赤ちゃんと猫と犬と
とある高層マンションの一室。
僕は今、飼い主の頭を本気で心配していた。
テーブルの上には僕に当てた置手紙。
『ちょっと出かけてくるにゃ。出来るだけ早く帰ってくるにゃ。その間、そらちゃん見ててにゃ』
バシィ! と置手紙に猫パンチ。
飼い猫に赤ん坊の世話見させるとか! 何考えてんだ飼い主!
あと語尾に「にゃ」付けりゃあ猫が日本語読めると思ってんのか!
いや、普通に読んでたけども……。
チラっと居間の布団に寝かされた赤ん坊を見る。
人間の赤ちゃん。名前は空。僕の飼い主の娘だ。
「なうー……なうー」
ごろん、と寝返りをうち……ハイハイしだす空ちゃん。
って、こらこら! 待つのだ! 頼むから大人しくしててくれ!
「なう?」
いや、なうじゃなくて……。
「ぅー……あぅー」
僕の心配などお構い無しにハイハイで突き進む空ちゃん。
まあ、居間の扉は全部閉まってるし……別に窓が開いているわけでもない。
危険な物は無い筈……
「なぅー」
ってー! なんか部屋の中に柴犬ワンコが!
おい、貴様! どっから入ってきた!
『失礼いたす。お困りの様なので参上した』
いや、困ってたけど! お前が来た事でなんか状況が悪化したような気がする!
『失礼な。拙者、こう見えても赤ん坊の扱いには長けている』
ほ、本当か? つーか、お前どっから入ってきたんだ。
家の鍵は閉まってるハズ……
『鍵ならここに』
チャリン、と口の中からヨダレまみれの鍵が。
な、なんだと。貴様! どっから入手したんだ!
『いや、部屋の前に落ちてたでござる』
な、なんだと……あのアホ飼い主! 鍵落とすとか何考えて……!
いや、ちょっと待て。鍵があったとしても、犬がどうやって開錠したんだ。
『フフゥ、猫には無理でござるな。これだから猫は……』
犬だって無理だろ! お前なんなんだ!
『細かい事は置いておくでござる。要はご主人が帰るまで赤ん坊の面倒を見るでござるな』
ま、まあそうだけど……。
さっきから空ちゃん、お前の耳ひっぱりまくってるけど……痛くないの?
『すっごく痛いでござる……し、しかし子供のする事……いちいち怒ってはいられないでござるよ……グス……』
泣いてるじゃないか。
逃げればいいだろ。
ぁ、つーか柴犬ワンコ。お前ちゃんと体綺麗なのか?
空ちゃんに変な病気移ったら……
『失礼な! 拙者の飼い主は無類の風呂好き……拙者用の風呂桶まで買ってくるくらいでござる。ちゃんとノミ対策もしている為、その辺りは心配ないでござるよ』
そうか、ならいいが……。
『ところでで猫殿。そ、そろそろ助けてほしいでござる……グズッ……』
お、おぉう、ぐいぐい空ちゃんに耳ひっぱられて痛いんだな。
仕方ない、僕の必殺技を見せてやろう。
必殺……しっぽビンタ!
空ちゃんのほっぺを、僕の尻尾で……ポフ……
「なうーっ、なうー!」
って、ぎゃー! 鷲掴みにされた!
「あぅー、なうー」
ま、まあでも……僕のモフモフ尻尾、略して「モフっぽ」に夢中になってくれている。
いまのうちだ! 柴犬ワンコ! 逃げるんだ!
『っく……モフっぽなら拙者も負けて無い! 拙者のモフっぽビンタも食らうでござる!』
何対抗意識燃やしてんだ!
つーかお前の尻尾そこまで長く無いだろ!
