破壊
「さて。では・・・そうだな。大人しく見ていろ」
男は人間たちに一瞥し、宙も見た。ノクリアを抱えたまま部屋を見回す。不機嫌に少し眉を潜める。
ノクリアの腕から犬がポンと飛び出した。
ノクリアは慌てたが、床に着地して、トトッと駆けだし、それから器用に机の上に飛び移り、わんわん、と声を出した。
「そうだな。それだ。こっちがアレか?」
わん
と会話が成立している。
男は、机の上にある瓶の1つをつまんだ。ジィと見つめる。それから、犬に言った。
「食え」
わん
犬が、瓶ごとそれを飲み込んだ。身体に似合わず、大きな口を開ける様は異様だった。
「これも全部だな」
瓶をまとめてあるケースごと、男は犬の口に突っ込んでいる。
大丈夫なのかとノクリアは瞬いたが、男と犬は当たり前のようにしている。
「全部食え」
わん
と返事をして、犬はシッポを振り、ベロリと舌で己の口を舐めた。気のせいでなく、先ほどより一回り大きくなっている。食べてすぐに吸収したのか?
あれらは、よく見えていなかったが、多分、イフェルが見せてくれた、カレンリュイたちの組織では・・・。
食べたのか?
動揺して男を見上げるが、ノクリアの視線を全く男は意に介さない。
イフェルたちは、真っ青になって、身動きできずに突っ立っている。茫然と、声を上げる事も出来ず全てを見ている。
犬がトトトッと動き出し、棚に潜り込む。ガシャン、と音がたまにする。
まさか、全部を食べ始めている。
ノクリアも声も出せず、何をするのか男を腕の中から見上げる他ない。
男の方は、眉を少ししかめたまま、部屋の中を何か探っているような様子で集中している。
ノクリアの視線には気づいたらしく、ポンポン、と頭を軽く撫でられた。
一体何をやっているのだろう。
「あぁ、これだ」
男は気づいたように声を上げ、部屋の中央、真っ黒い柱に視線を遣った。
「直接埋め込んだのか?」
と少し首を傾げるようにした、と思うと、ガン、とその柱を蹴り上げた。
バン、と柱が揺れ、バキリと大きな皹が入った。
「駄目、それは駄目だ!」
とイフェルを捕らえていた一人が思わずと言ったように叫んだ。
皹が広がっていく。バキバキ、と音を出す。
男は用心したように柱から身を引いた。
直後、ゴン、と中で音がした。そして、黒い柱が中から破裂したように砕け、中からゴロリ、と大きなものが倒れてきた。
ノクリアは息を飲み身体を強張らせたが、男は平然としている。
そして、中のものは、完全には倒れなかった。太い鎖で、柱の中の支柱に繋いであったからだ。
なんだこれは・・・。
「人間だったな。愚かだ」
と、男が言った。
鎖が巻き付いていて、動けないようにしてあった。骸骨のようになっているけれど皮膚や服はきちんと残っている。服にはたくさんの染みがついていた。
特徴的な衣装。大きな術も使う事ができる、術に特化した部隊、強いレベルの者。
死んでいる。それもずっと昔に。だけどずっとここに拘束されていた。
この姿に、気が付かないわけはない。
ここで術を使わされ、人柱として埋められている。
拘束されているのは、本人から望んだ事では無かったからだ。
「可哀想に」
と、男が呟いた。
手を伸ばして、男は繋がれている太い鎖を素手で断ち切ってやった。
ゴロン、と完全にその亡骸は床に転げた。
それから男はもう一度、ノクリアを抱えて回し蹴った。黒い柱の中に残されている支柱がバラバラに砕けて床に落ちた。
「忌々しい」
と、男はまた呟いた。
フゥ、と周囲の空気が変わったのを、ノクリアは感じた。
急に身体が軽くなった。つまり今まで重かったのだ。術が解けた?
これはきっと、この部屋に入った時の違和感の方だ。
イフェルから受けた術は、男がすぐ解いてくれている。
「・・・か。・・・こち らへ・・・」
急に、部屋の中に妙な声が伝わってきた。奥の方からだ。
「まさか生きているのか」
と男は眉をしかめ、それから人間たちを一瞥した。
「お前たちの先祖の悪行だ。その亡骸をきちんと埋葬してやれ。おい、女。お前が王だ。きちんと仕事しろよ」
「・・・うそ・・・」
イフェルが茫然と突っ立っている。
男はノクリアを連れて奥に向かう。扉がある。
わふ
と声がして、見ればもう随分大きくなった犬がついて来ていた。
「たくさんあったか?」
わんわん
などと男と犬が会話しているのでノクリアは首を傾げた。
ガン、と扉を男が蹴り上げて、開けた。




