巨石と看板と
ザァア、と雨は強く降り出した。
ノクリアは灰色のフードを深めに被りなおし、外部からの水を遮断する機能をONにした。通気性がガクンと落ちるので好きではないが、ここまで降れば必要だ。
そうしながらノクリアは進み、ついに巨石にたどり着いた。
まず右手で触れてみる。何か分かるだろうか。
「・・・来たぞ」
小さく囁いてもみた。
けれど、残念ながら何もわからない。
どうすれば良いのだろう。
ノクリアは両手を広げて、巨石にペタリと張り付いてみた。
何か分からないかと思ったが、さっぱり何も伝わってこない。
雨の音が煩い。
ノクリアは、顔を右に向けて、左耳を巨石につけてみた。
「来たよ」
やはり、何も分からない。
少し気落ちはしたが、それでもたどり着けた高揚感の方が優っていた。
「声も出せないと言っていたな」
と一人ごちたのは、むしろ相手を宥めるようなつもりで。
ノクリアは、とりあえず、周囲を回って様子を見ることにした。
ザァザァ降る雨は視界を奪うほどだ。
封印の場所に近づいた影響なのか、などと思ってみたがノクリアに分かるはずがない。
巨石から水が滝のように落ちて来る。とはいえノクリアの衣装は優秀なので、さほど妨害されずに歩いてみる。
ぐるりと注意深く歩いてみて分かった事は、やはりどうすれば良いのか分からない、という事だった。
「・・・」
ノクリアは立ち止まりすこし思案に暮れ、それから額を巨石につけた。
辿り着いたけれど。どうすれば良いのだろう。
声も出せないと、言っていた。
それでも傍にいれば私ぐらいは守ると言っていた。つまり、何らかの事はできるのだと、思っていた。
なのに、何も分からない。
あれほど教えられていなければ、ここがあなたの本体だと全く気付きもしないぐらいに。
少し、自分が情けない。
いくら封印されているとはいえ。好きだったら分かるのかとか、そんな風に思っていたけど、自分は分からないんだな、と。
それはノクリアがきちんと『好き』でなかった、ということなのかも、しれない。
向こうは、自分が到着したことを、きちんと分かってくれているのかな。
そうだと良い。
絶対分かってくれているだろう、と思う。
そうでなければ、傍にくればノクリアのことなど守れる、なんて言えないはずだから。
ノクリアの到着を男は分かってくれるのに。自分は、分からないのか。
「・・・」
ノクリアは、無言で、巨石にもたれかかるように座り込んだ。
少しぼんやりとしてから、雨の中、巨石の近くに立ててある看板を見やる。
こちらには裏側を見せているので、回らなければ読み取れない。
男について分からないまま項垂れていたが、少し立ち上がって看板を読みに向かった。
***
雨の中だが、情報は読める。
「ん・・・?」
ノクリアがわずかに漏らした疑問の声は、雨の中に見事に溶けた。
ノクリアは目を凝らした。
1つの看板を見ているだけなのに、複数の情報が混じっている。
まずは、大ナマズの話。
人々を喰らったので、ついに地中に封じられた。頭を大きな釘で刺してある。
ノクリアは少し怪訝に思う。
この内容は、どの本にも書いていなかった。
書店の本は、暴れていた悪い大ナマズを封印した、という程度だけだった。
ここに書いてある内容を、全ての本が同じように簡略化して書いたというのか?
少し信じがたい。
ノクリアは、文字を読んでいるわけではない。文字を書いた者の意図を読んでいる。
ならば、看板の文字だけを正しく読めば、書店の本と同じ内容程度しか書かれていないのかも、しれない。
ただし、詳しくを知りながら、簡略化した内容を書いたなら・・・詳しい事も含めて、自分は読み取る。
つまり、この内容は、文字ではもう残されずに消えた、真実なのか。
その可能性は十分にある。
それから・・・他の情報は。
『ざまあみろ!』
読み取り間違いではない。ざまあみろ! と書いてある。
なんだこれは。
誰がここに込めた意図なのか。
実際には、説明の文章の他に、誰かが落書きでも書いたのか?
それから。まだある。読み取ろうとする。
なのに、読み取る前に消えていく。きちんと残されていないのに、何かが残っている。
もどかしい。
***
雨は霧のように変わっている。
天はもう暗い。
結局、看板の事以外は何も掴めないでいるが、ノクリアは諦めてそろそろ眠る事にした。
ここは小高い丘で、木は植わっていない。
ノクリアは、巨石の傍で、地中に展開するタイプの寝床を使う事にした。こうすれば、巨石の傍で休むことができる。やはり近くにいたいと思うのだ。
しかし。
「あれ」
ノクリアは思わずつぶやいた。
寝床が起動できなかったのだ。