密室
そういえば、ネコの方はどこに。
少なくとも、今、ノクリアの頭の上にも肩の上にもいない。気まぐれにどこかを探検しているのだろうか。ありそうだ。ネコとして意識されたものだから、気ままな振る舞いを好むらしい。帰るまでに戻ってきてくれるだろうか。
だが結局はルディゼドなのだから、ノクリアが心配することはないはず・・・。
「ねぇ、魔王は随分ノクリアを気に入ったのね。ノクリアが、魔王を止めてくれているって、聞いたわ。皆、あなたに感謝してるの。でも・・・私は、寂しい。ノクリアまで、傍からいなくなってしまって」
イフェルが、悲し気に、そして自嘲したように笑った。
ノクリアは驚いた。こんな顔を見た事が無かった。キュッと苦しくなる。辛い。
「里帰りですって。良かったわね」
「・・・はい」
今いる状態を全て正直に話せないのは辛い。だけど、男が心配する気持ちも十分に分かっている。あの記録書を読んだ事がかなり効いた。
「また、すぐ行ってしまうのね」
「・・・はい」
「ノクリア」
少し明るく、イフェルが声をかけてきた。
「うん?」
「寂しかった?」
「え」
ノクリアは意味をつかみ損ねかけ、一拍後に、コクリと頷いた。
イフェルは無言で見つめてきた。少し探りを入れているようだ。
ノクリアは腹に力を入れるように、見つめ返す。疑われてはいけない。
イフェルは探るように言った。
「このまま、返さないでいようかな」
「え」
ノクリアは驚いた。魔王の気持ちに反する行為になるのに。
「ねぇ。ノクリアが希望を出せば、聞いて貰えないのかしら。魔王はノクリアを妻にするほど気にいったんでしょう。人間だって消したいのに、ノクリアの願いを聞いてくれてる」
イフェルは真剣にノクリアに訴えている。
「イフェル・・・。それは、難しいと、思う」
「どうして」
「だって・・・気に入ってくれているから。だから、人間を殺さないでという願いも、聞いてくれた。でも・・・こっちに残りたいと言えば、きっと怒る。人間だってどうなるか分からない」
「・・・」
イフェルが無言になった。
ノクリアも項垂れたようになる。実際、気持ちを隠しながら話さないといけないので、心苦しい。
「じゃあ、ずっと、このまま、離ればなれ・・?」
「・・・」
ノクリアには答えることができない。
「ねぇノクリア。本当は魔王の事、好き?」
「え?」
驚いて、ノクリアは視線を上げた。イフェルが見守るように微笑んでいた。
「そうだったら、良いのになって」
言えない辛さに、ノクリアは動揺して俯いた。決して、仲良く暮らしていると言ってはいけない。
イフェルがため息をついた。
「ノクリア。お願いがあるの。良い?」
「・・・何?」
イフェルは、少し悲しそうに笑んだ。
「私、ノクリアの血を引く子を産みたい。お願いを叶えてくれる?」
え。
ノクリアは目を丸くする事しか、できなかった。
犬が警戒したように、ノクリアの膝の上で立ち上がった。
「大丈夫。魔王にも内緒にすれば良いだけ。ノクリアの身体、中の組織を一つもらうだけ。外から見ても分からないわ。ちょっと安静が必要になるけど、1日だけ。だから今日と明日は気をつけてゆっくり過ごして。でもそれだけ。皆やってるのよ」
とイフェルは熱を込めて訴えてきた。
椅子から立ち上がり、ノクリアの手を取り上げて握ってくる。
「他の子たちはね、強い子が多かったから、皆、戦いに行く前に組織を摘出したの」
「え、そうだったの・・・」
「でも、ノクリアはまだだったでしょう? ・・・あの時は、強い子が多かったからだわ。本当ならノクリアもきちんとしておくべきだったのに。だから、今、してしまいましょう」
決定事項のように告げられて、ノクリアは焦りを覚えた。
その方法は、男のために、絶対にやってはいけないとノクリアは思う。
カレンリュイの夫となった者はそれに激怒し、ノクリアの夫、魔王の男もその怒りに同意している。
「・・・待って」
ノクリアは動揺を悟られないように冷静さを保とうとした。
イフェルが掴んでいる手を、握り返して、思いついたことを即座に否定材料として口にできた。
「イフェルは、前に、人間の血のストックだって言って・・・前の妊娠の時にも、対象にならないって言ってた。だから、私の体を取ったって、イフェルは・・・」
「大丈夫よ」
とイフェルは嬉しそうに笑う。
「王がね、私が寂しいだろうって、特別に、ノクリアなら良いって言ってくれたわ。だから、大丈夫」