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3話 初陣

「おった!あいつや!」


犬の姿をした神がケンたちに囁く。


「暇なんやろなぁ、さっきから神社の敷地の中をウロチョロしとるで。」


この神社の敷地の大部分は山となっている。

その山道には無数の鳥居が並んでおり、あるところは月光に照らされ美しく、また神秘的な様相を見せ、またあるところは光が届かず闇に閉ざされた不気味な雰囲気を醸し出している。

そこを奥に進むと、だんだんと鳥居の数も少なくなり、ひらけた場所が増えてくる。

その空き地のうちの一つに目的の敵がいた。


「こっちにはまだ気づいてないみたいだな」

先制攻撃(不意打ち)しちゃう?」


ミユの問いにケンはしばらく考え込む。

いい発想だとは思うけどなんだかしっくりこない……。

正々堂々と戦いたい。

あなたを倒しに来ました、なんていきなり言ったら逃げられそうだけど、どんな相手でも真っ向勝負で倒すのが礼儀だろう。


「おお、なんかサムライスピリッツが見えるで!正々堂々か、ええやんけ!」


サムライってなんだよ。

犬を無視してケンはミユに答える。


「なんかズルするのは嫌だな」

「嫌って言っても……あんたがズルなしで勝てるとは思えないのよねぇ」

「もうちょっとオブラートに包むことを学んで欲しいなぁ」

「結構トゲは抜いてるわよ?」

「抜いてこれかよ……」


本音部分は聞きたくもない。


「お楽しみのところ悪いけどそろそろ行ってもらってええか?」

「言い残すことはある? 一言くらいなら覚えといてあげるけど」

「許容量少ないな! 支援は任せたからな、背中頼むぞ」

「はいはい、この優秀な私を信じなさい」


自信たっぷりににっこりと笑うミユに苦笑しつつ前を向く。

その瞬間、月が雲に隠れて辺りが急に暗闇に閉ざされた。

参拝道のそばの空き地とは言え深い木々に囲まれた山中。

あっという間にケンの視界が奪われた。


「暗視!」


ミユがすかさず魔法をかける。流石のアシスト。

二人とも戦闘は初めてなのにミユの方は落ち着いている。

浮き足立ちそうになるのを抑えてケンは敵を見据える。

魔法のおかげで昼間のようにはっきりと見えるようになった。

と、そこで敵が俺たちに気づく。


『何者だ?』


想像していたより小柄な体格。四足歩行でお尻には大きな尻尾。

雲が切れ再び差し込んだ月光に照らされたその姿は狐だった。


「神様に頼まれてあなたを倒しに来ました!」


ミユが口上を述べると同時にケンが距離を一気に詰めて斬りかかる。

支援魔法で強化された身体から繰り出す一撃必殺の斬撃。半ば不意打ちの形にはなったが、


「ちっ」


手応えはない。

刀は空を切り、狐の姿は視界から消えた。

くそっ、どこに行った!?


