目的地の話
変わらず徒歩で目的地に向かう。
変わった事は、男も人の姿でノクリアをよく撫でて来るようになったことか。
やはり辛いのを我慢していたようで、生気を求められる回数も増えた。
とはいえ、その度に嬉しそうに笑まれるので、ノクリアとしても嬉しい。一応、ノクリアの負担にならないように気を付けているそうだ。
ある日。男はどこからか古い本を入手した。男が言うには本は観光地について書いてあるのだという。ノクリアにはこちらの世界の文字は読めないので、男が聞かせてくれるのを聞くのみだ。
本には地図もついている。地図も、平面的でノクリアには分かりづらい。
男は、この本で、目的地について教えてくれようとした。
低い丘。そこに巨大な岩が地中から頭を出している。
伝説が残る場所だそうだ。
力のあるこちらの世界の術師が、大ナマズを封印した地。
なお、徒歩のみ、しかも襲撃に警戒しながらだから、きちんと把握はできないが、あと10日足らずでたどり着けるだろうという事だ。
「・・・大ナマズなどと言われているのが、私の本体だ」
と男はどこかモゴモゴと、言いにくそうにした。
心配でどうしたのかと尋ねたところ、単にプライドの問題とのこと。
プライドだとは教えてくれるのか、と思うとどこか子どものようで可愛い。
思わずクスリと笑うと、笑うなと焦ったように注意をされた。
すまない、とまた詫びながら笑ってしまったら向こうが拗ねてしまった。
さらに詫びたが苦笑が漏れたため、機嫌をすっかり損ねてしまった。
機嫌が直らない。困った、どうしよう。
オロオロとしはじめたら、クツクツと笑う声が聞こえて顔を上げる。男が意地悪そうな顔で笑んでいた。
「からかったのか」
とノクリアは驚いて責めたが、大部分はほっとしている。
「すまない、つい」
と少し首を傾げるように機嫌を伺うように見つめて来られると、もう責める気分など吹き飛んだ。
見つめられるのを見つめ返す。じっとしていたら、急に男が口元をおおって向こうを向いた。
ノクリアは驚き、目を丸くした。
「どうした」
と近づくと、男は口元を覆ったままノクリアを見る。
「なんでも、ない」
と男は赤くなった顔で答えた。
「ノクリアが。可愛すぎる」
というので、キョトンとした。なんだそんな話なのかと気が緩む。それから、嬉しくて笑んでいた。
男はノクリアを眩しそうに眺めた。
***
道中、目的地についても話しながら進む。目的地は男の本体が封印された場所だ。
今日は山登りで、話しながらは息が切れる。
「どうして封印なんてされたのだ」
「まぁ、こちらの世界にとって異物だからな。力を振るいすぎた」
岩をよじ登るのを、ノクリアを先に行かせて、男は下から持ち上げてくれる。
「封印を解いて欲しいのだろう? 私にできるだろうか」
「少なくともノクリアが動いた方が可能性はある。物理的に配置を動かせばいいはずだ」
「失敗してあなたに被害がいくようなことは?」
「それは心配しなくて良い。すでに動けないのだ、良くなる可能性しかないさ」
上にたどり着いて、ノクリアが手を差し伸べる。男も登ってくる。
ふ、と男が足を止めて周囲を見る。
「ノクリア」
小さく呼ぶ。
何十回目になっても、緊張をはらむ。
せっかく上った岩を慌てて降りて、岩陰にノクリアを隠した。
隠されている時間は、長い。何も見えないからだ。
きっと音も遮断されている。
何事もなく、無事にすむよううにと祈る。それしかノクリアにはできる事が無い。
***
山は下りた。
眠る時は、犬の姿を抱えてノクリアは眠るようになった。しかし、いつの間にか犬が人になっていて逆に抱えられていることがある。
可笑しくて照れてしまう。
近頃は男が、まるで術のように、
「我慢」
と呟くようになった。
詳しくは言いたくないが我慢している、という事だ。
「襲撃されては困るからだ」
と難しそうな顔で説明はくれた。
詳細は分からないが、確かに我慢して貰わなければ困る、とノクリアも同意だ。
ある日、男が腹回りに腕を回し、抱き寄せた。
とりあえずノクリアに触りたいようだ。魔族だからだろうか。
犬の時も撫でてもらうのが好きらしい男の事だから、好きにすれば良いと放置していたら、胸部に手が伸びた。
「あ、待て!」
ノクリアは慌てて制止した。が、遅かった。
薄く小さく空気がはじけた。
術が解かれてしまった音だった。




