五体
ノクリアは風を切る音を聞いた。
反射的にその場を飛びのくことができたのは奇跡だ。
ヒュッと風がノクリアがいた場所を通り、パァン、とそのまま看板に当たり、グラリと看板を揺らした。
「なに」
思わず声が零れたが、空を確認してゾッとした。半透明の大きなものか浮かんでいる。5体。鳥に似たものから竜に見えるもの。
争うようにぶつかり合う。
血の気が引いた。
敵だ。
隠れるための術は更新中のはず!
どうして、と確認しようとして気づいた。
今、相当本気で術を大量に使用している。それが原因か!
バレた。
仲間同士でもつれ合いながら、くちばしが降下して来る。
転がるようにして直撃を防ぎ、どうするべきか瞬時に考え結論を下す。隠れる場所がない。傍の巨石。そこしか。
とにかく駆ける。
だけど、5体。どうする。
応戦する他ない。
だが総攻撃の陣形は防がなければ!
ゴゥ、と風を切る音を感じて、とっさに横に飛ぶ。
大きく跳んだのに、スレスレのところを大きなツメが通り過ぎた。
巨石に向かおうとしたが、方向に無理が出た。ノクリアは一旦駆け下りかける。隙を見て巨石の元に向かいたい。
ゴウゴウと風が吹き荒れる。
天から眩しいほどの光が差している。全てが照らし出されている。あぶり出されたのか。照準を合わせられてしまったのか。
敵同士がぶつかれば良いと少しジグザグに駆ける。だが先ほどまで術を長時間使っていたのでふらついて躓いた。急いで立ち上がりなおす。
ドン、と傍で草が舞った。
男は大丈夫なのか、と思ったが、庇ってやる余裕が無い。
なんとか巨石の陰に周る。
短く一呼吸して、衣服に備えてある武器に手を伸ばす。
ただし、こちらに魔族がいるなど誰も考えてもいなかった。だから武器の種類は少ない。
巨石は壊しても支障ないはず。
ノクリアは広範囲攻撃用に白い扇を展開した。
『発動:業炎』
巨石を周り込んできたものに向かい、攻撃に繰り出す。
***
「ノクリア!」
ジリジリと体力が奪われている中、たくさんの声がした。ネコたちだ。
「どうすれば良い!?」
ネコたちが騒いでいる。加勢しようとしているのだ。有難い。
「迂闊に近寄るな!」
とネコ同士が警戒を伝えあっている。
だがこの状況でどう動いて貰えばいいのか、もうノクリアには把握できない。
『発動:明光』
やっと1体、多足虫のような姿を追い払えた。
「各自判断しろ! ここまで来てノクリアを奪われるなんて冗談じゃないぞ!」
「岩に登れ! 背に降りる!」
ネコたちがそれぞれ動いているようだ。
2体に回り込まれ、間に合わずノクリアは素手で術を放った。
すでに武器のいくつかを破壊されている。
表に回り込めば、やはり懇意となったネコたちが威嚇や攻撃を試みていた。
だが力の差があるようだ。逆にやられそうになってノクリアはゾクリとした。
「おいお前! ノクリアの危機だぞ! もう出てこれないのか!」
ネコの1匹が、まるで地面を掘るかのように大地を叩いた。
ハッと看板を見れば、地上に出ている分は折れている。ノクリアの術に加え、これら襲撃を受けている結果だろう。
きっと助けられるなら現れている。それが無いなら、まだ無理なのだ。
とノクリアは男を思った。
だけど、看板。少しでも術を。それに向こうの攻撃が、看板にうまく当たれば、ひょっとして。
無駄死にしたくなかった。
男がいなければ、ノクリアはこちらに到着した時点で喰われて消えていたから。
ノクリアは看板の元に駆けこんだ。
まだ地面に刺さっている棒を両手で掴む。
『発動:移動上昇』
動いた。グィと両手で引き上げる。
「ノクリア!」
ネコが叫んだ。
『発動:業炎』
振り返り、空に向かって術を放つ。
振り返った勢いで、棒が中途半端に手についてきた。途中で折れたのだ。
ノクリアはその棒を投げるために構えた。
1体が上空に退いた。
『発動:魔力浄化』
魔族に最も効く術。こちらの消耗も激しいのでタイミングを見極めなければならないが。
とりあえず、1体。
ノクリアはブン、と肩から敵に向かって槍のように投げた。
見事に目指した敵の胸元に刺さり、喚きながら宙に散った。
「っは」
思わずノクリアは両膝から落ちた。力が大幅に先ほどの術に奪われた。
眼が霞む。
「くそっ」




