深夜の会話
「そいつを寄越せ」
「・・・」
「起きているのは分かってる。眠ったふりだってことも。良いか。そいつをこっちに渡しな」
スゥスゥと寝息をたてて眠る灰色のフードを着込んだ人間を、黒い霧が覆っている。
少し距離を置いて、白いネコが威嚇する。けれど黒いモノは動かない。
ネコのボスも歩み寄ってきた。
「オイオイ。随分と都合のいい耳だ。先ほどの我々の助力を忘れたのか」
霧から、人の顔がニュルリと現れた。
「そいつを寄越せ」
と白いネコは挑むようにその顔に向かって告げた。
顔は歪んで笑った。
「これは、私のものだ。渡すものか」
鼻に皺を寄せた白いネコの傍、ネコのボスは興味深そうに笑った。
「それは、お前の、エサなんだろう?」
「エサ?」
周囲のネコが耳を起こして尋ねた。
ボスは答えながら、勝ち誇ったように顔に話しかけた。
「お前は、随分と、薄汚れて、やぁ、随分と昔からいるようだが。だが我々の目をごまかせるとでも? お前にとっても、ノクリアはエサだ。薄暗い闇だ。我々が本気になれば、お前など消え失せてしまう」
「・・・」
「ボス。そんなことよりも、そいつだ。タクマをどうした。タクマを引き取りに来た」
「タクマとは?」
と顔が嘲笑を浮かべながらネコたちに尋ねた。
「私の弟分さ。戻ってこないって大騒ぎさ。手のかかる子だけど、私の配下なんでね」
白いネコが緊張を保ったまま、呑気に眠ったままの灰色のフードを睨んでいる。
「あぁ」
顔は思いついたように明るい声になった。それから、ムクリと身体を起こした。身体は山犬のようなのに、顔は人の顔で奇妙だった。
「そうか。それは、なるほど」
ネコたちがじっと見つめる中で、顔は嬉しそうにした。
「お前たちに教えてやろうか?」
「勿体ぶったことだ」
ネコのボスが半眼で睨む。しかし顔はそれすら楽しそうだった。
「お前たちが、ノクリアノクリア、と可愛がろうとしたこの者は、ただの罪人だ」
顔の言葉にネコは首を傾げた。
「向こうの世界でも、人間はとてもとても愚かなのだ。自分たちの力が足りないと悟ると、他の世界から、無理やり人間を引っ張り込む。それがタクマだ。タクマは無理やり武器などを持たされて、到底かなうはずもない絶対的強者を倒せなどと命じられる。倒さないと元に戻れない。理不尽だろう?」
「どういうことだ」
と白いネコが話に食いつく。
「つまり、タクマは、戻ってこれないという事さ。お前の大事なタクマの代わりに、この者がここにいるわけだ」
「なら、すぐにまた入れ替わってもらおう」
「無理だなぁ」
と顔は笑った。
「無理なのだよ。だが、なぁに、心配するな。愚かな罪は裁かれなくては。私が始末してやろう。なぁに。じきに」
「・・・その話は本当か?」
白いネコはたじろいだ。
ネコのボスが尋ねてきた。
「おい。タクマは戻らないのか?」
「戻るわけがない」
顔は憐れんで教えた。
「お前たち。一匹のアリに、ネコは負けるというのか? そんな戦いを、タクマとやらはさせられる。そして勝てと命じられる。なぁ、アリは殺される。それ以外にないだろう? 大人しく生きていれば良いものを、たかがアリごときが、ネコにかみついて来るのだから。殺さないわけがないだろう?」
「タクマを返せ」
「無理だな」
と顔は今度は悲しそうに首を振った。
「私の行いはお前たちの無念を晴らすはず。こいつを喰らう」
「それは嘘だ」
とボスは言った。大きな目で顔を見ていた。
「嘘なものか」
と顔が真顔で答えた。
「では、なぜ守っている?」
と茶と黒の模様のネコが尋ねた。
顔は起こしていた身を再び地に倒した。顔は瞬きの内に黒い霧の山に紛れてしまった。
それでもじっとネコたちが見ている。
山から、仕方なさそうに返事が来た。
「他のものが、喰わぬように」
ネコたちはジィッと、山と、それに包まれて眠る灰色のフードを見つめていた。
「お前には、今、ノクリアを食べるほどの力が無いのだろ?」
ネコのボスが薄ら笑うようにして確認したが、それに対する答えは返ってこなかった。