注意
本日5話目
男がノクリアの両手に、手のひらサイズの犬を乗せてくれる。ノクリアはとても嬉しくなった。
「擦り寄っても良い?」
「好きにすればいい。あと、重ねて言うが、それも私だぞ」
「うん、そうか」
久しぶりに見た姿に、ノクリアはほおずりした。
「食べてしまいたい」
「何を言ってるんだ」
と男が笑う。でも小さくて可愛い。ふわふわしている。懐かしい。
「良いか、ノクリア。それを私だと人間には気づかせるな。それは護衛代わりだ」
「うん、分かりました」
とノクリアは男を見上げて頷いた。
男はまだ眉をしかめた。
「駄目だ、心配だ」
「そう?」
男がじっとノクリアを不安げに見ているので、ノクリアは名案だと思いついて言った。
「では、ネコも出して?」
「は。ネコ」
男が驚いて目を見開く。
「ネコ!?」
「うん。そう。だって、ネコにも会いたい・・・」
「あのなぁ、あれは私ではない。・・・分かった、ネコも出せば良いんだろう」
男はどこか嘆息しつつ、また左手の上にネコを出してくれた。
が、ネコはピョンと飛び降りてしまった。
「くそ、ネコだ」
男が毒づいたがノクリアは笑いながらしゃがみ込んだ。
「これもあなたでしょう? 勝手に飛び降りたの?」
「ネコだからな」
クスクス、とノクリアが笑いながら、左手に犬を乗せつつ、右手をネコに差し出してみると、ネコは右手から登ってノクリアの肩に至り、それから頭の上に登ってしまった。
「まぁ、ノクリアには懐くんだろう」
「あなただから」
「そうだな」
と男が苦笑した。
嬉しくてニコニコしているノクリアに対し、男はやはり気を引き締めたように真顔になった。
「良いか。一時離れて見せるが、意識はずっと繋いでいる。だが、本当に気を許すなよ。人間どもが乱雑に置いた荷物にノクリアが躓いて怪我を負っただけで私は怒るぐらいなんだからな」
「酷い過保護だ」
「気を抜くなと伝えたいだけだ。人間どもは、強者を騙してでも利用しようとする生き物だ。言いたくはないが、イフェルも、間違いなく人間だ。イフェルにも絶対に気を許すな」
「・・・うん」
「イフェルに、ノクリアが幸せな日を過ごしていると、絶対に悟られるな」
「え?」
どうして、とノクリアは不思議に男を見上げた。
男は怖いほど真剣な顔だった。
「双方合意で正しく夫婦になったというのも秘密だ。ノクリアは、私が人間に危害を加えないように必死で生きている。そのつもりで」
「・・・」
どうして、とノクリアは悲しくなった。男がイフェルに誤解をされそうなのが、悲しかったのだ。
「頼むから。頼むから、言う事を聞いてくれ」
「・・・分かった」
あまりに真剣なので、ノクリアは頷いた。こんなに言うなら、その通りに。
男はまた何かを言いかけて、それから止めた。
もう十分言ったからだと、ノクリアは思った。
しかしどうやら違ったようだ。
男は何か考えたようになり、それから屋敷の者を呼び、書物を1冊持って来させた。
それを、ノクリアに差し出した。
「・・・読んでほしい。人間が何をしているか、私の妻だ、知っていて欲しい。ノクリアは人間の国で育ったが、魔族の血も流れている。だから」
どこか悩むように、しかしとても真剣に頼まれた。
ノクリアは書籍を見つめた。
「これは?」
「この屋敷にいた者の記録書だ。トリアラン。前の魔王の側近をしていた。私とも面識があった。トリアランとは気が合ったんだ」
男が辛そうだった。
ノクリアは傍に行き、男を慰めようと腕に手をおいて男を見つめた。
前の魔王の側近。この屋敷の元の持ち主か。男と親しかった様子の、トリアランという魔族は死んだのだ。
「トリアランは、前の戦争で、人間側の魔族と恋に落ちてそのまま夫婦の契約印を交わした。カレンリュイという名が、トリアランの妻の名だ。そこにたくさん書いてある」
男の言葉に、ノクリアは驚いた。それから全身に鳥肌が立った。
「カレンリュイ。カレンリュイだと!?」
「まさか。親しかったのか?」
「人間の即戦力の一人だ。私などとても叶わない、レベルの違う強者だ。でも、彼女も矯正具をつけていて、だから、会えば話をして、でも彼女は戦死だと」
今度は男が、訴えるようなノクリアの頭を撫でた。