ネコ
本日2話目
とりあえず、目的地と現在地の位置関係をしっかり頭に叩き込んでからノクリアはその店を出た。
ネコを探そう。
キョロ、と見回すが、探すと出会わないものである。
ところで、ネコたちはノクリアの事を知っているのだろうか。
初めに会った彼らはノクリアを心配してくれていた。
一方、少なくともノクリアの世界では、生き物は生活範囲を決めているものだ。初めに出会ったネコたちの範囲は、もう出ているだろう。ノクリアは山を越えて移動し続けているのだから。
***
なかなか会えない。
日が高く昇っている。ノクリアはそろそろ昼食をとる事にした。
木々が広く植えられている場所、木陰に空間を展開する。
それから食事を圧縮カードから1セット取り出して食べる。栄養を詰め込んだ固形食。慣れ親しんだ味わいだ。
なのに困ったことに、男がノクリアに渡してくれていた食料が思い出されて仕方ない。
口に合いにくい味だった。けれど、あれを食べていない事で、傍に男がいない事を実感してしまう。
駄目だ。
ふとした拍子に恋しくなる。
むしろ、ずっと自分は恋しがっている。
きっとノクリアは正常でなくなっているのだろう。
ひょっとして、魔族のあの男に、そそのかされたのかな。と、ノクリアはふと自嘲してみた。
そんな事を思う自分がおかしくて、今度はクスリと一人で笑う。
そそのかされているはずがない。
ノクリアよりも、男の方が熱を持っていたのを知っている。
それから、胸にズキリと痛みを覚えた。
男は、最後の言葉を、どうして過去形にしたのだろうか。
泣きそうになったのを、ノクリアは考えを追い払う事で耐えた。
***
昼食を食べ終わって、隠れていた空間から戻ると、木の上から声がかけられた。
「何それ」
ノクリアは上を見上げた。ネコだ。
ノクリアは嬉しくてすぐさま声をかけた。
「初めまして。私はノクリア。ネコのあなたがたに、聞きたいことがあって探していた」
「へー」
ネコは木の上から、何とも言えない相槌を返してきた。
どうやらこのネコは、ノクリアについて何も知らない。つまり、やはり初めのネコとは生活圏が違うのだろう。
「おねーさん、どこの人? 何してたの?」
「実は別の世界から来た。今は昼食を採っていた」
ノクリアの誠実な返事に、ネコはしっぽを揺らしてみせた。
「ふぅん」
返事はやはり生返事だ。
「聞きたいことが。あなたは、大ナマズの封印を、解く方法を知っているか?」
「知らないよ」
「・・・そうか」
ノクリアは思った以上に落胆を感じたが、すぐに笑顔に変えて問いを重ねた。
「では、どう調べて良いのかを教えてもらえると嬉しい」
「知るワケないよ」
「そうなのか」
ノクリアは瞬いた。どうしたものか。
ネコはノクリアをじっと観察しているようだ。ノクリアは会話の延長を試みた。
「ネコが、この世を支配していると聞いた。だからあなたがたなら、分かるだろうと、思ったのだが」
ネコが急にしっぽをピンと立てた。ヒョイと立ち上がる。
ネコは嬉しそうになった。
「なんだ。おねーさん、分かってる。ただの人間じゃないね!」
「あぁ。別の世界から、来たから」
フフッと、ネコはとても楽しそうにした。
どの言葉がネコをこれほど上機嫌にさせたのだろうか。つかめていないが、とにかく好感触だ。良い情報を貰えそう。ノクリアも期待してネコを見る。
「でも、知らなーい」
上機嫌のまま、ネコは楽しそうに答えた。
ノクリアは目を丸くした。
***
やれやれ。
どうやら、ネコたちは世界を治めているというが、細かい事はあまり関心が無いようだ。
それとも、土地柄だろうか。
とにかく何の情報ももらえない。
仕方ないので、目的地に向かいながら、ネコがいたら声をかけていく。
そして、結局何も分からないまま、目的地にたどり着いた。
「あぁ、雨が降りそうな、曇天だ」
ノクリアはそれでも嬉しくて笑んだ。何度も本で確認した目的地。掲載してあった絵そのままの光景が目の前にある。
小高い丘。ところどころに、休むための長椅子がある。ただしこんな天気だから、今は誰も使っていないようだ。
丘の上に、巨石が顔を出している。本に寄れば、大部分が地中に埋まっているという。
あの石自体があの男の本体なのだろうか。
封印されている状態で、分かるだろうか。
ノクリアは浮かれそうになるのを戒めながら、丘を登る。
ポツ、ポツ、と雨が降ってきた。
大変だ。
そうだ、いっそ駆け上がってしまおう。
やはり口角が上がる。嬉しい。
灰色のフードが脱げそうになるのを押さえながら、ノクリアは駆けだした。