帰る
「おかえり」
玉座で男が待っていた。
非常に機嫌が悪そうだ。どうも人間が男に訴えごとをしていた様子。
一方、ノクリアたちの姿に、周囲がほっと安堵していた。
「正しい王はあっちでしょう。言いたいことは自分で言ってください、って、皆に言ったの」
ノクリアと共に歩くイフェルが、どこか冷たく言った。
「・・・そう」
「そう。当たり前よ。どうして私に全部言うの? できるわけ、無いでしょう。できないと思って頼みに来るくせに、できませんと言った時の顔! 腹が立つったらないわ! だから言ってやったの。私は魔王に頼まれてノクリアと二人きりで話をすることになりました! その時に魔王に直接話をしなさい、魔王にもそう返事をしておきます! って! どうせノクリアのいない間、誰かが相手をしなくちゃいけないんだから。言いたいことは全部直接言えば良いのよ!」
並んで歩きながら、ノクリアは苦笑した。
イフェルがこれほど肝の座った人だったなんて。
イフェルは人間側の場所で立ち止り、再び平伏の姿勢を取る。
ノクリアは王座まで進む。男はノクリアのために両腕を広げた。
「どうだった。大丈夫だったか」
とノクリアには穏やかな顔で迎えてくれた。
「帰ったら、色々、お願い事を聞いてくれる?」
とノクリアは皆の前で甘えた。
「もちろんだ」
少し驚いた様子だが、男は頬を緩めて快諾した。
「私も、皆に話しかけても、良い?」
「・・・何を?」
「イフェルを皆で支えてください、と」
「へぇ? ・・・分かった」
男は面白そうに許してくれた。
ノクリアは、男に抱えられて、大勢の皆を見た。
おかしなものだ。イフェルと話をしてから、己を人間だと認め直した。話す前は『人間たち』という感じで見ていたのに、今は『皆』と思っている。
自分は影響を受けやすいのかな。だとしたら困ったことだ。
でもノクリアがそんなに影響を受ける相手は、きっと限られている。
ノクリアは発言した。
「皆さん。イフェルの元、争わず生きてください。日々穏やかに。お願いします」
平伏していた人間が、さらに頭を下げた。
二度と魔族を取り込んで、などと考えないで。その方が生きていける。少なくとも、この魔王の統治下では。
「イフェル。また、会ってね」
「えぇ。ノクリア様」
他の皆と同じ様に平伏の姿勢を取っていたイフェルが、顔を上げて微笑んだ。
「・・・そろそろ、帰るか」
男が急にノクリアを抱えて立ち上がった。
どうやら、イフェルと仲良くしていたから、自分を構って貰いたくなったらしい。とノクリアは察した。
***
屋敷に戻ったら、男はノクリアを食べたいと言ってきた。
余程寂しかったのか。
良いよ、と答えると、男は矯正具の術も解いていない状態で、ぎゅうとノクリアを抱きしめた。
抱きしめてくるのはいつもの事だが、様子がおかしい。暗いのだ、雰囲気が。
何か思い詰めることでもあった?
「ルディゼド?」
声を出しても返事がない。
「どうしたの」
「・・・馬鹿なことを聞いても、良いか?」
「勿論」
馬鹿な事って何だろう。
「私と、イフェルと、どちらが好きなんだ?」
「・・・ルディゼド」
「その間は何だ?」
妙に硬い声だと思う。
「そんな質問だと思わなかったから。でも、本当にルディゼド。イフェルには悪いけれど、だって、私はあなたと異世界に行きたいと願ったぐらい」
「・・・そうだった」
男が、少し笑った。
抱きしめられているまま、無言になる。
ノクリアは話しかけた。
「私たちの話を聞いていたのでしょう。不安にさせるようなことを、私は言っていた?」
「・・・ノクリアは、あの異世界にいたのが、私でなければ、そいつを好きになっていたか?」
顔も見えない状態で、尋ねられたのはそんな質問だった。驚いた。
異世界の時の話をした事で、ルディゼドが不安を覚えた?
「あそこにはルディゼドしかいなかった」
「分かってる」
「他の魔族なら、食べられてわたしは死んでいる」
「・・・それを言うなら、私が封印を受けていなければ、私も、文字通り喰っていた。ノクリアを」
「・・・」
ノクリアはしばらくそのままでいてから、回した手で、男の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「ルディゼドしか、好きにならなかった」
「嘘だ」
「ルディゼドが好き。他の誰かが、封印でもされて、都合で守ってくれたとしても、ルディゼドみたいに好きになってない」
「嘘だ。ノクリアは。あの状況なら、守ってくれたヤツに好意を抱いてる。そいつがノクリアに好意を持ったなら尚更だ」
これは、特別な性質がなければ好きになってくれていないのではと、ノクリアが不安を抱いたのと同じだ。
彼は、ノクリアに好かれた理由に不安を覚えた。