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4話 真宵

「ほんっとに信じらんない!」


草木も眠る丑三つ時。人気のない道を歩きながらミユが毒づく。


「せっかくスキを作ってあげたのに攻撃するどころかよそ見? そして挙げ句の果てに致命傷まで負うってほんとバカじゃないの?」

「はい……ほんとすいません」

「バカだと思ってたけど予想以上よ。あんた死にかけたのよ? というか今も無理やり穴を塞いでるだけで死にかけ状態が続いてるのよ? そこんとこほんとにわかってる?」


ミユの怒りは全くおさまらない。

助けを求めようと先導する犬をチラ見するが完全に「我関せず」を貫いている。


「また!また神様に助けを求めようとしたでしょ!」

「ひっ!ごめんなさい!」


ケンの視線に気づき、ミユの怒りがさらに増幅する。

ケンは恐怖を感じながらただ謝り続けていた。




戦闘の終わりと同時に穴の底で意識を失った俺が目を覚ました時には、戦いでめちゃくちゃになっていた周辺の地形もだいたい復元されていた。

身体を起こそうとすると身体中に痛みが走り、その光景が夢ではないことを知らせてくれる。

思わず呻き声を漏らすと、大穴を塞いでいたミユがそれを聞きつけてこちらを振り返る。

次の瞬間、走り寄ってきたミユに無言で抱きしめられていた。

1秒、2秒、10秒…… 無限か一瞬か、不思議な時間が過ぎ、ミユが体を離す。

と、次の瞬間、


「ばか!!!!」


泣き声とも怒鳴り声ともつかない大声が発せられる。それから30分、ミユの怒りは解かれることなくケンに浴びせられ続けて今に至っていた。




「……ほんとにしっかりしてよね。あんたのダメさ加減はよく知ってるけど私の対処できる範囲でお願いするわ」


ミユは少し落ち着きを取り戻していた。

ふぅ、と一息ついて真っ暗な空に浮かぶ月を見上げる。


「これからは無理は厳禁ね。何かあったら困るし。ケンがいないとか考えられないし……」


急にミユは立ち止まる。ハッと顔を上げたその顔は少しずつ赤くなっていって……


「ば、ばか!」


何故か俺が殴られた。


「いてぇ! なんでだよ!」

「うるさい! とにかく無茶は禁止! 怪我するのも禁止! わかった!?」


顔を背けながらミユが禁則事項を並べ立てる。

形はどうであれミユが自分のことを心配してくれているという事は痛いほどに伝わっていたから、


「分かった、これからは気をつける」


素直な言葉が出た。


「……うん…………」


か細い声がしてようやく許される。


「さて、お二人さんも仲直りしたとこで聞きたいんやけど」


今まで空気だった犬がここぞとばかりに口を開く。


「今すぐに帰りたかったりする? 観光してからでもええかなぁって思うんやけど」

「観光と言われても……」

「いま深夜ですよね? どこも空いてないんじゃないですか?」


俺とミユは眉をひそめる。

あたりは「街灯」という機械の他に輝くものもなく、家々は黒く静かに横たわっている。


「いや、せやねんけど、えーとほら、見れるとこはあるから! もちろん昼間の方がええし今の時間どこも空いてないけど」


しどろもどろになりながら犬が言葉を重ねる。

目は泳ぎ、俺たちを全く見ていない。

もしや……


「迷った?」


びくぅ!と大きく身体が跳ねる。


「……」

「迷ったんだな?」

「……はい、面目無い」


こいつ、ほんとに使えない。

俺の中で「神様(?)」から「喋るだけのただの犬」にランクが下がったところでミユが口を開く。


「行きは南に行ったんだから北に向かえば良いんじゃないの? 簡単よ!」


そう言って歩き始める。


「お、おい! ちょっと待て! ほんとに大丈夫なのか?」

「任せなさい! 魔法で方角はわかってるしあとは歩くだけよ!」


方向音痴の人がよく言う理論を堂々と掲げ、ずんずん進んで行くミユ。

どうしようかと犬を見ると、


「まあ、任せてみよーや」


と、その歩いて行く。

こいつ、ミユを共犯にしようとしてるな?