『むぅ、拙者の尻尾ではダメか。仕方ない、こうなったら……』
そのまま座りこんだ空ちゃんの膝へ顎乗せする犬。
おい、何してんだ。
『顎乗せは犬の特権なり。さあ、空ちゃんよ、撫でまわすがいい……』
「なうー」
『って、ギャー! 耳! 耳好きだなこの子! あぁ、こねくり回さないで!』
お前……自分から顎乗せしておいて……
というか空ちゃんのパジャマに毛が付くだろ。離れよ。
『何を言う。猫の方が毛は落ちやすいだろ。掃除大変なんだよ』
お前猫飼った事あんのか!
それと口調変わってんぞ!
『おっと、失敬。なんか耳こねくり回されるのも……慣れてくるときもちぃ……』
ん? なんか空ちゃん……うとうとしてない?
ぁ! お前が顎乗せして暖かいから……ちょ、寝るなら布団の上じゃないと!
おい、犬! 空ちゃんを布団の上まで運ぶぞ!
『んがっ……ん……むにゃむにゃ……』
お前が寝んな!
起きろゴルァ!
柴犬ワンコの顔面に猫パンチ!
『いたっ、お、おおぅ、寝てしまっていたか。空ちゃんを布団に運ぶんだな。拙者に任せよ』
そのまま空ちゃんの背中に回り込む犬。
座りこんだ空ちゃんのお尻を押し……押し……
『ダメだ、動かん。この子重いな』
一応女の子だぞ。失礼な事いうな犬。
『仕方ない。襟首咥えて……』
まてゴルァ! 犬猫じゃないんだ!
僕も手伝うから、お尻を動かして布団に運ぶんだ!
『むむぅ、仕方あるまい、では「せーのっ」で押すぞ』
おう、いくぞ!
『どっせーい!』
待て! 待て待て! 「せーのっ」はどうした!
『いや、こっちの方が気合入るかと……』
一瞬で変えるなよ! 一回くらい「せーのっ」って言えよ!
『細かいな……これだから猫は……』
何か言ったかゴルァ。
『では行くぞ。せーのっ……』
ぐいっ
『せーのっ!』
ぐいぐいっ
『ゼェ、ゼェ……せ、せーのっ!』
ぐいぐいぐいっ
『はぁーはぁーっ……あかん、作者の語彙力じゃ……どの程度進んでるかサッパリでござる!』
頑張れ! こんな絨毯の上で空ちゃんを寝かせるわけにはいかないんだ!
なんとか布団まで……
と、その時……空ちゃんはハイハイで布団へと帰っていく。
マヌケな動物二匹をあざ笑うかのように。
『……ま、まあ……落ち込むなよ、猫殿』
別に落ち込んでなんか……まあいい。
とりあえず当初の目的は果たした。
「なうー……なうー」
むむっ、空ちゃんが僕に向かって手を伸ばしている。
来いって事か。
『お呼びだぞ、猫殿。そろそろ文字数もアレだから拙者も帰るでござる』
ぁ、うん……
テクテクと普通に玄関から出ていく柴犬ワンコ。
ガチャリ……と鍵を掛ける音も聞こえた。奴は本当に犬なのか。
っていうか……ぁ、鍵……あいつ持ってったのか?!
やばい! 飼い主が入ってこれないじゃないか!
「なうー、なうーっ」
あぅぅぅ、空ちゃんが呼んでいる……仕方ない、アホな飼い主の事なんざ知らん。
そのまま空ちゃんの傍まで行き、そっと添い寝するように……。
「あぅー……」
むむ、そんなに僕のモフっぽがお気に入りですか。
まあ好きなだけモフればいい……。
って、なんか眠く……なってきた……。
空ちゃんも眠った様だ。僕も……寝よう。
――後日談
『猫殿、気になる事があるのだが』
なんだ、言うてみよ。
『結局、猫殿の飼い主はどうなったでござる? 拙者が鍵持ち帰ったから……』
いや、僕はお前が鍵の開け閉めをどうやってたのかが気になる。
『まあ、それは置いておいて……猫殿の飼い主だ、あの後どうやって帰って来たのだ?』
あぁ、何かベランダから入ってきた。
『……我々の住まうマンションは十階の筈だが……』
缶
完が缶になってる! ちゃんとせよ!