闇の中
男が蹴り開けた先は、真っ暗だった。
「灯りを・・・」
と思わずつぶやいたが、男は、
「いや。駄目だ。最後の一撃になってしまうからな」
などと優しくノクリアを諭す。だけど意味は分からない。
「目を戻してやろうか。共に見るか?」
と尋ねられて、ノクリアはコクリと頷いた。
男がどこか辛そうで泣きそうなのを堪えていると気付いたからだ。稀な事だ。
一緒に見る事で男が慰められるなら、一緒に見たい。
男がノクリアの瞼それぞれにキスをして、何かを吸い取った。
パチパチと瞬きすると、視界がハッキリしてきた。きっと魔族の眼に戻ったのだろう。
暗闇と思えた場所でさえ、見える。ノクリアは自分の本来の視力に内心驚く。
男に抱えられながら部屋に入る。ノクリアはすぐさまギョッとした。
奥の壁一面に、何かが打ち付けられている。
強者だ。
恐ろしく強すぎて、まだ組織が朽ち果てていない。
だけど・・・もうこの状態では、死んでいるはず。
先ほどの声は・・・?
「執念で、意識をここに繋ぎとめている。いや、出れなかったというのもあるのだろうな」
と男が、まるで弱音を吐くようにノクリアに顔を寄せて教えてくれた。
ノクリアは男に両腕を回して、ギュッと抱きしめた。
「ありがとう」
と男がフッと笑った。ノクリアが心配したのを察したからだ。
「一番初めの魔族だろうか」
「・・・ ちが う」
答えが部屋の壁から返される。
「そうか。もう死んでいるのに。なぁ、朗報だ。魔族は人間に勝った。私が今の王だ。圧倒的強者だ。この部屋は、遠隔では探れなかったが・・・ついさっき、中核を壊したからもう意のままにできる。ここの魔族たちの血肉は、全て回収した。あんた以外は。全て弔ってやるつもりだ。・・・さぁ、気分はどうだ?」
「ころ せ 」
「人間を、だろう? 駄目だ。ノクリアがここの生まれなんだ。隣の部屋で生まれた子だ。人間を殺すなって泣くから、私には無理だな」
部屋の中の声が消える。黙ったのだろう。
「なぁ、選ばせてやる。私と、この可愛いノクリアと、どっちが良い? あんたを消すの。特別に、可愛い子が良いって言うなら、それぐらい叶えてやるよ。・・・ノクリア、良いだろう?」
「・・・どうすれば」
「選ばれたらで良いが、灯りをつけるだけで消えてしまう、もうこんな状態では」
部屋の中からの返事はない。
「迷っているな」
と男が呟いた。
ノクリアは困って男を見る。
すると、
「そのこ に しよう」
と壁が答えた。
男が頷いた。
「仕方ない。分かってやろう。最後は可愛い子の方が良いものだ。男ならな」
「・・・」
ノクリアはなんだか微妙な気分になった。そんなノリで良いのか? つまり殺してしまうという事だろう?
「 み た い」
と声が来る。
ノクリアはさらに困惑した。
男はなぜか口の端を歪めるように笑った。どこか辛そうに。
「・・・確認だが、あんた、1番目に近いのか?」
答えは返ってこない。
「供養だと思って、ノクリア、頼めるか?」
と泣きそうに男が言った。ノクリアはしっかりと頷いた。
「願い事があるのだが、聞いてくれないか?」
と男は言った。
「私にできる事なら、言って」
とノクリアは心から答えた。男の様子があまりにも心配だ。
「・・・元の姿にもどってやってほしい。・・・」
男は何かを言いかけて、止めた。
「矯正具の術を解けばいい? 目はもう、あなたが目薬の効果を消しただろう?」
「あぁ」
「どうしたの。泣きそうだ」
「大丈夫だ。私はな」
「だったら、どうして」
「・・・ノクリアに、教えなくては、ならないと」
「私に」
ノクリアはじっと男の泣きそうな顔を見つめた。男は目を伏せて視線を合わせてくれない。
ノクリアは、男と視線を合わせたくて顔をすり合わせた。
「私が、知って泣いても、また慰めてくれるんでしょう?」
と、まるで、昔のイフェルのように、ノクリアは男に言った。優しさで包むように。
男がフッと笑った。
「そうだな」
目線を上げて、ノクリアを見てくれた。もう潤んでいる。
ノクリアは微笑んで、指でまなじりを撫でた。
「 すま ない な」
と、壁からの声が聞こえてきた。
悪い人では、無いように思った。




