分からない
ノクリアは何度か試し、やはり起動しない寝床に首を傾げた。
圧縮カードから寝床を取り出した時点で、術は使えるはずだ。
大地に対する制限でもかかっているのかもしれない、とノクリアは思った。
しかし、他の寝床を使うには相応しくない場所だ。
一つは、木陰や建物の隙間に使うのが相応しいタイプ。
もう一つは完全に定住タイプ。これは、元の世界で勇者が魔王を倒すのに長い年月が必要になるかもしれず、その間をノクリアはこちらの世界で生き続けなければならない。先の見えない長期間、この世界で暮らせるように、しっかり根付くための寝床である。ノクリアに必要な食料や物質も栽培しなくてはならないので、慣れた頃に使う予定ではいる。
とはいえ・・・男がここから動けないなら結局ここに定住することになるのかもしれないが、いきなり使うべきではない。
ノクリアは仕方なく、巨石に向かって話しかけた。
「眠るのに、少し、離れる・・・また明日来るから」
当たり前のように返事は無くて、ノクリアは寂しく思った。
一先ず寝床を再び圧縮カードに片付けてから、霧雨の中、巨石に両手をつけて額をつける。
「・・・またね」
名残惜しんでいるのは自分の方なのだろう、とノクリアは思った。
たぶん、思った以上に、会いたかったのだろう。
答えが返らないのがこれほど悲しくなるとは、思いもしなかった。
***
丘を降りて、周囲を見回す。あまり遠くに離れるつもりはなかった。
残念なことに、木は等間隔に植えられていて、寝床を使うには不向きだ。
キョロリと見回すと、丘に点在していた長椅子があった。
「・・・」
駄目元で、ノクリアは長椅子の影の地面に向かって、地中展開タイプを試すことにした。巨石から外れているから使えたら良いな、というところだ。
「・・・」
問題なく、展開した。
かなり範囲を絞った術を使っているのだろうか、とノクリアは思った。
どこかにハッキリとした境界線があるのかもしれない。
まぁ良い。今日はここで。
***
朝だ。
寝床で食事もとってから、ノクリアは地上に戻った。
良い天気のようだ。空気も澄んでいる。
ノクリアは改めて、丘を見た。昨日と変わりは無いようだ。
とにかくまた向かう事にしよう。
これからどうするかといったことは、傍に座って考えれば良い事なのだから。
***
「おはよう」
ノクリアは声をかける。
それから、巨石にもたれかかるようにして座る。
気持ちの良い風が通る。
小鳥のさえずりが聞こえる事もある。
時折、巨石の周りを歩き回る。思いついて、登ってみる。景色は良くなったが何かを見つける事は無い。
昼食を食べる。
時折、雨が降る。
空が暗くなる。
「また明日・・・」
地中の寝床が使えるところまで戻って、眠る。
***
数日が過ぎた。何も変わらない。何も見つけられない。
看板をジィと見つめるけれど、読み取れるものも変わらない。
ため息をついて、
「もっと書籍を探した方が良いのだろうか」
と呟いたら、霧のような雨が降り出した。
雨が降りやすい場所なのだろうか。
巨石の傍ではなく、看板の前で少し座り込む。丘の上は草が覆っている。
ぼんやりとして、空を見上げる。風が雲を流して青空が見える。
ノクリアは、そこに寝転んでみた。
「・・・」
まるで平和だな、とノクリアは思った。
それからクスリとノクリアは笑った。
平和な時代など知らないのに。知ったように平和という単語を口にするからだ。
でも、平和というのはこんな日の事では無いのだろうか。
何事もなく。
何事・・・争いもなく。
ガバリ、とノクリアは起き上った。
今。
ノクリアは慌てて巨石を振り返る。
立ち上がりながら、呟く。
「今・・・」
けれど歩んだ先、巨石の傍でまた悲しくなった。何も分かることができないと感じるのだから。
今、ノクリアの様子に、同じように男が笑ったような気が、したのだけれど。
「ノクリア」
ハッとノクリアは振り返った。目の前ではなく丘の下を。
「元気そうでなにより」
「あなたは」
この世界で初めに出会ったネコたちが、たくさん。ノクリアを揃って見つめていた。




