何者か
本日2話目
男は、ノクリアの顔を覗き込んだ。男は優越感を抱いていると、ノクリアは思った。
「お前は、不幸な暮らしだったはずだな、ノクリア」
「違う」
男は分かったようにまた笑んでみせた。やはり演技臭い。
それにまともに返事をする気が無い様だ。
「可哀そうに。一人、お前は世界に良いようにはじき出された」
「違う。これは使命だ!」
ギッと睨みつけたノクリアに、男は笑みを深くする。
「愚かで可愛いものだ」
「ノクリア」
急に、別の声が飛び込んできた。
木の上から、ネコがノクリアたちを大きな目で見つめていた。
「警告だ。ノクリアはそいつのエサだ。逃げて」
男はネコの言葉にノクリアの頭を抑え込んだ。
ザァと、木の葉が揺れる音がした。
「・・・助けに行く、逃げろ、待っ、て、ろ」
ネコの声は、抱えられていてもきちんと聞こえた。
男は遅れてノクリアを、まるで大切な壺のように抱えて、耳元で囁いた。
「ネコは嘘をつくものさ。あれらが味方であるものか。所詮違う世だ。お前を大切にしてやれるのは私だ。お前を一番必要といているのも私」
「・・・そんな風には思えない。ネコたちと会話をさせろ。放してくれ」
「追い払った後だ。お前には不要だ」
男はノクリアにほおずりをした。どうも行動がおかしい。
「放してくれ! 私に関する事を勝手に決めるな!」
「お前に必要なのは、ネコよりも、水と食料だ。そうだろう?」
ノクリアはグッと言葉に詰まった。確かに事実だ。
「向こうから持ってきたものは、こちらでは一切役に立たない。ではどうする? ネコよりも私が役に立つが?」
「理由は」
「すでに金を幾ばくか手にしている」
「・・・どうやって」
「どうやってだろうな? ・・・いいや、では教えてやろう。その代わり、約束をしろ」
「名乗りもしない者を相手に約束などしない」
「名乗ればするのか?」
「・・・」
「名を教えない理由を教えてやろうか?」
「・・・あぁ」
「私が力を持ちすぎているからだ。だからだよ。名前を呼ぶだけで、何かに共鳴して影響を与える」
「では、名前でなくて良い。何者かを教えてくれ」
「なるほど」
男は楽しそうにニマリと目を細めた。
「お前を元の世界に連れて帰る者だ。私こそが」
「何者なんだ?」
「もう答えは返した。さて、移動だ」
男は、ノクリアを抱えたまま歩みだした。
遅れて気づいたが、今はノクリアを抱えても負担でない様だ。不思議だ。
ノクリアはジィと男を見つめる。男は気にせず上機嫌だった。
***
「水は簡単に手に入る。食料の方が手間がかかる」
道を歩く途中で、男は人の背丈ほどある色鮮やかな箱から飲み物を取り出した。
異世界のものだから初めて見る。
男の指から出てきた金を入れる。箱が光り、ボタンの1つを選んで押す。ゴトンと音を出して下に飲み物の入った容器が落ちて来る。黒い霧が箱から滲みだして男に戻った。
男は容器をノクリアに拾わせて、フタの開け方も教えてくれた。
やっと手にした水だ。ノクリアは有難く口に含む。その後は、取り出した布に水を垂らし、顔を拭いた。
現金なもので今度はグゥ、と腹が鳴った。
ノクリアは赤面した。腹の虫を人に聞かせるというのは大変失礼な行為だ。
チラと男を伺ったが、顔をしかめるふうでもない。寛容なのか。
「・・・来い」
男は宙を睨み上げて、ノクリアを招いた。緊張した雰囲気にノクリアも見上げる。何も見えない。
「隠れるぞ」
男はノクリアの手を引き、物陰に入る。
それからトプン、と姿を変えた。黒い霧になる。霧はノクリアの周囲を覆ってしまう。ノクリアの姿を隠したのだと、さすがに理解できる。
ならば、声は出さない方が良い、のかもしれない。
じっと動かず過ごしてから、ようやく霧が流れて、今度は犬の姿になった。
きっと、隠れて何かをやりすごしたのだろうが。
ノクリアは屈みこんで犬を見つめた。
「なぜ今は犬に?」
「・・・」
「話せないのか?」
フィ、と犬はソッポを向く。それから、スピスピと鼻を鳴らした。周囲をまた警戒しているようだ。
「理由を教えて欲しい。私が必要なのだろう? 話せば私が逃げると思って、教えてくれないのか?」
ノクリアは尋ねた。
犬はチラリと見たが、また宙を見回している。
ノクリアは、無言で犬の頭に手をやって、撫でてみた。
この者がノクリアを守ろうとしているのは事実だと思う。
ただし、相手がノクリアの敵なのか味方なのか分からないのが問題だが。