あるうれしいおはなし
連続3話目
カレンリュイは必死で夫に訴えた。妊娠するような覚えがカレンリュイには無かったのだ。
「あなたが私の腹に魔方陣と血肉を置いたことは? ないだろう? だったら誰が。まさか私の国で、気づかないうちに処置を受けていたのだろうか。どうしよう。人の子を宿しているのに、あなたの屋敷になど」
必死で訴えるカレンリュイを、男は度肝を抜かれたように見つめていた。その表情は強者の男には相応しくなく、なんて稀な表情を見ているのだろう、やはり妻の特権だな、などとカレンリュイは少し落ち着きを取り戻しさえした。
男は深刻そうな顔をしてから、まずカレンリュイを椅子に座らせて、それからカレンリュイに断りをいれてから、すでに懇意となっている魔族を一人呼び寄せた。
そこで、魔族の子の作り方を、真剣な顔で教えられた。カレンリュイは驚きつつ、理解をしたと示すために頷いた。あの愛情表現で子ができるなど、カレンリュイには思いつくはずのない事だった。
夫が嘘をつくはずはないし、立ち会った魔族も真剣に夫に同意する。おそらくカレンリュイを納得させるために第三者として呼んだのだろう。さすがはカレンリュイの夫である。
それから、人の子作りについてを尋ねられたので、こちらも誠意をもって真実を教えた。
上層部のみ知る知識が入っていたかもしれない。だが、どこまでが上層部の知識で、どこまでが一般も知っている知識なのかの境界がカレンリュイには分からない。
それに、とっくに心は人から離れていた。
割きりの良さはカレンリュイの特徴の一つではあったが、魔族の妻になりよりその傾向は強まったと思う。
「人の国では、強者が尊ばれる。強いものの血肉が国に何種類も保管されていて、出産が必要な時期に、適度に組み合わせた夫婦の女の腹に、魔方陣を使って血肉を埋める。それが成功したら妊娠になる。だから、子どもには、恐らく父親の方の血は入らない。稀に両親の血を引く子もいるらしいが」
嘘偽りない説明に夫は頷く。
立ち合いの魔族が、酷く悔し気に唇をかみしめているのは不思議だ。
カレンリュイは説明を続けた。
「私も国では上位3番にはいる強者だ。戦場に出る前に、すでに組織採取を受けている。国で保管されている。きっと次代の出産に使われると、摘出者は言っていた」
ガタンッ、と急に夫が立ち上がり、周囲に殺気をみなぎらせた。
カレンリュイは驚き息を飲んだが、夫はハッと気づいたらしくそれらを抑え込みカレンリュイに笑んでみせた。無理に笑っているというぐらいはカレンリュイには分かる。
カレンリュイに対して怒っているのではないから、夫はこのように殺気を抑えてくれたのだ。
夫はいつものようにカレンリュイを愛情深く抱きしめた。
「あなたの腹の子は間違いなく私とあなたの子だ。どうか大事に産み育てて欲しい。戦いは私たちに任せればいい。あなたのためにも必ず勝利を掴んでみせる」
「あなたが勝つことを疑わない」
おかしくてカレンリュイは笑った。カレンリュイさえ地に伏せさせたのだから、人間が負ける日は間違いなく近い。魔族は、夫のみが強者ではないとすでに知らされている。夫の上位者は何人もいた。
こうして、カレンリュイは夫の暮らしていた本来の屋敷に転送された。
たまに顔を見たいけれど、どうせこの戦いはすぐに終わるのだろうと、カレンリュイは安易に予想していた。
すぐに終わるのだから、すこしぐらいの期間、待っていても構わない。
その間に、自分は子を産み、夫を待ちながら子を育てよう。




