再び
5話目
今日もまた魔族と向かい合う。
ここまでくると麻痺をする。
どうして、自分は毎日魔族と戦うのだろう。
自分には、魔族の血が流れているはずだと、知ってしまっているのに。
何のために?
イフェルのために。
どうして、私は、こちらの世界に戻ってきてしまったのだろう。
向こうの世界で・・・あの男に喰われていれば、一番、良かったのかな。
でも、男は嫌がるかもしれない。とノクリアはフッと笑った。
馬鹿にされたと勘違いした敵がノクリアに突っ込んでくる。
直撃を受けてはノクリアには耐えられない。
とはいえ、あまり力を使いすぎてはこの後何度ある戦いに挑めるか分からない。
最小限の動きで、宙に舞う。
見えた敵の頭頂に、睡眠の術をかける。魔力の消費が比較的少ないためだ。
術にかかって魔族が横倒れになるのを、隠れていた周囲が喜び勇んで現れて、とどめを刺した。
どうして、まだ生きているのだろう。
と、ノクリアは思う。
魔族を倒して、なお、私はどうしてまだ生き残ろうとしているのだろう。
***
ノクリアが帰還してから、1ヶ月は経った頃か。
魔族に、魔王が現れたと知らせが届いた。
しかも、その者はすでに王城に到達していた。
ノクリアがすぐに呼びだされた。
周りに取り囲まれ、魔王が現れたという正面玄関前に向かう。
ノクリアは我が目を疑った。
かつての仲間たちすら勝てるのか想像もできない、たった一人がそこにいた。
「差し出せ」
と、まるで生贄を求めるかのように腕が伸ばされる。
ドン、とノクリアの背中が押され、ノクリアは階段から数段落ち、バランスを保てず結局全てを転げ落ちた。
「立て。ここに、来い。殺されたくなければな」
すでに疲労が蓄積している身体をノクリアはゆっくりと起こす。
それから無言で立ち上がる。
そして敵を見つめる。
なんて悪い笑顔だろう。
見とれてノクリアも微笑んだ。私もあのような表情になれていると良いのだが。
「遅い。殺されたいのか」
無言でノクリアは歩み寄る。
戦えるはずはない。圧倒的な力の差。
彼になら殺されても良いだろう。なんならまるごと喰われても問題ない。
イフェルのことだけは気がかりだ。
でも、イフェル。私はもう、疲れ果てた。
あなたを支えるためだけに生きるのも、もう辛い。
近づいたノクリアを、敵はグイと腹を抱えるようにして抱きあげた。
姿が違う。見慣れたあの姿ではない。勿論、犬でもナマズでもない。向こうの人間の時の姿でもない。
だけど声は同じだった。
だからきっとあなただろう? そんな笑い方など、他に見た事が無いのだし。
敵は王城からこちらを見つめる者たちに話しかけた。
「これが、今の人間の最大戦力か。なるほどな。確かにお前たちよりは一等強い」
敵はノクリアを見た。
「尋ねてみるが、名はあるのか」
「ノクリアだ」
「そうか」
男はわずかに目元を和ませた。
「ノクリア!」
悲鳴がした。
見れば、イフェルが悲壮な顔で、こちらに駆け付けようとして、けれど周囲に止められていた。
「イフェル・・・」
ノクリアの呟きに、敵である男がわずかに動いたが、それだけだった。
男は周囲を観察していた。ノクリアはイフェルを見つめた。心配しないでと言いたかった。だがここでの勝手な発言はまずい。
男は嘲笑った。
「これが本当に、お前たちの差し出す生贄なのか? 一番必要としている者だと? その割に、その女以外、この者を惜しんでいないようだが」
え、とノクリアは驚いた。
生贄だと? そんな条件で、ノクリアは差し出されたのか?
「まぁ良い。まずは貰おう」
「待て! イフェルが! イフェルを残しては!」
「知らん」
酷く冷たい声にノクリアは竦んだ。
腹を支えているのとは別の手でノクリアの頭を抱え込んだ敵は、そのまま王城を滅ぼそうとした。
ノクリアは腕を伸ばしてとっさに縋った。
「止めて! イフェルがいる! 止めて殺さないで!」
男が、ハァとため息をついた。
***
魔力で男はノクリアだけを連れて転移した。
見た事もない屋敷の中だ。いやに暗い。
床に降ろされる事なく、椅子に座り込んだ男に抱えられたまま。
「ノクリア」
名前を呼ばれて、改めて見つめる。
「無事だったか?」
心配げに尋ねられて、ノクリアは今まで張りっぱなしだった気が緩んだのを知った。
「どうして。いつ、こちらに」
泣きそうになったのに、男は得意そうに笑みを返した。