流れていく日々
それからは、同じような日が続いた。
ノクリアは、毎日看板を動かそうとする。続けていればいつか動くのではと期待して。
けれど今のところ、何も変わらない。
晴れている時にネコたちが来るので、その時はどうすれば封印が解けるのだろうかと、相談する。
ネコたちに、ノクリアの悩みを話し、ノクリアが戻る時に男も連れて帰ることはできないのだろうか、と聞いてもみたが、ネコたちは分からない、と答えるだけだった。
だが、それも当然だ。結局、この世界とは違う世界の術なのだから。ノクリアにさえ分からないのに、この世界に住むものたちが正しく全てを知るはずがない。
ひょっとして、男の封印が解けて、男と話ができるようになったなら、何か案があるのかもしれない。
それを期待して、今日も作業を続ける。
疲れたら丘に寝転んで休息する。
頑張るから、と丘に向かって話しかける。
***
ある日は、珍しい事に、こちらの世界の人間がこの丘を見に現れた。
ただ散歩しに来ただけのようだ。
人間が散歩に来て今更ながらに気づいたが、こんなに気持ちの良い場所なのに、人があまり立ち入らない。
さては、呪われると言った不吉な言い伝えでもあるのかもしれない。
考えを丘に話しかけながら、ノクリアは笑い、手で草を撫でる。
穏やかな日々だと思う。
だけど、日は確実に流れている。
「もう今日明日にでも、勇者が魔王を倒すかもしれない・・・もし、私がむこうに帰ったとしても、あなたを連れて帰ることができなかったとしても・・・せめて、あなたを自由にしたい」
ノクリアは考えを伝えようとする。
それから、自分の考えに苦笑した。
「あなたは魔族で、私は人間で・・・一緒に帰れたとしても、敵同士になってしまうな。じゃあ、このままが、一番、幸せなのかな・・・」
よくわからなくなる。
泣きそうになるのは、どうしてだろう。
***
季節が変わった。もう随分同じような日々を送っている。
ノクリアは腹を決めた。この方法では、看板はびくとも動かない。
最近、ネコたちもそろそろ自分たちの元の住まいに帰りたいと愚痴っている。
ノクリアも、いつまでこちらにいれるか分からないと思っている。
ノクリアは、今日も霧が漂う丘に登り、真剣に地面に向かって話をした。
「私にできる術を全て使って、あなたの封印を砕くつもりだ」
本当は、こちらの世界の術による封印だから、その術をよく知って解くべきだ。
原理が分からないところを無理やり崩すと、綺麗に解けなくなる可能性もある。
だから今まで、単純に力だけで抜けないか試していた。
だが埒が明かない。こちらの世界の封印という力に、別の世界の術という力をぶつけても大丈夫だろうか、という心配はあるが、方法は切り替えるべきだと判断したのだ。
封印について、ネコたちは『恐らくただ壊せば良いだけ』というし、そもそも男も『物理的な位置を動かせばいいはず』と言っていた。
だから、方法は問わず、とにかく看板を壊せば良いのでは? 恐らく。
「良いだろうか?」
一応、丘に向かって問いかけてみる。
だが、答えが聞こえるはずはない。それに、封印を一番解いて欲しいのは男なのだから、何でも試してほしいはずだ。
ノクリアは、立ち上がって看板に向きあった。
スゥ、と落ち着かせるように息を吸い、それからハァ、と吐く。
集中するから、体調も万全に整えたのだ。
「よし」
ノクリアは、右腕を伸ばし、人差し指で看板の棒の部分に触れた。
『発動:物質計測:物質分解』
長さを改めて確認し、細かく変えようと努力する。
左手を伸ばし、棒を掴んだ。額を看板につける。
『発動:意図焼却:振動付与』
ピリリ、と電気のような熱が手の平に生まれた。術が効いている。だが効きが悪い。
サァ、と霧雨が降り出した。
男が守ろうとしているのだろうか?
雨に少しだけ目を開けて、ノクリアは集中のためにまた閉じた。
『発動:組織変換:物質分解』
やはり効きが悪い。けれど、一番初めの同じ術をかけた時よりは変化を感じる。一番効いたのはどれだ。
『発動:意図転換:浸食崩壊』
モロリ、と左手で掴んだ部分が、急に粘土のように崩れを見せた。
『発動:起点分散:物質計測』
状況を確認しながら、ノクリアは術を使い続ける。少しずつ変わってきている。だけどとても深く埋まっている。全てを崩さなければ。体内に残しては毒になるかもしれないから、全てを吸い上げるように消してしまわなければ・・・。
いつのまにか、雨が止まり、風が強く吹き、晴れ間が差し込む。
いつになく強い日差しが丘に手を伸ばしてきたのを、集中に汗をにじませるノクリアは気づかない。