一番目
あれから。
イフェルは、本当にイフィルという人間の国の王にされてしまった。
男がそう命じたからだ。
確かにあの時のイフェルは、ノクリアの意思を無視して酷かったけれど、それまでノクリアを心から支えてくれた存在だ。
そして、彼女の性格から考えて、イフェルは王などなりたくないはずだ。あの時だって蒼白になって嫌がっていた。
困って男になんとか許してと申し出てみたが、男は絶対に許さない、とノクリアに答えた。
「殺さない。だが絶対に許さない。それに私が人間たちに言った事も事実だ。本人にとって嫌だろうが負担だろうが、王として働け。それが罰だ」
やはり本気で怒っている。
殺さない、というところだけでも恩情なのかもしれない。
ノクリアは、男がどれだけノクリアを大事にしているか知っている。本当は殺したいのを、ノクリアの願いで生き残らせてくれているのだ。
周囲がイフェルを焚きつけたのを知っているのに、怒りはどうしても消えないらしい。
しょんぼりしてしまうと、今度は男が拗ねる。
「殺さないという願いを、聞いてやっているのに」
「うん」
そうだった。やはり、自分は我儘なのかもしれない。
男がいるから、自分はこんな風に過ごすことができているのに。
男と一緒に、できればネコたちと、穏やかに過ごす。
それが望みで、もう、本当の願いは、きちんと叶え切ってくれているのだ。
***
ある日。男は、またノクリアを連れて人間のところに行った。再びの里帰りだ。
事前に連絡していたらしく、今度は王として着飾ったイフェル自らが広場にまで来て、人間が総出で男とノクリアを出迎えた。
あまりの事に驚いていると、イフェルがノクリアの表情に、サプライズ成功だわ、なんて思っていそうな顔で笑ったので、思わずノクリアの顔もほころんでしまう。
ノクリアの笑顔に男も機嫌がよくなったので、人間たちはホッとしているようだった。
***
イフェルが言い聞かせたのだろうか。前の時の影響には違いないが、とにかく丁寧にもてなしを受けた。
王座は初めから男のために空けてあった。
しばらく話をしてから、イフェルが、男に願い出た。
また二人で話をさせていただきたい、と。
男は鷹揚に頷いた。
ノクリアは少し、驚いた。あれだけイフェルに怒りを持ちながら、また二人きりを許したのだから。
***
また別室に二人きりだ。今回は、犬もネコも傍にいない。契約印はあるけれど。
部屋に二人きりになった途端、イフェルがクスクスと仕方なさそうに笑ったので驚いた。
「大丈夫よ。警戒しなくて良いわ。実は、あなたの旦那様に、頼まれたのよ。このことは秘密だけど、ふふ、ざまあみろだわ」
「え?」
イフェルはおかしそうに笑う。
「自分から説明する勇気がないから、私に説明させるのよ。きっとこれ、盗み聞きしてるのよ。セコイわよね」
「・・・イフェル、そんなことを言ったら」
ノクリアは本当に心配になった。
なのに、王としての豪華な衣装を着込んだままのイフェルは肩をすくめた。
「良いのよ。別に殺されても良いもの」
「嫌だ」
「分かったわよ」
とイフェルは仕方なさそうに微笑む。
ただし、嬉しそうに見えたのもノクリアは気が付いた。イフェルはノクリアに止められて、嬉しいのだ。
多分、自分の価値を、イフェルは探しているのだろう。
「あのね。ノクリアに、教えてあげなきゃいけないことがあるの。ちょっとした歴史の授業よ」
「え・・・はい」
ノクリアは素直に頷いた。
「驚くと思うけど、あいつが言えって言うのだもの。恨むならあいつにしてね」
「・・・はい」
ノクリアの素直な返事に、またイフェルはフフフ、と笑う。
それから、急に真剣な顔になった。本気の顔に。
「私は、末席ながら王家の一員なの。そしてあなたたちの世話係を命じられた。だから知らされた事もあるの」
「・・・」
ノクリアは、真面目な生徒の顔でイフェルを見つめる。
「人間は弱い。だから、遠い祖先が・・・魔族の能力を人間が取り込めないかと、思いついたの」
そうか、とノクリアは思った。
今から話されるのは、人間が魔族を利用してきた、歴史の話なのだ、と。
***
一番初めに、人間は弱い者を捕らえた。
魔族を捕らえるのだ、相応の報復を受ける危険がある。だから生態を調べ、危険を冒してでも得たい種族に狙いをつけて。
「弱い魔族だけど、特徴的な能力のある魔族が、一番目。その種族は、強い魔族を惹きつける魅力を持っている。魅了する。人間たちは考えた。弱い上に、強い魔族を惹きつけるというのは、非常に理想的である、と」
 




