さいごのはなし
連続投稿
戦場で妻を自らの空間に囲い込み守りながら、男は幸せな暮らしを送った。
1ヶ月後に妻は妊娠したと訴えてきた。
妻のおかしな様子に、思いがけない人の国の悪行を知ることになったが、妊娠には心から歓喜した。
一方、迅速に確実に、特に妻の国は滅ぼさなくてはならないと改めて心に誓う。
幸い、妻はすでに男の側だ。元の国を滅ぼしても問題は無い。もともと彼女は人の国に強制的に生を受けた魔族なのだ。
魔族を取り込み、魔族の血が濃い者を魔族と戦わせる人間たち。決してこのまま生き残らせてはならない。
***
強者は妊娠期間も短い。妻はじきに出産を迎える。
魔族の領地、男の屋敷に妻を送る。
男との夫婦の契約印もあるし、何よりも腹には紛れもない子が宿っている。
屋敷のものたちは間違いなく彼女に尽くすだろう。
毎日のように、彼女と屋敷の代表者からの報告を受け取る。
彼女も無事に健やかに過ごしている様子。
屋敷の者たちもまた彼女の輝きに心を奪われているようで、彼女を誠実に尊び、心から尽くしているようで、何よりだ。
それを一瞬で崩す力など、人間たちには無いはずだった。
異変はすぐに察知した。
けれど一番大切なものに間に合わなかった。
急に湧くように、妻と生まれたばかりの子のいる場所に、人間たちは現れた。
勿論屋敷には強力な守りをつけている。なのに内から砕かれた。
妻は間違いなく男を選んでいた。
けれどその身に人の血が存在するのも事実だった。
人の血を持つ存在を見つけた人間たちが、彼女の元に転移したのだ。
男が駆けつけた時には、すでに妻と子は殺されていた。
人間どもは妻に裏切り者と罵声を投げつけ、男の一撃は転移でかわした。
男は追いかけようとしたが踏みとどまった。
ひょっとして治療が、延命ができるのではと可能性に縋ったからだ。
けれど、まだ温かい身体が息を吹き返すことはなかった。
***
彼女は間違いなく強かった。
出産直後とはいえ、男が間に合わないほどの速度で惨殺されるはずはない。
どうして、と男は何度も妻の面影に問い、なぜ間に合わなかったと己を何度も責めた。
慟哭し荒れる男の元に、惨事を知った魔王自らが現れ男の肩を叩き慰めた。
他の者たちも男のために怒りに震えていると。男が、妻を、生まれた子を、どれほど愛しく思っているか、すでに周囲は十分に理解していた。
「異世界からの召喚者だ。恐らくそれがお前の妻を殺したはず。少なくとも転移してきた人間どもの中にいたのは間違いない。そうでなければ、お前の守りが破られるはずはない」
もたらされた情報に男は顔を上げる。
魔王も怒りを滲ませた。
「敵討ちだ。人間どもに踏みにじられた尊厳のために、何より無残に殺された同族のために。我々が正義の鉄槌を下してやらねばならぬ」
魔王の言葉は、周囲を震わせるほどだった。
***
男は力を振るう。
魔族は強かったはずだ。力量を誤ったなど、あり得ない。
ただし魔族領への転移を一度成功させた人間どもは、その軌跡を踏み台に魔族領の各所を荒らし始めた。駆逐するが、被害は無では収まらない。
ついに王城が急襲を受けた。
駆けつけて人間を迎え撃つ。
輝きを持つ剣を手に、人というには違和感のある少年と対峙する。
この者は。
誠実さと熱意。それから戦いへの嫌悪が溢れていた。
まるで人間らしくない。
この者だ。召喚者。
妻と子の仇。
刺し違えても良い、殺す。全力を傾ける。
少年の周りには、魔族の質を強く感じさせる人間たち。
数人を屠る。ただし、少年には紙一重で届かない。
男は焦った。
同時に少年の異質も感じ取る。理に外れて強すぎた。
人間は強者を貪欲に利用する。他の世界から呼び込みさえして。
哀れだと。僅かにどこかで思ってしまった。目の前、利用されている強者たちを。
彼らに妻の経緯を重ねてしまった。きっとそれは敗因だ。
吐血し膝をついた男に、魔族の質の濃い人間たちがとどめを刺す。
あの少年は目を瞑るように眉をしかめ、けれどひたすら先を見る。
目的は、約束は果たさなければと。
この者も人間どもに追い詰められている。
魔王は勝てるだろうか。この者に。
無念を、どうか、晴らして欲しいのに。
間もなく、男は絶命する。
死んだ先に、妻と我が子はいるのだろうか。
 




