条件
男はまるで挑発するようにノクリアに笑んだ。
「私は魔族に、いや魔王にあの世界に飛ばされた者だ。正直魔王を恨んでいる。もう死んでしまったが。私は魔王に次いで力があった。それを本人の同意も無く別の世界に飛ばすには条件づけが必要だった。魔王はこのように設定した。『術で紛れ込む人間どもを100体喰らえば、こちらの世界に戻してやろう』と」
ノクリアは瞬いた。
ひょっとして、ノクリアがその100体目にあたるのか。
動きかけたノクリアの唇が指で押さえられ発言を封じられる。
男は目を細めて笑う。
「だが、人間どもには力が無い。その世界に100体送り込むなど気の遠くなるような話だ。だから、私はそれ以外も多く喰らった。『100体に足りるだけのものを取り込めば戻る』。とっさに条件をそう変更できる力はあったのだから」
ノクリアは瞬時に納得した。
だからあの世界で、この男は多くを喰らい、その結果封印を受けたのだ。
「だがあと少しというところで、身動きが取れなくなった。まぁ、あの状態だよ。その上、私の後に、何十体も魔族が送り込まれ始めた。つまり、送り込まれてくる人間たちの奪い合いも始まったわけだ」
男がノクリアの顔を見つめて一拍待ったので、ノクリアは声に出して尋ねた。
「人間が何度も召喚をしすぎたから?」
「・・・まぁ、確かにそれは原因かもしれないな」
男はフッと笑い、じっと見るのでノクリアの鼓動がまた早まった。
「魔族の流刑地扱いだったんだ、あの世界は。加えて、別の役割も与えられてあった。万が一のための、魔族の保管庫だ。・・・考えてもみろ、勇者を召喚する術。成功してしまったら、その後どうなる?」
「・・・タクマは、魔王を倒すことに成功した」
「それで? その後、元の世界に戻ったろ」
「そうだ」
「魔王が倒されているなら、他も死んでいる。その上、勝者である勇者は元の世界に去る。つまり統治者となる強者の不在だ。混乱するほかない。全く、人間はだから愚かなのだ。異世界から召喚など。その後を一切無視している」
「・・・その後に、強い魔族を呼び戻すということか?」
「そういう事だ。魔王の気に入らない存在は別世界に送っておく。魔王が死んだら、最も強い個体を魔王として呼び戻す。そんな条件であの世界に送っていたようだ」
なるほど。ノクリアは感心した。
確かにノクリアも渦中にいるので指摘内容はよくわかる。
戻って来てみれば強者は全て死んでしまっていた。
ノクリアではない誰かもっと強者が、ノクリアの代わりに向こうの世界に行き、勇者の帰還に伴い戻ってきていれば・・・きっと正しく皆をまとめて統治すらできたはず。
「皆がノクリアを争って喰らおうとしたのは、一つには少しでも強い個体になるためだ。そうすれば元の世界に戻れる。あとは、結局、勇者と交換された者には縁ができている。片方を喰らうと残った片方も徐々に弱体化する。元の世界の居場所が消えてしまうのだから。それも狙っていたはずだ」
ノクリアたちは双方無事でよかったな、と頭を子どものように撫でられた。
ノクリアにとっては複雑だ。男とネコたちがいなければ間違いなく喰われた後だったのだから。
不満そうな顔に気付かれて、笑われてしまった。
「あなたが戻って来たのは、封印が解けて・・・一番強かったから?」
犬の姿によくしていたように、頼るように抱き付いた。
すると、なぜか急に照れた。落ち着くと思ったのに。異様にドキドキとする。
驚いてすぐさま取りやめようとしたら、グィと抱き込まれて結局そのままになった。
「私は、私の条件を無理に満たした。だからだな。他のものたちを全て喰らった。他のものが戻る事も許せなかった」
男がノクリアの頭に自らの頭を寄せる。
「言う事は無いのか?」
と男は焦れたように催促した。
ノクリアは言葉を迷い、しかし素直に心情を零した。
「・・・会えて嬉しい」
男は驚いたようだ。ビクリと動いた。
どうも別の言葉を予想していたような気がする。
「そうか」
と、妙に遅れてから返事があった。
ドキドキが収まらない一方、少し心配になったノクリアは尋ねた。
「なにか別の言葉を、期待していた?」
「いや。良い。・・・安心しただけだ」
「・・・そうなのか?」
「怯えたのが馬鹿らしい」
などと男は言った。
「あなたが怯える?」
不思議に問いかけるが相手の返事は無い。
この状況では顔が見えない。
ひょっとして、と、ノクリアはやっと思い至った。
「同族を喰らったことを、私が嫌悪すると思った?」
やはり男は無言だ。当たりだったのか。
ノクリアは教えた。
「実は、会えた喜びしかなくて。私は壊れてしまったのかな・・・」
「それで良い」
と満足そうに男が答えた。
ノクリアは、安心に息を吐いた。