「ケン!上!」


目で見る前にミユの声に反応して再び斬りかかる。

硬い音がして何かに斬撃が防がれた。


「ぐっ!!」


衝撃で腕の痺れる。

その痺れに気をとられて生じたスキは見逃されず、ケンは腹部に衝撃を感じた。

痛みを感じる間も無くケンの体は吹き飛ぶ。

地面に叩きつけられ、そこで初めて腹部と左腕に痛みを感じる。


「ケン!」


すぐ右手でミユの叫び声。

腹部に攻撃を受けて一瞬でミユの近くまで吹き飛ばされたらしい。

右手で左肩を抑えるとドクドクと血が流れ出している。


「くっそぉ、一撃でこれかよ」


支援魔法で肉体強化がされてなかったらお陀仏だった。

治癒魔法をかけてもらいながら、ゆっくりと降下する狐を睨みつける。


『何者か知らんが、私に楯突くとは……』


狐が軽やかな着地を見せながら呟く。

月光に照らされ神々しさを感じるような金色の毛が輝く。


『そして、神だと?』


憤怒に染まる狐がおぞましいほどの威圧感を放つ。

森が異様に静まり、空気が震える。

いままで一本だった尾が九本に増え、更に気が膨れ上がる。


『どこのどいつがそんなことをほざくか!!』


圧倒的な存在感に身じろぎすら許されず、心臓を握られたかのような痛みが胸に走り、水の中にいるようにうまく呼吸ができない。

体が強張り、力が入らず、空気を求めて喘ぎ、目の前がすこしずつしろくなって…………



「神と名乗るはこのわしや」


聞き覚えのある声にハッとする。

その瞬間、水の中から引き上げられたかのように呼吸が楽になる。

ガンガン鳴っている頭を振るうちに目の前がはっきりし、頭もスッキリしていく。

目の前には犬の姿の神がいた。

安堵感を覚えながら隣を見ると青白い顔をしたミユ。どうやら威圧感でいっぱいいっぱいになってしまったようだ。


「はっ、ひっでぇ顔に、なってる、ぜ」


意識して笑顔を作る。

まだ万全ではないがそんなことを言ってる場合じゃない。


「ケン、こそ、すごい、顔よ」

「稀代のイケメンを、捕まえて、何言ってんだ。まだ、目が不調っぽいから、ちょっと休んでろ」

「顔だけ、じゃなくて、頭も、イッちゃってるみたいね。あんな化け物、マトモな人が相手をするものじゃないから、イッてるあんたに任せるわ。まだ、調子出ないもの」

「口は絶好調じゃねーか!!」


毒を吐きながらもこちらの真意を察して戦闘から離脱してくれるあたり、さすがはミユだ。

ミユを後ろに下がらせて、狐に向き直る。

ケンたちの前には神様がいる。

と、狐の様子がおかしい。


『お、お前は、まさか……!!いや、そんなはずは……!!』

「ケン!今や!」


声に急き立てられ再び斬りかかるも九つの尾で受け止められる、が、


『ああああ!!』


先ほどまでとは明らかに様子がおかしい。

戦闘能力は変わっていないように見えるが、明らかに戦い方がさっきと違う。無茶苦茶だ。

攻撃を必死で避けながら、考えを進める。

これが突破口になるかもしれない。

というか、突破口にして早く攻略しないとジリ貧、支援魔法がそのうちに切れておしまいだ。


「くそったれ、俺はまだ死にたくねーぞ」


九尾での攻撃をかわし、受け止め、受け流しながらスキを窺う。

と、急に狐が跳躍、距離を取って全ての尾の先端をケンに向けた。


「まずいで!飛び道具や!」


飛び道具?

疑問に思った瞬間、九つの尾の先端から何かが射出される。

横っ飛びで近くの木に身を隠すとすさまじい音を立てながら今いた地面に何かが突き刺さる。

何が起きているか分からないが、木の影から出ることもできない。

身を隠している木から凄まじい音を立てて木片が飛んでいるのだ。

木の根元にしゃがみ込み、体を小さくする。

どうする、このままじゃジリ貧だ。

だが木の陰から出ると明らかに危ない。

どうする。どうする。


「ぐあっ!!」


突然左肩に熱を感じた。

見ると肉が抉られ白い筋肉が露出している。

振り返れば後ろの木は穴だらけで今にも倒れそうになっている。


「くっそぉ!!」


痛みを奥歯で嚙み殺す。

やるしかない。

攻撃が止んだタイミングで特攻する。

そう決めて体を小さくしたまま反転し、木に向き合う。

凄まじい音を立てながら木に穴を穿つ攻撃。

掠っただけで肉を抉ったそれをまともに受けたらシャレにならないだろう。

しっかりとタイミングをとって……。


「えっ……?」


攻撃が突然止んだ。

思考の途中だったため、反応が遅れる。

慌てて立ち上がろうとした頭上で、木が横一線に真っ二つにされた。


「うお!」


慌てて後ろに飛ぶ。

刀を構えると目の前には狐。

だがまた少し姿が変わっていた。

毛がフサフサと生えてふっくらしていた尾には毛が残っておらず、貧相になっている。

つまりさっきの攻撃は尾に生えていた毛を射出していたということか。


「随分と貧相になったな」

『頭に血が上ってペース配分を間違えた。まさかあいつがいるとは……。だが、もう落ち着いた。お前達を救ってやりたいがあいつがいる以上難しいだろう。魂にしてあの世で救済しよう』


救う?

どういうことだ……?


「それはどういう……ぐあぅ!」


こちらに質問する間も与えずに攻撃が加えられる。

左太腿に浅い傷が生まれる。


「くそっ!」


怯まずに刀を振るう。

金色(こんじき)の毛が舞い、地面が赤く染まる。

斬撃、噛みつき、刺突、体当たり、蹴り。

戦いの場は空き地から森の中へ移っていった。

攻めの応酬の中で互いの体に大小の傷が増え、あたり一面に赤の華が咲き誇る。


ここまで、初陣としては満点と言えるほどに闘えていたケンではあったが、戦いが進むにつれ実戦経験の乏しさが明らかに足を引っ張り始めていた。

体重の乗らない狐の攻撃で、かつ、ケンの体に支援魔法がかけられているからこそ戦いは拮抗していたが、それでも着実にケンの体力は削られ、優劣がはっきりとし始めていたのだ。


