異世界
本日2話目
ノクリアは、とにかく目的地へ向かい続けようと決意した。そこしかない。
本当は、今日はもう眠るはずだった。つまり日は落ちて夜だ。
なのに、この世界は人工的な光に満ちていて、人々はまだまだ眠りそうな様子に見えない。
これほど活動中の人たちがいるのなら、明日が分からない身だ、今のうちから食料を探した方が良いのかもしれない、とノクリアは思った。
少し動くだけで、色んな箇所で服が引っ張られて動きづらい。ノクリアは顔をしかめた。
だがこの世界で服を手に入れる方法が分からない。結局、金をどうやって手にして良いのかさえ知らない。
せめて術が少しでも使えれば。と思って、ふと気が付いた。
あの男は、力を使いすぎた結果、封印された。
つまり、この世界で力を振るう事が出来たのだ。
ならば、ノクリアも、この世界で術を使う事ができる可能性がある?
試してみようか。だが、それで敵に見つかる恐れがある。
ノクリアは周囲を見回した。
多くの人が動いている。敵は、すぐにノクリアを見分け、見つけられるのだろうか。
術を使わない方が安全だ。
だが、使えるのと使えないのではノクリアの生存率が大きく変わる。
ノクリアは周囲を見回し、近くに物陰を見つけた。
小さな術を試してみよう。それで、すぐあそこに逃げ込むのだ。
危険は承知の上。
それにそもそも、異世界では術が使えないなどと聞かなかった。荷造りも含め、使える事が前提だった。
ノクリアは考えた末、少し隠れる場所から離れたところで術を使ってみることにした。
動くと、やはり衣服と身体が合わない。隠れる速度にも支障が出るだろう。
あぁ、そうだ。
矯正具の術を使えば良い、とノクリアは思いつく。そして、姿を隠すための術。
矯正具の術は成功すれば瞬時にわかる。丁度いい。
きっと成功して欲しい。
心からの祈りを捧げて、ノクリアは矯正具の術を発動した。
空気が折りたたまれるような音がわずかにあり、ノクリアの膨張した身体を抑えつけた。
成功だ。喜びで頬に熱が集まる。
それから急いで姿を隠すための術も使い、避難場所にと目を付けた陰に駆けこんだ。
成功の喜びと、異変への不安でドキドキする。
落ち着け。なかなかおさまらない。呼吸を整えようと努める。
生きて行かなくては。落ち着けなくてどうする。
大丈夫。私はできる。大丈夫だ。
待つ事、しばし。
例のカギ爪は現れなかった。
ノクリアは、また慎重に表に出た。
相変わらず人はたくさん流れるように歩いており、多くの音と光に溢れている。
隠れるための場所からまた少し距離を取り、今度は、旅の品物を入れてある圧縮カードを取り出す。
ノクリアは、少し迷った結果、必要かつ小さなアイテムを取り出そうとした。
『展開:取得:目薬1つ』
コロン、と手の中に、目薬が転がり落ちた。
***
何事も無い。
ノクリアは隠れてじっと世界を見つめてから、目薬を両眼に1滴ずつ垂らした。
こちらでも人間は複眼ではないと教えられている。本来の予定通り、人の眼にしておくべきだ。
なお、視力は、目薬を使う前からきちんと見えていると思う。今が夜で光量が少ない影響かもしれないが。どちらにせよ、日中に備えて目薬を使えて良かった。
考えれば考えるほど、術が使える世界で良かった。
ノクリアは安堵にため息をついた。
目薬は圧縮カードの中に戻して、ノクリアは今いる世界をじっと見る。
やはり敵が来ているようにも思えない。
正しく世界にいる状態では、術を使っても気づかれないのか、または隠すための術が効いているのか。
ノクリアは、そっと物陰から出て、歩き出した。
この世界の誰も、ノクリアを気にも留めないように見える。それはありがたい事だと思った。
大丈夫。野営用の寝床も、食料も。全て必要なものはすでに手にしている。
あの男の場所までいくことが、できる。
ノクリアは、元の世界を発った日を、思い出した。
ノクリアの世話係、年配の女性。イフェル。彼女の声が脳裏に蘇る。
『ノクリア。気をしっかり持って。必要なものごとは、あなたはすでに手にしています』
「はい。その通りです」
ノクリアは歩きながら、一人呟いた。
やっと、辿り着きました。そして、やっと、手にしています。
***
ねぇ、イフェル。
私は、魔族を、好きになってしまいました。
あなたは、私を軽蔑するのでしょう。
イフェルたちが心を砕いて用意してくれたものを携えて、あの男の元へ、ただ行きたくて、行くのです。
本当に、ごめんなさい。
それでも生きていますから、どうか、許して。