏せるミユ。
「でも、まさか結界が破れるなんて……。一体どうして……」
「なんでだろうなぁ。とりあえず俺たちにわかることはさっきお前に話した事だけだ。
攻めて来たモンスターどもはきっちり抑えてなんとか結界も形にした。負傷者もゼロ。一応万々歳だ」
ジンはにっこり微笑んでミユの頭をくしゃっと撫でる。
ミユは俯いてされるがままになっていた。
「だけど一つ聞いてもいいか? ケンと二人でどこに行ってたんだ?」
手を頭から離してジンが問う。
「どこにもいないし、いたと思ったら血だらけで意識のないケンを抱えてお前が現れるし。もうびっくりして言葉が出なかったんだぞ」
ジンの言う通り、明け方になってようやく姿を現した二人の姿は、村人たちが声を失うほどに酷いものだった。
特に、ケンは身体中が血だらけで意識がなく、すぐさま治療が行われた。
治療といっても腹に掛けられた魔法の影響で他の傷に治癒魔法をかけても回復しないため、一旦縫合し、腹の傷が治り次第、治癒魔法をかける事になった。
ただ、それでも全快までは一週間ほどかかる。
そういったことを思い出し、ミユは心が重くなるのを感じながらジンに簡単に昨晩のことを語った。
この世界には裏の世界があること。
そこに悪い奴らがいてこちらに干渉していること。
奴らには魔法が効かないこと。
神様に頼まれてそれらを倒しに行ったこと。
倒しはしたがケンが大怪我を負ったこと…………
犬を飼っていたことと神が犬であること、そして迷子になったことは伏せて大まかに説明した。
「魔法、そして魔力のある者の攻撃が効かない、か。まさにケンが適任だったわけだ」
「でも、私がいながら大怪我をさせてしまいました……」
ミユが目を伏せる。
その様子を見ていたジンが細めて口を開く。
「ミユ。お前が俺のところ来なくなったのはいつだった?」
唐突な問いに固まるミユ。
そんな彼女を優しくジンは見つめる。
「……確か、2年ほど前ですね」
「そうだな」
ぼそりと呟いたミユに優しくジンが答える。
「あの頃にはもうお前に教えることは無かった。というか新しい魔法を創り出したりしてたし、むしろ教わったりもしてたな。最後な方はだったが先生だったか……。元・村一番の魔法使いとして、そして師匠として複雑な気分だったぜ」
「うぅ……」
複雑な気持ちだった、というジンの言葉に、嫌味でもなんでもない、純粋な賞賛の気持ちが込められていることを感じとり、ミユは赤面した。
パッと身体を起こし、ブンブンと首を振ってから深呼吸をすると、落ち着きを取り戻したミユは口を開く。
「教えることはもうない。ジンさんはそう言ってくれましたよね」
「あぁ」
「でも……」
少しの逡巡。
ジンは何も言わずにミユの言葉を待つ。
「でも、違いますよね?」
ジンは目を閉じる。
「私は攻める性格。自分が前に出るための攻撃魔法や、モンスターを威嚇するような『攻め』の結界は相性が良かった」
「だが、その分お前は支援魔法とかは苦手だった。
お前に匹敵する実力を持つような相棒もおらず、他人の支援をする機会もないから使わなかったっていうのもあるだろうが。
だから俺は支援魔法や『守り』の結界は一流までしか教えなかったし、お前もそれで満足していた」
ミユの言葉をジンが継ぎ、そう指摘した。
「そして、それがケンを傷つけた原因……」
あと、帰りに神様と盛り上がっちゃったこと、と頭の中で補足する。
「……ジンさん。お願いがあります」
「言ってみろ」
その言葉を聞いて、ミユは息を大きく吸い込む。
「私に、魔法を教えてください」
ジンがフッと笑う。
それはジンなりの答え方だった。
それを見てミヤもにっこりと笑って、
「まあ、私の方が実力は上なんですけどね」
「おいこらてめぇ!!!!」
ジンの叫び声が林の木々を揺らした。
****************
「いきなりこんなところに何の用……」
文句はそこで途切れる。息をのむ気配がして静寂が訪れる。
「……どうしたんですかそのお姿は? 何かあったのですか?」
一瞬ののち、そう声が問いかける。
必死で答えようとするが声が出ない。
そういえば目も見えない。
相手の声だけが聞こえる。
いや、それすらも聞こえていない。
相手が伝えてくれているから理解できるだけ。
今、自分の実体的な身体は失われてしまっている。
「……一人で考えにのめり込まないでいただきたい」
おっと、そうだった。
でもどうすれば考えを伝えることができる?
いま、私にできることは何も……
「思考はこちらに伝わっていますよ」
なるほど、なら問題はない。
……奴が現れた。こちらの世界に、だ。
二人の子供を巻き込んでいる。
おそらく他のところにもじきに現れるはず。
私はやられてしまったからしばらくここに身を隠させていただきたい。
「奴が……ですか。厄介なことに……」
まだ全盛期ほどではないが、確実に力を取り戻している。
今度は貴方もあの方と仲違いしているわけには……
「うるさい。1100年に渡る怨恨だ。容易く溝が埋まると思うか?」
そうだった。
そしてやっぱ地雷だった。
ガチギレしてる。
「これは恐らく京におられるあのお二方もわかるでしょう。あそこも私たちほどではないですが、400年ほどに渡って争っていらっしゃいますから」
あぁ……。
やはり、こちらも一枚岩ではない、ということか。
あの時もこの諍いがなければもう少し容易く問題を処理できたはずなのに。
「とりあえずあなたはこちらに身を寄せていただいても構いません」
助かる。
「そして他の方々にも連絡をしなければ。……人を巻き込んでいるというのは少し厄介ですね」
ふむ……と考え込んでいる様子だ。
とりあえず伝えてから、会議でも開くのがいいだろう。
二人で考えても答えが出る問題ではない。
「そうですね。では、とりあえずあなたに仮の御姿を差し上げましょう」
すまない。
「いえ、とりあえず何か手を考えないといけませんね…………」
お読みいただき有難うございます
マクロスF、完走いたしました!!
アルトくん、マクロスキャノンでチリになればいいのに、とつい思ってしまいました。
(ランカちゃんかわいそうじゃねーかこら!)
ランカちゃんが可愛いなぁと思ってネットを見たらボロカスに書かれてて悲しかったです。
次のお話もよろしくお願いします!