「やばい、そろそろ支援魔法が……」


体力がなくなるにつれ、攻撃が避けられなくなる。

身体を強化しているからこそダメージは少ないが、それはすなわち魔法が切れればおしまいだということ。

そのことを意識し始めた途端、ケンに変化が起きた。

焦り、恐怖、不安、緊張……。

実戦経験がないため、メンタルコントロールの仕方を知らないケンは、特に支援魔法に頼らざるを得ない今の状況で、いつの間にかそういった負の思考に支配され始めていたのだ。

そして、そういった負の思考は致命的なスキを相手に与える。


狐の九連撃をなんとか堪える。

その衝撃で全身の傷口が開き痛みと血が全身を染め上げる。

その瞬間、ケンの堪えていた糸が断ち切られた。


「ああああああ!!」


無策な、無謀な、粗雑な刺突。

実戦経験の無さから繰り出される、短絡的で中途半端な攻撃。

大振りでスキだらけの一撃は容易にかわされる。

そのまま体勢が崩れたケンに致命的な一撃が叩きこまれ……なかった。


狐の足元の地面が突如せり上がり、その無防備な腹に打撃を加える。

予期せぬ攻撃を受けた身体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。

それと同時にケンの体から力が抜ける。

支援魔法の効果が消えたのだ。


『ぐっ……』

「なにが……? あ……、くそ、魔法が切れた」


バッと空き地の方を見るとミユがこちらに向かって走っていた。

ダメージを食らわせられなくても足止めはできるのか。

そう考えてミユに声をかけようとする。


「ミ……」


そして、その言葉は最後まで言い切られなかった。

腹に無数に開いた穴。一拍おいて吹き出す血。

何が起きたかわからないまま渾身の力で振り返ると、体毛が全て失われた狐がいた。

尻尾以外の毛も使えたのか……。

薄れゆく意識……が無理やり引き戻される。


「ギリギリ間に合った!間に合ってないけど!」


ミユが叫ぶ。


「開いた穴だけ塞いだ! 穴塞ぐので精一杯だったから治ってないけど死にはしないはず!」


死んでないのか? まさかあの致命傷が治るとは。

ケンの思考はそこで止まる。

いつの間にか腹は透明な布のようなものでぐるぐる巻きにされ、その布には幾多もの文字が浮かんでいた。

一般に知られている治癒魔法とは明らかに異なる魔法が幾重にもかけられているのだ。


「ケン! 今から魔法を使うからトドメは任せたよ!」


敵に魔法は効かない。

そう言われていたのに何をするのか。

そしてこの腹にかけられた魔法は何なのか。

俺は何をすればいいのか。

いくつもの疑問を押し殺し、頷く。


狐はこちらの出方を探っている。

さっきの攻撃で体力の大部分を消費したようで、その足元は覚束ない。

その姿を見ながらミユは静かに呟く。


「掘削」


その瞬間、狐を中心とした半径五歩ほどの範囲の地面が消失した。


「転移」


さらに呟かれた言葉を耳にした瞬間、ケンも穴の中を落ちていた。

すぐ下を狐が落ちている。

トドメとはこの事だったのか。

穴の底に狐を落とすだけでは仕留めれるとは限らない。

だから後詰めで攻撃を加える。

確かに確実に倒せそうだ。


「俺も死ぬかもしんないけどなぁ!!」


一瞬で穴の底に至る。

地面に叩きつけられ激しく跳ねる狐の身体に、そのまま刀を突き立てる。


『ガフッ!!』


狐に致命傷を食らわせ、一拍の後、ケンの身体も地面に激しく打ち付けられる。

思ったよりも穴は浅かったがそれでもタダでは済まない。

あまりの衝撃に息がつまる。

穴の底を転がる身体は全く動かない。

闇と静寂に包まれた穴の底、刀の突き刺さった狐の隣でケンはぐったりと身を横たえる。


「つ……かれ……た」


意識が飛びそうになる。

身体中がボロボロで、もはや痛みさえも認識できない。

必死で意識を繋ぎ止めていると隣から声が聞こえて来た。


『み……ごと。おぬしら、には、まいっ……た』

「あんたこそ……」

『ま……さか、あい……つが……ふっかつして…………』


最後まで言葉は紡がれることなく、静寂が訪れた。

長い長い初陣がようやく終わった。

突然、狐の体が輝く。

その光は細かい粒子となると、そのまま雪のようにゆっくりと天へと登っていった。

カラン、と乾いた音を立てて刀が転がる。

刀を赤く染めていたものも光の粒子となって天へと登っていった。

最後にあいつは何を言おうとしていたのか。

今となってはそれを知るすべはない。

再び闇と静寂に閉ざされた穴の底。

そこから見える満月は青く、冷たく、そして美しく輝いていた。

お立ち寄りいただきありがとうございます。

これからも宜しくお願いします。

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