「ちょっと! おい!」


俺の止める声に構わず歩いて行く。

とてつもない不安を感じながらため息を一つ、一人と一匹の背中を追いかけた。



******************


「おい! さっき村の端で大きな音がしなかったか?」

「さっき、ジンさんが様子を見に行った。そろそろ帰ってくる頃だと思うぜ」

「ったくこんな夜中に何なんだよ……」


ケンとミユが『門』の向こうにいる頃、二人の村は騒然としていた。

夜中に突然鳴り響いた爆発音。

眠りを妨げられた人々が続々と村の集会所へと集まっていた。

会話をする声には不安と苛立ちを含まれていた。

そこに一人の男が駆け込む。


「ジンさん! 何がどうなってたんだ?」


村人の一人が男に気づき声をかけると、集会所の中の目が一斉に男に集まる。

ジンと呼ばれた男は両膝に手をつき、肩で息をしながら呼吸を整えると、顔を上げて口を開いた。


「南の結界の基盤が弾け飛んでた。あのでかい音は基盤のがぶっ壊れた音だと思う。基盤に込められてたすんごい量の魔力が辺りに漂ってたぜ」


それを聞き辺りがざわめく。


「えっ、とつまりどういうことだ?」


村人の質問に彼は叫んだ。


「百年に渡って俺らを守ってくれてた結界、そいつの一部が無くなった! 大至急、モンスターに備えることと臨時の新しい結界を張らないといけねーぞ!」


それを聞いた村人達の顔がさぁっと青ざめる。

彼らの村の周辺は他に比べ強い魔物の出現率が高い。それらの侵入を完璧に防いでいた結界が破壊された事は非常にまずい事態だった。


「やばいぞ! まだ来てない奴らも呼んできて至急対策を立てないと!」

「結界魔法使えるやつを総動員するぞ!」


慌てて動き始める村人たち。

騒然とする中で、


「ゆ、勇者様が張ってくださった、け、結界じゃ。な、生半可な者をいくら集めたところで、り、臨時じゃとて、代わりなど務まるまい」


村の最高齢のおじいさんがポツリと呟いた言葉に村人達の動きが止まる。

実際、魔力を桁違いに含んで作られた結界だったからこそ、百年もの間ほとんど修復を必要としないまま容易く魔物を防ぐことが出来ていただけで、通常の結界は本来、長くても一週間維持できるかどうか。

そして、この付近の高レベルの魔物を防ぐとなると結界の魔力消費も桁違い。

そうなると数人がかりで張るような強力な結界を二、三日ごとに張り直さなければならない。

重苦しい空気が広がる。


「いや、この村には強力な巫女がいるじゃないか!」


ジンがそれを叫び声で打ち消す。


「ミユはどこだ!」


その名前を聞いて村人達の顔が明るくなる。


「そうだ、ミユならやってくれる」

「良かった」

「明日、ミユちゃんにお礼持ってかないとね」


絶対的な信頼。

少女が生まれてからの15年という短い時間は、彼女が村人から信頼を置かれるには十分な時間だった。


「あれでお転婆が少しでもマシなら息子のお嫁さんにもらいたいわ」

「ほんとにね、あの子を御することができるのはケン君だけだもの」

「ケンも大変だよなぁ」


同時にミユの性格の難解さも充分に刻み付けられていたが。

いずれにせよ、村にはミユがいるということが彼らにとってとてつもない意味を持っていた。

何かがあればミユがなんとかしてくれる。

それが村人達の理解であり、ミユもそれを理解した上で、実際にこれまで期待に応えてきた。

だからこそ、ミユの名前が響くだけでその場の空気が変わったのだ。


だが、そのミユは今、村にはいない。



「うわ!あいつら村の中に!」


望遠魔法を用いて様子を見ていた村人の一人が声を上げる。と、同時に獣の方向が響き渡る。


「ミユ!ミユはどこだ!」

「家にはいなかったぞ!」

「ケンもいない。二人でどこかに出てるのか?」

「やばいぞ、どうする!?」

「ジンさん!」


口々に発せられる焦りの声に対して、


「落ち着け!! 上級魔法が使える奴は俺と一緒に仮の結界を作る! 技術が足りないなら気合いで補え! 多少村の範囲が小さくなっても構わん!! それ以外で攻撃魔法を使える者は前に出て応戦! 足止めでいいから無理はするな!」


ジンが素早く指示を出す。

落ち着き払ったその声に動揺はやや治る。


(だが、一時的なものだ。長時間は持たない)


そう心で考えながらも、ジンはそれを表に出さずに言葉を続けていく。


「できるだけ早く終わらすぞ! 結界ができたら攻撃班は即座に結界内に飛び込め! 人は弾かれないようにするから安心しろ! いくぞ!」


掛け声とともに各自が自分の仕事に取り掛かる。

村の中まで来ているということは村の外の結界も壊れているということだ。

村の結界を張った後、村の外に出て外部結界も張り直さないといけない。

他の結界も壊れていないか見回りも必要だ。

すべきことが次々と浮かび、ジンは頭を抱えそうになった。


「色々やらないとだが、今はまず目の前のことをしよう!」


走りながら詠唱を始める。

ミユのような、極めて短い詠唱で魔法を使用できる者はほとんどいない。

大抵の者は長い詠唱が必要である。

そして、時間との勝負である今回の緊急事態においてはその差が大きな不安要素となっていた。


各地で展開される魔法式。

彩色豊かな光で可視化されたその術式が咲いては散り、散っては咲く。

まだ闇に閉ざされている早朝の空に美しい花弁がいくつも舞っていた。

ありがとうございます!

次回もよろしくお願いします

※題名を変更しました。

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