記録
まず、カレンリュイが話した、人間の妊娠方法について。
腹の上に血肉を乗せて魔方陣を。それで妊娠。
その方法を、ノクリアは知らされていなかった。そうだったのかと読み取って知ると同時に、書き手の強い怒りを感じる。
大切な妻の血肉をそのように。許さない、取り戻さなければ、と強く心に誓っている。同時に、カレンリュイへの強い愛情も読み取れる。子どもが待ち遠しい、という事も。
一方で、書き手は自分の推察も書き記している。
人間は、代々そのように魔族の力を取り込んでいる、という内容だ。
カレンリュイは、魔族からみて、非常に稀な種族の特徴が強いようだ。だからこそ推察されている。大昔に人間が捕らえた魔族を、人間たちが長年利用し続けているのではないか。代々、生まれてきた魔族の質の強い者を、次代に継がせているのでは、と。
カレンリュイの話から考えて、多くの種族が利用されている可能性が高い、と。
次の内容になって、男が急にパタンと本を閉じた。
意思を読み取る術を使っているノクリアが、バチンと鞭打たれたように大きく震えたからだ。
「まずい。ここまでだ。ここからは、カレンリュイが殺された事が書いてある。・・・私の先ほど話した内容だ。もう良い」
閉じられる前に読み取った、激しい憎悪と怒りと殺意と混乱とにノクリアは声すら出せないでいた。
「ノクリア。すまない。術の強さを把握できていなかった」
後ろからギュッツと包まれるように抱きしめられる。
返事をしようとして、ゴクリ、とノクリアは自分の喉が動いたのを聞いた。酷く身体が固まっている。矯正具の術のせいではない。
身体を持ち上げられて、男と向かい合う姿勢に変えられる。
心配して表情を覗き込まれる。
「ノクリア。・・・ここまで強く直接読み取らせるつもりは無かった。・・・ただ、それだけの憎悪を持たせる事を、人間はしている」
コクリ、とやっとノクリアは頷く事が出来た。
「人間が魔族に何をしたか、魔族はどう考えたか、少しは理解できたか? 私はただ、向こうに行く前に、警戒心をきちんと持ってもらいたい。そのために見せたのだ」
「うん」
言葉を返したノクリアに、ホッと男は息を吐いた。
しばらく無言でお互い目を伏せている。
「・・・そろそろ、行こうか?」
と男がノクリアの様子を伺いながら、申し出てきた。ネコが男の背中から現れてきて、ピョン、とノクリアの頭の上に乗った。
犬を探すと、床からは離れているノクリアの足首にモコモコが触れた。そこにいたのか。
「うん。・・・ねぇ」
励ましてくれている男に、ノクリアは少しでも明るい話題を選ぼうとした。
男が、ノクリアに酷いショックを与えたと落ち込み、それを隠そうと努めているのも感じ取れたから。
「なんだ」
ノクリアが作ってみせた笑みに、男も少し表情を和らげる。
「私も、魔方陣を使ったら妊娠する?」
「・・・まさかだ」
男が、見知らぬ何かを見て恐れたような顔をした。
あれ、その表情はなに。
男は少し言葉を飲み、それからソロソロと確認してきた。
「ノクリア、まだ知らないのか」
「妊娠方法? この本で、今、知ったところ」
「その方法は違う。駄目だ。トリアランも、驚愕して憎悪しただろう。書いてあったはず」
「うん」
確かに。
「本来は、子が欲しいのに成せない場合に使われる術だ。それを人間が当たり前のように悪用し続けている」
「・・・」
悪用して、子どもを作っている? 腑に落ちない。子どもができるのは良い事だ。
「正しい方法は、私ともうしているぞ。『食う』と言ってるあれだ」
「え、あれ?」
「そうだ。また今度、どの部分か教えてやる」
「え。嘘。魔方陣とか無いんだな」
男は痛そうな顔をした。
「・・・トリアランの、ごく個人的な日記も見たのだが、なるほど。動揺が理解できる」
「・・・出産時期が来て準備に入れば妊娠、って・・・」
男は苦虫を噛み潰したような哀れむような顔だ。
ノクリアは知識を確認してみた。
「食うのは、愛情を表す行為の一つだと思っていたけど、妊娠のためだった?」
「いや。結果として妊娠するというところかな」
と男は表情を和らげて笑った。
「私も、もう妊娠している?」
とノクリアは聞いた。
男は嬉しそうにした。
「今は分からない。ノクリア、自分で変わった事はないか? 強者の子は成長が早いからすぐに気づくらしいが、ノクリアはそこまで強くないからな。すぐに気づく程、腹の子が成長するのか分からない。・・・だがいつかそうなると良い」
「そう」
自分が子を産むなんてうまく想像つかないが、産めるなら良いなとノクリアは思った。




